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渡辺歩・小西賢一が語る『のび太の恐竜2006』
(4)「まだまだペンペン草は生えているよ」


―― 内容についての話に戻りますね。今回キャラクターにリセットかかっているわけじゃないですか。この映画ののび太達にとっては、これが初めての冒険なわけですよね。
渡辺 そうです。
―― 最近の劇場版って、どこかに、のび太達が何度目かの冒険に行っているというノリがありましたよね。
渡辺 「じゃあ、冒険に行こうか」みたいなね。
―― 今回は、そのあたりをどう考えていらしたんでしょうか。
渡辺 いや、初めての冒険ですよ。のび太達も初めてだし、キャスト、スタッフも全てが新たな冒険に出る。そういうつもりでやりました。
―― スネ夫とかジャイアンとかは、初めてらしい感じがあるんだけど、のび太が「ピー助を原始時代に連れていくんだ!」と決心するところは、凄くしっかりした感じで。「あれっ、これってすでに何度か冒険を経験してる、のび太なのかな」と思いました。
渡辺 いや、そんな事はないんですよ。あれは、ただただピー助の事しか考えてなかったんですよ。彼は、その時にできる事をやろうとしただけなんです。いろんな事を考えて行動するような器用な子じゃないんですよ。僕も留意したのが「じゃあ、行こうぜ」みたいな感じで冒険に行くのは嫌だなという事だったんです。自分がしでかした事だから、のび太は責任をとろうとする。そういう意味で導入部には気をつけました。
―― しずかちゃんの描写なんですけど、ヒロイン度数が落ちているような気がするんですけど。
渡辺 ああー。
―― 普通の女の子になっているように思いました。野村道子時代の、必要以上に思いやりがあったりする感じではないというか。
渡辺 なるほど。今回はのび太とピー助が話の中心だったので、僕ものび太達を中心に考えていました。
―― 今回の『のび太の恐竜』の時点では、まだ、未来でのび太と結婚する事が確定していないしずかなのかなあと思ってたりしたんですが。
渡辺 それも含めて、僕の中では全体的なリセットをしているので、あんまりしずかにも重きを置かなかったんですよ。もちろん5人の中の1人であり、紅一点なので、シーンによっては重要なポジションに立つ事もありましたけど。色んな理由があって、シャワーシーンもあんな感じになってるんですよね。
―― あれはどうするのかと思ってましたよ。予告を観て、着せ替えカメラのシーンは後ろから撮る事は分かっていたので、これは見せ場はシャワーしかないなと思って。
渡辺・小西 (笑)。
―― そうしたら、意外と淡泊で。
渡辺 それは時代的なものもあるんですよ。あまり子供の裸を撮りたくないというのが、ちょっとあったもんですからね。TVみたいにさっと流れちゃうものだったらいいんだけど、映画となれば、100年経っても残るものですからね。勿論、僕なりにフェティシズムはあるんですけどね。それと、子供の裸を撮りたくないと同様に、子供に銃を向けたくないなというのもありました。
小西 前作の『のび太の恐竜』はどうしてたんですか。
渡辺 いやあ、よく覚えてない。シャワーシーンはあったんじゃないかな。多分、僕が本気で撮ったら、もっとエッチな画になると思いますよ。それから、完成した映画ではいきなりシャワーシーンにいっちゃったけど、最初は脱いだ服を見せていたんですよ。ベットの上に散乱したしずかのブラウスがあって、スカート、靴下をPANしてって。
小西 それ、ちゃんと原画も描いてもらっていたのに。
渡辺 本当はそのカットがあったんです。
―― ああ! だったら納得だ(笑)。
渡辺 脱げたスカートが輪っかみたいになって置いてあって、脱いだ靴下もある。そういう風に舐めるように撮っていって、PANしてくと、ちょっと湯気がたっていると。で、(芝居気たっぷりに指をパチンと鳴らして)ポンっとあのカットに!
―― 渡辺さんの今の指パチン、よかったね(笑)。
小西 (笑)。
渡辺 シャワーのカットは、わざとおさげも解かないで、濡れた感じにしてあります。それが肩に張りついた感じを出しててね……。
―― すまん、聞いた俺が悪かった(笑)。今の発言は記事に生かしていいの?
渡辺 ああ、生かしてください。重要なシーンの事ですからね。作画の人にそういうふうにオーダーしたんですよ。とにかく、濡れた髪が肩に絡まってる感じにしてほしい。「それで許してくれ」みたいな。でも、それだけだとつまらないと思ったんで、ジャイアンとスネ夫も一緒に入れたという事で。
―― リニューアル1本目の映画だけど、ドラえもんは未来からきた猫型ロボットで、ひみつ道具を持っているんだ、という事は説明してないよね。
渡辺 それも、どうしようかと思ったんですよ。むしろそのシーンで分かればいいかな、と思いました。わざわざそこは台詞で言わせているんですよ。「(黒マスクの声色で)さすが、タイムマシンを駆るだけの事はあるな、猫型ロボット君」とかね。それで「ああ、そうなんだ、未来からからきてるんだな」と思ってくれればいいかな。ひみつ道具のパカパカ(ひみつ道具を出す時のパターン)もやってないですよね。あれも、ドラマの流れが止まるような気がしたので使いませんでした。演出的には便利なんですけどね。道具に関しては説明しないで、後で分かるように画で拾ったりしています。「深海クリームを塗った」と言って、海に入っていくとか。
―― なるほどね。
渡辺 芝山(努)さんは「お前は、ドラえもんを分かってない」と怒るかもしれませんけどね。「芝山さん、ごめんなさい」という感じかもしれない。
小西 できてから、芝山さんには会ってないんですか。
渡辺 会ってないですね。
―― 敵のボスがああいうキャラになったのは、なぜなんですか。
渡辺 あれは単純に悪い人にしました。そのバックグラウンドを見せちゃうよりも、漠然と悪い人のほうがいい。
―― わりとおどけたキャラクターになっていたでしょ。多分、原作はああじゃなかったですよね。
渡辺 そうですね。原作は真面目な感じなんだけども、やっぱり彼らの中に人間的な欠陥みたいなのが欲しかったんです。ドルマンも実は頭が特殊な髪型になっていたり、それをギャグにかませてみせちゃったりする。根本的には、やっぱり面白くないといけないと思うので、笑って先に進めるようにやってみました。
―― 前半の現代の描写の街並みは、コンテでもああいうリアルな感じになってるんですか。
渡辺 どうでしたかねえ。
小西 コンテでそうなっていたんでしょうけど、Aパートは、渡辺さんが自分でレイアウト切ったんですよ。
―― あ、そうなんですか。全カットを?
小西 全カットですね。渡辺さんが自分で描いてるんだから、そうなっているんじゃないですか。
渡辺 話によって、御都合的に場面が出てくるのは嫌だな、というのがあったんですよ。のび太が缶につまず
いてひっくり返るところの先に、後で彼が卵を掘ろうとする崖が見えるようにしたり。
―― それは気がつかなかったなあ。
渡辺 そんなふうに情景にも気を遣いたかったんです。ピー助が遊ぶボールも、最初っから部屋に転がってますからね。そういったものが、経験とか時間を経た時に、重要なものに変化していくようにしたかった。パパが思い出を語るところとか、のび太が1億年前に戻してあげると言うところでも、窓の外にピー助の卵を探した崖を映すようにしたり。……まあ、下らない事ですけどね。
―― のび太の部屋に妙なタイトルの本が並んでいましたよね。
渡辺 ああ「エビ対カニ」とかね。あれは要するに、ピー助が人に知られるとどうなるか、という事なんです。人々の愚劣な部分というか、物事を知りたい欲求とか、そういった俗物性が感じられるタイトルを並べてくれと言ったの。だから「なんとかの秘密」とか、そういうタイトルの本がたくさん並んでいます。それは誰しもが持っているものなんだ。のび太も普段の生活でそういうものに触れているという事なんです。
―― 世の中にはそういう好奇の目というものがあるんだ、という事なんですね。
渡辺 だから、ピー助が危なくなった時に、純粋な気持ちで立ち上がる事ができる。まあ現実をかいま見せているという事ですね。
―― Aパートの部分は、渡辺さんが作ってきた『ドラえもん』感動短編の世界みたいだったね。
渡辺 ハハハ(笑)。
―― 感動短編の世界から冒険に行く、みたいに見えましたよ。
渡辺 全体の構成が、そういうふうになってますよね。原作の「のび太の恐竜」というのは、元々は1本の短編として描かれたもので、後でそれに後日談がつけられた。後日談がつけられたものが、この映画の原作なんです。最初の短編の部分が映画の前半に当たるんですが、僕は、つけ加えられた後半の冒険部分にいくまでが正直つらかった。前半部分と後半部分をどうやって接続するのか。実は送った先が間違いだったっていうような理由づけも、本当は僕にとってはちょっとつらい部分でもあるし。
―― ちょっと理屈っぽい感じだよね。まあ、その理屈っぽさがSF的ではあるんだけど。
渡辺 原始時代に行ってから移動しなくてはいけない理由づけについても、僕は脚本段階で抵抗を試みたんですけどね。だけど、それ自体は気にする必要はなくて、むしろそこに着いた時の到達感とか、達成感みたいなものが描ければきっと映画として成立する。だから、そっちにシフトして話を考えるようにしたんです。本当は、のび太が白亜紀に行くまでに、もっと追い込まれる必要があるかもしれないし、もう一度会いにいくにしてももっとはっきりとした理由が必要なんだけど、結局、僕は藤子不二雄先生を超えられないって事ですよ(笑)。やっぱり基本的な部分は原作を大事にしたほうがいいという事になったんです。悪党との対決もああいう形じゃなくてね、もっとドタバタにして、ピー助をフットボールみたいに取り合うといった構成も最初は考えたんですよ。だけど、結果的には、やっぱり原作に沿う形にした。原作に立ち返って、そこからどういうものが見えてくるかを考えながら作るようになりました。結果的にはそれでよかったと思うんですけどね。
―― エンディングで、原作のエピローグ部分をマンガのコマで処理したのはどうしてだったんですか。
渡辺 あれは原作に対する敬意ですね。で、僕的には(絵コンテを描いていた時に)帰ってきたのび太が「ちょっとね」と言ったところで、もうキャラクターを描きたくなくなっちゃったんですよ。
―― (笑)。
渡辺 ほんとは「ネバーエンディング・ストーリー」みたいなエンディングもいいかなと思ってたんですよ。ピー助と夜空をかっこよく飛ぶような。だけど、あの顔の後を描くのは嫌だなと思いましてね。あの顔に集約させて、終わらせたいという事になっちゃったもんですから。
―― なるほど。
渡辺 でも、どこかで原作に接続させたいと思って、エンディングをああいうかたちにしたんです。
小西 あのやり方は「ずるい」という意見もありますけど(笑)。「これは泣いてしまう」と。
渡辺 (笑)。それから「この映画は藤子先生の原作から生まれたものの、ひとつのかたちですよ。まだ描けますよ」という事でもあるんです。僕は今回ああいったかたちで作りましたけど、それとはまた違うかたちでも描けると思ったんです。「まだまだペンペン草は生えているよ」という事です。
―― ペンペン草ですか?
渡辺 それはよく藤子先生が言ってたんですよ。「ドラえもんが通った後は、ペンペン草も生えてないようにしたい。それくらい描き切りたい」と先生はおっしゃっていたんです。僕的には、まだペンペン草があって、もっと色んな事ができると思えた。だから、ここは原作の画だなと。
―― のび太達が帰ってきたところで映画が終わったと思われても構わないわけですね。
渡辺 そうです。そういう1本の映画として完全にならない部分が自分としても欲しかった。僕が今後『ドラえもん』をやるかやらないは別にしても、そういう部分を残したい。今回の映画について「これが『ドラえもん』の全てだ」と言い切れない部分もあったんです。様々複雑な思いを持っていて、エンディングをどうしようかと思った時に、スキマスイッチさんの曲をもらった。それを聴いているうちに「ああ、そうだ。俺が制作期間の間にぼろぼろになるまで読んだ漫画を拝借しよう」と。そしたら、自然と藤子先生のサインも入れたくなっちゃった。……まあ、ちょっと僕の中の、ウェットな部分ですわなあ。すいませんねえ。でも、サイン入りの映画もそうないですから。ウフフ(笑)。
―― 今の「ウフフ」って笑い方が、ドラえもんみたいだったよ。
渡辺・小西 (笑)。
―― 最後にトータルでの感想をうかがいましょうか。小西さんは、藤子キャラを描いてみていかがでした。
小西 とても楽しかったというか、描いてて気持ちよかったですね。『東京ゴッド』ではああいう緻密な画を細い線で描いていたもんですから、太い線でざくざくと描いてみたいと思ってたんです。それができる画だったんで非常に気持ちよかった。
渡辺 描いている小西さんは、気持ちよさそうでしたよ。
小西 かといって、まだ描きたいかというと……話は別なんですけどね(笑)。
―― じゃあ、また次は緻密なラインにいきたいんですかね。
小西 次はどうしようかなあ。またちょっと悩みそうですけど。少しは休みつつ、じっくり考えようかとは思ってます。
―― 監督の今後はどうなんですか。
渡辺 今後ですか。いや、僕は何にもないですねえ。どうしようかなあ。
小西 渡辺さんには、いつかオリジナルを作ってほしいですね。その時は、僕がまたやらせていただければと思っています。
渡辺 それはもう、決まってる事ですから、これは記事に書いといてくださいね(笑)。僕がオリジナルを作る時には小西さんがやってくれると。
―― 渡辺監督は、藤子もの以外はほとんどやっていませんものね。
渡辺 『ドラえもん』だけと言われて、もう早10数年。今回の映画を作って、やり切った感があるようでないようで、ないようであるようで。複雑ですね。ただ、これだけやっちゃうと、自分の中では次の『ドラえもん』の描きようがなくて困るというか。
―― 誰が作るかは別にして、来年も映画『ドラえもん』はあるわけですよね。
渡辺 こういうものはきっと連投するとか、連作するとかって事じゃなくて、1本1本で勝負していかないと、いけないんじゃないですかね。その時にできる限りの事をやりつくさないと、映画というのは続いていかないと思いますよ。僕が考えている『ドラえもん』の映画というのは他の人のとは違うかもしれませんけど、多分、そうやって作られて過去の20何本があったんですよ。このまま20本続けられるかどうかなんて分からない。次が駄目ならその先はない。それくらいストイックな姿勢でやらないと、たぶん子供に伝わらないと思うんです。子供に添っちゃう作品は沢山あると思うんですけどね。
―― 添っちゃう?
渡辺 要するに、子供の興味に合わせて作るとか、子供の興味を惹く作品は沢山あるでしょうけど、子供に投げかける事のできる作品って、そうそうないですから。『ドラえもん』というマンガやアニメができる事って、まだあると思うんです。というか、それがやらなくてはいけない事でしょうね。だから、今後も続くのであれば、そういった正当な部分が末永く継続される事を、ただただ祈ってやまない。今の気持ちをまとめると、そんな感じですね。
―― なるほど。
渡辺 エヘヘヘ(笑)。
―― えっ、最後に「エヘへ」で記事を終わらせていいの? せっかく格好いい事を言ったのに。
一同 (笑)。
渡辺 いや、「一同(笑)」で終わらせてください。
小西 笑っちゃっていいのかな。
渡辺 いやいや、そのくらい軽い方がいいですよ!


(06.04.20)

 
 
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