WEBアニメスタイル
更新情報とミニニュース
アニメの作画を語ろう
トピックス
ブックレビュー
もっとアニメを観よう
コラム
編集部&読者コーナー
データベース
イベント
 

 編集・著作:スタジオ雄
 協力:スタジオジブリ
    スタイル

WEBアニメスタイルについて メールはこちら サイトマップ トップへ戻る
トピックス
「アニメラマ三部作」を研究しよう!
 杉井ギサブロー インタビュー(前編)

 「『アニメラマ三部作』を研究しよう!」の第2弾は、杉井ギサブローへのインタビューだ。『タッチ』や『銀河鉄道の夜』等を手がけた監督として知られる彼だが、敏腕アニメーターとしての一面も持ち、アニメラマの3作品ではアニメーション監督、あるいは原画マンとして腕をふるっている。『千夜一夜物語』と『クレオパトラ』では、アーティスティックなエロティックシーンを担当。これも、彼ならではの仕事と言えるだろう。

2004年2月3日
取材場所/東京 グループ・タック
取材/小黒祐一郎、原口正宏
構成/小黒祐一郎
協力/コロムビアミュージックエンタテインメント、虫プロダクション

  PROFILE
杉井ギサブロー(SUGII GISABURO)

 本名は杉井儀三郎。1940年(昭和15年)8月20日生まれ。1958年に東映動画(現・東映アニメーション)に入社。虫プロダクションを経て、1967年にアートフレッシュを設立。1969年にグループ・タック設立に参画、その後、フリーに。現在はグループ・タックに所属。監督としての代表作は『悟空の大冒険』『どろろ』『ジャックと豆の木』『ナイン』『タッチ』『銀河鉄道の夜』『源氏物語』『陽だまりの樹』『羊のうた』等、多数。日本画家としても活動しており、雅号は砂風。

── 杉井さんは『千夜一夜物語』『クレオパトラ』では原画として参加して、『哀しみのベラドンナ』でアニメーション監督ですね。でも、それだけではなくて、『千夜一夜』で、やなせ(たかし)さんをキャラデザインに推したのが杉井さんだったとか。
杉井 大人向けのアニメを作るという事で、色んな人が候補に上がりましたが……。その時に僕がやなせさんがいいと言ったのかもしれない。
── しかも、僕らは知らないで、昨年のアニメスタイルイベントで『ベラドンナ』の抜粋を流してたんですけど、あの時に流した映像の大半が、杉井さんが描いたところだったんですよね。
杉井 はい。不思議な偶然ですけど。
── いやいや。多分、強烈なところを、お描きになってるんじゃないかと。
杉井 (笑)。(アニメラマに限らず)山本(暎一)さんが変わった事をやろうとする時に、「ギッちゃん、ちょっとやってくんない」みたいに声をかけてくる事はよくあったんですよ。『千夜一夜』の時は「とにかく映倫に通る、モロのセックスシーンをやりたいんだ」みたいな話だった。「えっ、そういうのって、僕ですか」と言ったら、「いやいや、こういうものはギッちゃんじゃなきゃできないよ」と言われて(笑)。何を根拠にそう言ってくれたのか分からないけど、絡みのシーンをアニメでやりたい、技法も何も自由に任せる、みたいな話だったんですよ。
── なるほど。
杉井 本当にやっていいのかなと思ったんだけど、好きにやっていいからという事だったので、セルを使わずにやってみたんですよ。
── それが女護ヶ島のイメージ的なエロチックシーンですね。あれは何で描いているんですか。鉛筆ですか。
杉井 鉛筆です。
── 色鉛筆ですか?
杉井 いやいや。色はつけてないです。
── 撮影時にフィルターを使っているだけなんですね。
杉井 ええ。(描いたものは)普通の鉛筆のデッサンですよね。あれは大変だったんですよ。原画を結構、密かに入れているんですけど、その間を宮本(貞雄)さんや山本繁君達に描いてもらったんです。巧い人じゃないと、あのデッサンのタッチができないんですよ。例えば原画と原画の間に15枚入れるとしたら、タッチをつけた画で割っていく。普通の動画のような線じゃないですからね。
── 原画を杉井さんがお描きになって、宮本さんや山本さんが動画をやったんですね。普通のカットだと、原画の画も動画の人がクリンナップしていくわけですが、この場合は杉井さんが描いた原画はそのまま使って、それと似たタッチで他の方が間を埋めた感じですか。
杉井 はい、そうです。それも鉛筆が使える人ばかりを集めて。動画の量としても相当ありましたよ。まあ、僕がやりたかったのは、セックスの造形化っていうのかな。アニメで男女の絡みをリアルにやったってしょうがないじゃないですか。だから、セックスという生理的なものを造形化する。それから動きで内面的なものを表現するという事を、若い時から自分のライフワークみたいに思ってたので、それもやろうと思ったんです。……このシーンは一時、映倫でカットされちゃったんじゃないかな。
── 本当にそうなんですか。
杉井 多分。劇場で観てます?
── いや、僕らこれが劇場で公開された頃は、4歳とかですから、公開当時には観ていないんですよ(笑)。
杉井 あっはっは(笑)。こんな画なのに、映倫を通らなかったような気がするなあ。
── 確かに山本監督も、映倫でカットされたかもしれないとおっしゃっていました。ただ、虫プロダクションに残されている、劇場公開に使われたものらしい『千夜一夜物語』のフィルムをチェックすると、そのシーンがあるんですよ。他の資料から考えても、カットされずに公開されたのではないかと思えるんですが。
杉井 そうか。カットされそうだという話を聞いただけかもしれませんね。僕は劇場ではあの映画を観てないんですよ。映倫側も悩んだんじゃないですかね。ダイレクトに描いているわけではないし。もしかすると、通ったのかもしれないね。プロデューサーの原(正人)さんなんかも、もの凄くあのパートが好きで、「あの時、ああいうことやってたよなあ」なんて事をいまだに言ってますよ。
── もうひとつ映倫に引っかかったのが、後半のバドリーと警察長官夫人のSMのシーンなんです。こちらは引っかかった後に直しているみたいですが。
杉井 『千夜一夜』って、今でもわりと好きな人が多いんですよ。全体に勢いがあるじゃないですか。
── ありますね。
杉井 山本さんは、アニメーションの世界の監督としては珍しく「性」というものを描く事が多い。実写で言うと、今村昌平さんみたいな人なんです。「人間が生きていくエネルギーの根元には、性的なものがあるんだ」という考え方を持ってると思うんですよね。
 僕は山本さんは、好きな監督なんです。あの人は、スタイルをまとめる人じゃないんですよ(笑)。ハチャメチャっていうか。「なんでこんな画を入れちゃうの」みたいに思うものも平気で入れ込んじゃう。映画をまとめる人じゃなくて、色んなものを突っ込んでいって、壊しながら、ある種のエネルギーで見せていく。それじゃないと、後の『ベラドンナ』みたいなものを発想しないですよね。僕は山本さんの映画に対する発想が凄く好きでしたね。
── 『千夜一夜』以前から、山本さんにそういう傾向がある事を、杉井さんは感じていたんですか。
杉井 感じてましたね。
── それは具体的な作品を通じてなんですか。
杉井 山本さんはカメラ振り回すのが好きな人で、『鉄腕アトム』なんかでも、3メートルぐらいの原図を平気で描いていましたよ。『ジャングル大帝』のオープニングなんかも、カメラワークが凄いじゃないですか。ああいう事をするのが平気なんですよ。僕はどっちかというとカメラが動くのはあまり好きじゃなくて、ショット、ショットで見せていく。モンタージュでインパクトをつけていくのが好きなんだけど、暎一さんは絵画的にしたり、あるいは画面を線だけにしてしまったり、違うスタイルを平気で突っ込んだり。かなり破壊的なやり方ですよね。
── 『ある街角の物語』でも、そういう部分をすでに見せているんですか(※編注:『ある街角の物語』は虫プロダクションの第1回作品。山本暎一が監督で、杉井ギサブローは原画で参加)。
杉井 うん。すでに見せてる。僕は『ある街角の物語』で蛾の作画をしたんですよ。オバケって言うんですけどね。蛾が移動する時に、間の画が繋がったみたいにしてビュッと動かしたりすると(※編注:ポイントの画とポイントの画の間に、数枚のセル画が重なったように見える画を一枚入れて、蛾が早く移動する動きを表現している)、それを山本さんは面白がってね。『千夜一夜物語』の時も同じですよ。「じゃあ、セルなんかにしないで、鉛筆のデッサンみたいなので、僕がそのまま動かしちゃうよ」と言ったら「面白いね」って。そういう感覚を山本さんは持ってた。だから、思い切った仕事ができるわけですよね。
── 女護ヶ島で、イメージシーンの前後は、お描きになってらっしゃるんですか。
杉井 いやいや、そこだけですよ。
── 女護ヶ島以外では?
杉井 盗賊のパーティのシーンを描いています。
── 洞窟の中で、盗賊達が伸びたり縮んだりするところですね。『悟空の大冒険』風の。
杉井 そうそう。あっちはコミックな感じでやっています。これもアニメーション的には工夫していて、短刀を投げるカットで、勢いを出すために色々やっていますよ。あそこのパートと、この2シーンだけやったのかな。
▲『千夜一夜物語』より。いずれも杉井ギサブローの担当カット。上の2枚がエロティックなイメージシーン。下の2枚が洞窟での盗賊のパーティ

── 『千夜一夜物語』の絵コンテって、どんなかたちでしたか。
杉井 僕のところは、絵コンテはないです(笑)。山本さんが意図を伝えて、「好きなようにやってくれればいい」という事でしたから。
── 盗賊のところもですか。
杉井 やっぱり「このシーンは盗賊のパーティ。ギッちゃん、好きなようにやって」みたいな感じでしたから。誰かが切ったコンテをもらって作画したわけじゃないですね。
── 『千夜一夜物語』って、何人かのスタッフがイメージボードを描いて、それを基に手塚さんがコンテを切り、さらにそのコンテに山本さんが手を入れて、皆さんが作画をしたんだと、僕達は理解しているんですが。
杉井 物語を説明しなくてはいけない部分は、普通にコンテを使っていると思うんです。お祭りのシーンというか、スペシャルシーンは、そこそこ内容は決まっているんだけど、絵コンテみたいなかたちにはしていないという事だと思います。僕の印象ではね、山本さんはアニメをやってるんだけど、実写映画の監督のような感覚を持っている人なんです。映像素材を自在に編集して、ひとつの世界をまとめることが好きなんじゃないですかね。アニメの絵コンテって、その段階で秒数も流れも決まっていて、実写で言うと、粗編集が終わった段階みたいなものじゃないですか。そうやって映画を作るのは、山本さんは好きではないんじゃないですかね。素材をいっぱい用意しておいて、それを編集する事で作っていくから。山本さんの作品って編集がすごく長いんですよ。普通の人が1週間かけるところで、1ヶ月近くフィルムいじくってましたから。
── その洞窟の盗賊のシーンは、杉井さんがコンテをお描きになる前に、手塚さんのコンテがあったんですか。
杉井 いや、ないです。何もない真っ白なところからやりましたから。自分でストーリーボードか、ラフなコンテを描いてから作画したのかもしれないけれど、それはよく覚えてないな(※編注:この取材後に虫プロダクションに残っている絵コンテを、改めてチェックしたところ、洞窟の盗賊のシーンと女護ヶ島のエロチックシーンのコンテは欠落していた。やはりコンテなしで、作画されたようだ)。
── 杉井さんとは直接関係ない話なんですけども、虫プロに残ってる資料で、『千夜一夜物語』のコンテに、各カットのカラーボードが貼られたものが残っているんです。それぞれのシーンの色遣いのプランを練るためのものだと思うんですが、それをご覧になった事はありますか。
杉井 あります。昔はどの作品でも、それをやったんです。並べるとですね、シーン毎の色の変化が見えるんですよ。ダークな色が続いちゃうとお客さんが飽きるんじゃないか、という事で明るい色のシーンを入れてみたり。元々、美術ボードってそういうものだったんですよ。並べて見て、ここはブラック、次は紫だとか。そういう色のプランを練るためのものだったんです。
── それは美術の方が描くんですか。
杉井 そうです。今の美術ボードって結構丁寧に描かれていて、背景を描く人のための見本みたいになっているけれど、美術プランっていうのは、もっとざっくりとやっていたんです。
── 「このシーンの空は、こんな青です」とか、そういう事を決めるために。
杉井 そうです。それは『ジャングル大帝』でもやってるんじゃないですかね。暎一さんって、特に派手な色を使うのが好きじゃないですか。配色にしても、僕は紫とオレンジの配合なんて、なかなか思いつかないんだけど(笑)、平気でやりますよね。
▲虫プロダクションに資料として残っている、美術ボード。絵コンテに各場面のボードが貼られている。全て美術スタッフの伊藤信治の手によるものであるようだ

── 『千夜一夜物語』の美術の色遣いは『ジャングル大帝』のラインをひいてるところがありますよね。
杉井 うん。
── (当時の書籍「おとなの絵本 千夜一夜物語」を見せながら)これを見ると、やなせさんもイメージボードを描いていますよね。これはどの段階で描かれたものか分かりますか。
杉井 それは制作の最初の方に。
── コンテの前ですね。
杉井 前です。こういうイメージボードを、やなせさん、大量に描いていたと思います。やなせさんも、かなり力が入っていましたから。漫画家の人が、あそこまで映画の制作に参加して、一緒にやる事は少ないですよね。『ベラドンナ』の深井(国)さんも原画まで描いてましたからね。
── 杉井さんは、主人公のアルディンとかは、ほとんど描いてないんですね。
杉井 全然描いてないですね。
── 杉井さんの担当されているシーンがあまりにもインパクトが強いので、ともすると『千夜一夜』のメインスタッフであるように誤解してしまうんですけど。
杉井 ああ、もう全然。なんていうんでしょうか、ゲストアニメーターですかね。
── 公開が1969年ですから、制作時期に杉井さんはアートフレッシュの方にいられたわけですよね。何か別の作品に関わっていて、作業をする時だけ『千夜一夜物語』のスタッフルームに詰める感じだったんですか。
杉井 いや、原画は家でやってましたよ。
── 他のスタッフとコミュニケーションはあまりなくて、山本さんとのやりとりだけがあった感じですか。
杉井 そうですね。ただね、僕は暎一さんが作品を作るときには、なんてい
うのかなあ、上手く言えないんだけど、現場のリード役というか、ムードメーカーみたいな事をやっていたんですよ。現場に行っては「なんだ赤堀(幹治)、そんな大変なことやってんのか」とか言ったり(笑)。
── (笑)。
杉井 それで、例えば暎一さんの方から「ギッちゃん、こういうシーンなんだけど、どう思う」とか訊かれると、「うーん、こんな風にしちゃどうですかね」みたいな事を言ったり。(イメージシーンの作画に関しては)結構時間かかってますよ。僕はうちでやっていたけれど、終わりの頃にはスケジュールが危なくなってきて、みんなで手分けして中割りをしたんです。その時期には、僕も虫プロに行ってると思いますけど。最後は総動員でしたよ。面白いですから、大騒ぎをしながら、みんな楽しそうにやってましたけどね。宮本さんなんかは相当やっていますけど、タッチが巧い人なので、グラデーションなんかでもキレイにやっちゃうんだよね。あんまりキレイになっちゃうと、彫刻が動いてるみたいで堅くなっちゃうんで。僕が上から濃淡をつけたりもしましたね。
── そのイメージシーンを作画する上で、意識されたアーティストとかはいないんですか。
杉井 ええっとね、名前は忘れちゃったんだけど、いますよ。暎一さんは知ってると思うんですけど。人間の体やなんかを、デフォルメしながら表現する作家がいたんですよ。その人の考え方とかがヒントになってるんですよね。一時、流行ったタイプのアートなんじゃないですかね。
── そのアーティストは、当時はわりと目にする機会が多い人だったんですか(※編注:「虫プロ興亡記」で山本暎一はこのシーンを「ハンス・ベルメール風」と描いている。おそらく山本監督が「ハンス・ベルメール的に」と指示したのだろう)。
杉井 そうでもないですね。山本さんって『ベラドンナ』の時も、ジュール・ミシュレをやろうと言い出して。誰がそんな人を知ってるんだよっていう(笑)。
── じゃあ、そのアーティストみたいな方向性でやろうと言ったのは、山本さんなんですね。
杉井 そうです。山本さんの中に、このシーンやるんならこんな雰囲気でやりたいというものがあって、それが僕の描くヒントになっているんです。他人の画を貼りつけたりして、個々のシーンのイメージボードを作るというやり方も、山本さんはやっていましたね。『ベラドンナ』の時なんかでも、ムンクだとか、ピカソを貼りつけてみたり。そういうのが好きな人ですね。逆に「例えばこんなアニメーションの様に」と言ったのは聞いたことがない。芸術で活動している人の面白いやつを、ちょっとアニメーションに採り入れるんです。だから僕のシーンにも、そういったイメージボードがあったはずですよ。それを僕流にやったという事です。
── 山本さんが、エロチックなシーンが杉井さんに向いていると思われた事に関して、何か心当たりはありますか。
杉井 全然ないですね。それまでに、そんなのを作ってないですから(笑)。別に趣味でもないし。
── アニメートに対する姿勢みたいなものですかね。粘着質的に動かすのが好きだったとか。
杉井 ものの考え方の方で、かもしれない。僕なんかは若い頃に、抽象画みたいのをやってましたから。普通にリアルな形を再現する事には、あんまり興味がないんですよ。例えば、ロダンの「考える人」なんか「あんなのじゃなくてもいいじゃないか」みたいに思うんです。あれを抽象的に表現するならどうすればいいか、みたいな事を考えることが好きだった。多分、暎一さんはそれを知ってたんじゃないかな。それから僕はスタジオで映画批評とかを盛んにしてましたからねえ。当時だと「雨のしのび逢い」っていう、ジャン・ポール・ベルモンドとジャンヌ・モローの映画があって。僕はあれを絶賛して「あれが映画なんだよ」とか言っていた。一方、「ウエストサイド物語」が大ヒットした時に、バンバン悪口言ってたんですよ(笑)。「あんな映画のどこが面白いんだ。ダンスの技術だって音楽性だって、みんな舞台でできることで、それをフィルムに撮ってなんだっていうんだ。あんなものに比べれば『雨のしのび逢い』の方がはるかに映画的に優れている」とか、そんな話をしながら『ある街角の物語』を作ってましたからね。僕が映像表現みたいなものに興味を持っているのを、暎一さんなりに面白いと思ってたんでしょうね。次の『クレオパトラ』で「またギッちゃんに頼みたいんだけど」と言われて、「同じ事はやらないよ」という事で、今度はペンを使ってるんです。

▲『クレオパトラ』より。上の2枚が線画によるエロティックシーン。下の2枚が鏡を使って、画を二分して見せたシーン

── 『クレオパトラ』では、もう1シーンおやりですよね。
杉井 それと画を鏡に映したやつ。そのふたつをやってるんですよね。
── 対称図形みたいに画が映っている、ロールシャッハ・テストみたいな感じのやつですね。あのパートに関しては、いまひとつ杉井さんの関わりが分からないんですが、あれは作画されたんですか、アイディアを出されたんですか。
杉井 アイディアは山本さんです。
── 元のコンテではどうなっていたんですか。
杉井 いや、あれもコンテはないでしょう。もしかすると、イメージボードの中に、山本さんが「こんなかたちでやりたい」みたいなものが貼ってあったかもしれないですけど、もう分かんないですね。昔の事ですから(笑)。あの画も、僕の画かもしれない。凄くリアルな女を描いたような記憶がありますね。原画を1枚描いてるんじゃないかなあ。1枚だけ。それを鏡を使ってバラバラに見せて。……思い出しました。絵の具を使って、ちゃんとした女の裸体を描いてますね。
── 画用紙に描いたんですか。
杉井 いえ。ボード板です。当時アクリルがなかったですから、不透明水彩みたいなもので、結構リアルに。やっぱりアニメーションをやってるんですよ。1枚だけ描いて、それをPANして動かしたらバカみたいなもんですよね(笑)。それを鏡で分割みたいにして、万華鏡みたいに動かして。そのための素材を描いたんですね。
── 鏡に映して、というのは山本さんのアイディアなんですか。
杉井 そうだと思います。細かい事は忘れちゃった。とにかく、まともに女のリアルな裸を描いて、それをそのまま映すような馬鹿な事はやめようよと(笑)。山本さんは、そういう作っていく発想の仕方が凄く面白い人だったんです。その後、日本のアニメーションに要求されるものが、いわゆるジャパニメーション的なものに偏っていく過程で、山本さんはアニメーションから離れていったという印象がありますよ。もう少し面白い題材があって、プロデューサーに面白い人がいれば、あの人も、もっとアニメーションの作品を作ったんじゃないですかね。映像に対する考え方が、非常に面白い人ですから。
── 虫プロの作品ってアート的な側面があるじゃないですか。虫プロのアート的な感覚は、その全てが山本さんのものではないにしろ、相当な部分が……。
杉井 アートの部分に関しては、相当の部分が山本さんから出ていますね。
── 『クレオパトラ』で杉井さんが担当されたのは、その万華鏡みたいなところと、線画の2ヶ所だけなんですか。
杉井 頼まれればやってましたから、他にもやっていたかもしれませんけど、ちょっと憶えてないです。でも、その2ヶ所がメインですね。僕は『クレオパトラ』も『千夜一夜』も、山本さんが作り上げた映画の一部分、スペシャルなパートをやるみたいな受け方だったですね。
── 『クレオパトラ』の時も、現場には参加してないんですか。
杉井 ほとんど行ってないです。どんな映画作ってるのかも知らないで、自分が担当したところだけやって終わり、みたいなね。
── 線画のエロチックシーンは映倫でカットされたんですよね。
杉井 あ、そうですか!? 『クレオパトラ』の方がカットされちゃったんですか。
── 山本さんはそうおっしゃってるんですけど。
杉井 じゃあ、僕が『千夜一夜』と『クレオパトラ』を間違えてるのかなあ。『千夜一夜』の時も問題になったのは間違いないんだけど、カットされたのは『クレオパトラ』の時だったのかな。そんなリアルでしたっけ。
── いやいや、全然(苦笑)。線だけですから。
杉井 いろんな色の線を使ってますか? 赤とかブルーとか。
── ええと、色はついています。撮影の段階でつけた色なのか、元の画に色がついていたのかは分かりませんが。
杉井 インクを使って描いたかもしれない。細い体を描いたような記憶があるんですけどね。当時、僕は彫刻家のジャコメッティが好きだったんですよ。画の方だとパウル・クレーが一番好きなんです。その影響もありますね。僕は自分でもクレーみたいな絵が描きたくて、抽象画を描いたりしてるんですけど。
── そうなんですか。
杉井 そういうのは、アニメーションでは、なかなかやらしてもらえないけどね。ケーブルTVのJCTVが開局した時のオープニングは、僕がやってるんですよ。僕が冨田(勲)さんとふたりでやってるんですけど。
── それは、いつ頃の事なんですか。
杉井 30年前くらいじゃないですかね。原画を僕が全部描いて。
── 抽象的な映像なんですか。
杉井 半抽象でね。ボールを弄ぶ人みたいな。人といっても、人の形なんか全然してないんですけど。面白いのは、後ろに升目模様があって、それが人間と一緒に動くんです。線が動くだけでなくて、色もブルーから赤に変わっていったりして。それを全部水彩で、何百枚か描いて。僕は商業アニメを引退したら、そういうのをやるつもりなんです。
── それは、後ろの升目模様も一緒に動くんですか。
杉井 動くんです。一枚画でやっていて。
── ああ、背景と人物を一枚の画に描いて、動かしているんですね。
杉井 ええ。ファブリアーノというフランスの水彩用紙を使って、1枚1枚全部描いてるんですよ。それは面白いですけどね。
── それはCMとCMの間に挟まるチャンネルのステーション・ロゴみたいなものですか。
杉井 そう。フジテレビのマークみたいなね。僕はフジテレビのマークもやっていますよ。
── あの目をモチーフにしたみたいなやつですか。
杉井 うん。あのマークを使い始めた時に、マークを定着させるために何本か作って。その最後のやつをイラストレーターの松下進さんと一緒にやったんですよ。あれは『タッチ』をやっている頃でしたね。

●「杉井ギサブロー インタビュー(後編)」へ続く
一覧へ戻る


Copyright(C) 2000 STUDIO YOU. All rights reserved.