井上 それはもう、そうだよね。もう『ウラシマン』も『幻魔大戦』も観ているんだから。あの洗礼を当時の若手が、避けて通る事はできないよ(笑)。まあ、なかむらさん的なフルアニメ志向は、現実的に枚数の制約があって、不可能だから、そこはAプロ的なタイミングに置き換えて(笑)。(注21)
小黒 あと、『ガンモ』の頃は森山(ゆうじ)さんの影響もあります?(注22)
井上 あるね。『うる星やつら』をかなり意識しているよね。表情なんかは、凄く『うる星』的だと思う。
小黒 という事は、なかむらさんのリアル感と、Aプロ的なタイミングと、森山さん的なキャラクターの処理が、井上さんの『ガンモ』だったんですね。
井上 うん……だったし、それをなし得なかったのも『ガンモ』だね。
結局、ずいぶん後までコンプレックスがあったな。自分が好きだった人――大塚さん、宮崎さん、小田部さん、それを引き継いだ友永さんとか、全然別のとこから出てきたなかむらさんとか、それらを巧く取り入れて消化した森本さんとか、あるいは森山さんとか――そうした人達の作画には、いつも及ばないっていう感じが、ずうっとあったね。
小黒 それが払拭できるのは、いつ頃なんですか。
井上 うーん。『くじらのピーク』かなあ(注23)。その頃になると、そういう事があまり気にならなくなるんだよ。
小黒 という事は、『AKIRA』の頃は、まだコンプレックスがあった。
井上 そう。あの頃も、まだ「なかむらさんや森本さんのように描けないな」と思っていた。ただ、その頃になると、例えばなかむらさんの『迷宮物語』の「工事中止命令」を観て、不満は感じるようになっていた。凄いクオリティではあるけど、「何か欠けてるな」っていう感じは、はっきり観た時に思った。大好きな、なかむらさんと森本さん、お2人の仕事だからね、それまでなら「なかむらさん万歳」「森本さん万歳」だけだったんだろうけど、そのコンビの仕事に初めて不満を覚える自分がいたんだ。
小黒 具体的にはどういうところが不満だったんですか?
井上 これはその時点では分からなくて、後にはっきりするんだけど、キャラクターの仕草や芝居についてなんだ。芝居のリアリズムみたいな点について、不満を感じていたんだよ。技術力の高さや巧さは認めるし、当時の俺には到底あんなものは描けるわけがないんだけど、それでも、違和感があったんだよね。だから、その頃、やっと自我が芽生えたんだろうね。
その頃、アニメーターになって、6、7年経ってたと思うんだけど、ようやく自分が分かってきたという事かな。今までは自分のできない事でもやってみたいと思っていたけれど、できない事もはっきり分かってきた。その代わり、自分のよさみたいなものにも気づき出したのかな。それで、そういう観点から観て、ようやく自分の好きだった人達の仕事にも、不満が持てるようになってきた。
そういう意味では、『AKIRA』を経たのも大きいね。じっくり1年間かけて描いてみたお陰で、今まで好きだったアニメに足りないもの、自分にできる事できない事、努力すればなんとかなる事そうでない事、その見極めがついたと思う。
今の若い人にはね、「TVをやってたくさん描きなさい」って勧めているんだよ。早く考えを決めて、早く画にするっていうのは大事な事だからね。でも、それとは別に、腰を据えて、自分の限界を探るという事もどこかでやらないとダメだと思う。それが、自分にとっては『AKIRA』だったんだろうね。自分が本気で描いたらどのぐらいになるのか、って察しがついた。
小黒 自分が分かってきたというのは、具体的にはどんな事なんでしょうか。
井上 うーん、それは言葉にはしにくいな。やりたい事がはっきりしてきたというか。その当時に、それを具体的に思っていたわけじゃないけど。
例えば、人間が何げなく鼻のところに手を持っていく動作って、意識的に手を動かした時の動作とは明らかに違うよね。だけど、今まで巧いと言われている人でも、それを同じものとして動かしていたように思うんだ。「アニメ的なタイミング」としてね。多分、そういった、さりげなさみたいな部分も含めて、人間の生っぽい芝居を描きたいと思うようになったという事かな。
小黒 じゃあ、できないと分かったというのは?
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(注21)Aプロダクション
Aプロダクションは、東京ムービーの作画部門として設立された制作会社で、シンエイ動画の前身。Aプロダクションが関わった代表的な作品に、『巨人の星』『ルパン三世[第1作]』『ど根性ガエル』『ガンバの冒険』等がある。
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(注22)森山ゆうじ
『幻・想・魔・伝 最遊記』のキャラクターデザインやOVA『GEOBEEDERS』の監督などで知られるアニメーター、演出家。当時は『うる星やつら』で活躍していた若手アニメーターの中心的人物だった。森山雄治、もりやまゆうじと表記する事もある。
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(注23)『くじらのピーク』
『とべ! くじらのピーク』は1991年公開の劇場作品。監督を森本晃司、キャラクターデザイン・作画監督をうつのみやさとるが務めた。
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