小黒 なるほど。福島さんの話はまた後で色々とうかがうとして……。さて、『家なき子』の話をうかがいたいんですけど(注5)。
大橋 えーとね、話は『ガンバ』の前に戻るんだけど、「またやらないか」と声をかけられた時に、マッドハウスも最初から随分発展して、メンバーも新しく増えた感じだったんだよね。新しいステップに入った感じだった。で、俺も、半分籍を置いたような関係になっていったんだよね。だから、フリーというよりは半分仲間みたいな感じで、仕事の話がきたんだよね。それで、おおださんの方から頼んできたのかな。
あのね、随分前に、出崎さんの『家なき子』のコンテを見た事があるよ。虫プロ時代か、マッドハウスの初期の頃に。丸山さんの自宅で。
小黒 ほほお。
大橋 だから、『家なき子』っていうのは、ご自分が相当やりたい作品だったんだなあ、って、前から知識としてあったんだ。だから、「日本テレビ開局25周年」みたいな看板はどうでもよくて、出崎さんが好きな作品だっていうのが分かったので、なんとなく、「やらなきゃいけないんじゃないか」と思ったんだ。まあ、その気持ちは、『あしたのジョー』から続いているものですけど。
だけど、大変な1年だった。杉野さんについていくのも大変だったし。(手元の作品リストを見ながら)俺の仕事が、画面設定って役職になっているけど、実際には作監補佐だよね。
小黒 具体的には、どういう作業だったんでしょうか。
大橋 要するに作監ですよ。話数で、これは俺、これは杉野さんって分けて。
小黒 えっ。
大橋 出崎さんにはね、言われたんだよ。もっと密な修正の仕方はできないのか、みたいな感じの事をね。主人公は杉野さんが、ゲストは俺が、みたいなやり方をね。今考えれば、そうやっていればよかったな、って思うんだけど。
小黒 実際にはそうじゃなかったんですね。
大橋 そう。だから、普通の作監。例えば、20話の犬達が食べられちゃう話なんかは、俺だしね。杉野さんのビタリスやレミがどんどん顔が変わっていく――進化していくんだよね。だから、『太陽の王子』の時みたいに、毎日杉野さんの画を見に行かなきゃいけなかった。だから、杉野さんとの戦いっていうかね――別に戦っているつもりはないんだけど――、そういう1年間だった。出崎さんのコンテもよかったし、好きだったんだから、関わりたいけど、関わると苦しいっていう状態だったね。
小黒 もう一度確認したいんですが……。画面設定と言うと、立体アニメですし、僕らがイメージするのは、レイアウトを全部描く、といった仕事なのかな、と思っちゃうんですが、そうではないんですね。
大橋 違いますよ。
小黒 じゃあ、レイアウトはどなたがやられたんですか?
大橋 レイアウトは基本的には原画マンですが、最終的には(美術監督の)小林七郎さんですよ。当時ね、小林さんは「アニメーターの原図は下手くそだから、何も描くな」って言ってた。「凱旋門なら凱旋門って分かればいい、ちゃんと描くと消しゴムで消すのが面倒で、大変だ」って。そんなクレームが小林さんからきた事もある。だから、アニメーターは原図を描かなくていいような感じだった。
小黒 ええっ。でも、原画を描く前に、何かは描くわけですよね、アニメーターも。
大橋 大雑把に言えば、要するに、字を書いて、紙分けの指示をしてやればいいわけです。ブック1枚目は凱旋門、2枚目は木、3枚目はここに光のブラシ、とね。
小黒 で、キャラクターの大きさはアニメーターが描くわけですね。
大橋 そうですね。今のレイアウトとは全然違いますね。
小黒 すると、それまでのアニメの方が、むしろちゃんと原図を描いているぐらいじゃないですか?
大橋 そうですね。それまではもっとちゃんと描いているね。でも、勿論全員ではない。描く人は描きますよ。
小黒 なるほど。すると、あの3段引きなんかのチェックは、演出がしているわけですね。
大橋 そうです。要するに、あの立体のデザインっていうのは、出崎さんの頭の中にしかないんですね。6枚ブックがあったら、そのブックの(画面に映る部分は何もなくとも)土台は全部、フレームの長さ分用意しなければいけないんだから。アニメーターは、何ミリ引くという時に、どれだけ余分な長さが必要か、という尺だけ出せばいい(笑)。俺も、チェックはしていたから、原図も見たけれど、描かない人は何も描かなかったね。
小黒 なるほど……。繰り返しますけど、杉野さんと大橋さんは別々に作監をやられた。
大橋 うん。俺の見たものを、杉野さんがさらにチェックするというような二重のチェックはしていないんです。俺を立ててくれていたんだよね。だから、画が似ていなくても通っちゃうようなところがあって(苦笑)。実際にはそう描けないからね、杉野さんの画っていうのは。努力はしたけれど、似ないからねえ。
今思えば恥ずかしいよね。好きな作品ではあるけれど、自分が関わる事によって壊しちゃったな、っていう思いはありますね。全部、後の後悔だよね。出崎さんとも杉野さんとも関わりたいと思っていたのに、躊躇してしまった。だからね、向かえる時には向かっていった方がいいですよ。
で、それに失敗したからかどうか、もうアニメーションは辞めようって、また思ったんだよ、そこで(笑)。これで3度めだ。
小黒 『家なき子』が終わってから。
大橋 うん。それで、出崎さんに「もう辞めます」って言いに行こうとしたんですよ。そうしたら、出崎さんが、「オープニングもエンディングも大橋さんの好きなようにやっていいんだけど」って仕事を持ち出してきたんだよ。「えっ、好きにやっていいんですか?」って、誘惑に負けて、仕事を断るつもりだったのに、請けてしまった(笑)。
小黒 それが、『宝島』のオープニング、エンディングなんですね。コンテもおやりになったんですか?
大橋 いや、コンテは出崎さんですよ。ただ、好きなものを出していい、って言われてた。何をやってもいい、って。だから、コンテにはあったのに欠番になったカットもあるんですよ。エンディングには、波にさらわれて宝の地図が奥へ流れていくというようなカットがインサートされる予定だったんだけど、それがなくなってオール1カットになった。
小黒 エンディングにはUFOが出ますよね。あれはコンテにあるんですか?
大橋 いや、ないですよ。あれは、カットされると困るから船と同セルにしたんですよ。そうすると、そのセルは使わざるを得ない。
小黒 なぜUFOだったんです?
大橋 当時、UFOに狂っていたんですよ。
小黒 あの頃のマッドハウスの作品って、色々なところでUFOが出てますよね。『元祖』のオープニングとか。
大橋 ああ、でもあれオモチャみたいでしょ? こう、ジグザグに飛ばないじゃない。
小黒 なるほど、そこが大橋さんのポイントなんですね。
大橋 あれはリアルなUFOなんです。
小黒 なるほど(笑)。
大橋 オープニングは何バージョンかあるんだよ。最初のは船がジャンプするタイミングが早かったんだ。一応完成をみたのが、10話じゃなかったかな。その10話では本編もやっているんだよ。
小黒 あのオープニングの色はどなたが決めているんですか?
大橋 最終的には、(仕上げの)山名(公枝)さんですね。でも、絵コンテに赤い船とか黒い空とか、指示があるんですよ。で、俺はその時初めて、カラーのレイアウトを描いたんだよ。後でね、小林さんから「レイアウトに水彩で色がついているなんて初めてだよ」なんて言われたんだけどね。ほら、「色なんか描いてもらっちゃ困る」みたいな人だから。でも、そのニュアンスのままやってくれました。だから、原型は出崎さんだけど、主観的には俺の気持ちも入っているし、まとめたのは小林さんか山名さんだとも言える。
小黒 なるほど。で、『宝島』が終わってから、「雲と少年」を自費出版される。
大橋 うん。劇場版『エース』との間で1ヶ月ぐらい仕事がないよ、って言われたんだよ。その時に、ウチの奥さんが新聞で安い金額で本が作れるっていう記事を見つけてね、その切り抜きを見せて勧めてくれたんだよね。最初は愚図っていたんだけど、次の日になったらもうムラムラとやる気になってて(笑)。その日から描き出したんだよね。そのひと月ぐらい後に劇場版『エース』の仕事がきたんだけど、もう気もそぞろでね(笑)。その仕事が終わったら、すぐに絵本作りに戻ってしまって。結局全部で40日ぐらいで作ったのかな。でも、そのお陰で気持ちが吹っ切れたのか、少しアニメーションに一所懸命になれるようになったんだ。
俺は自分の中でテーマがあれば仕事に没頭できるんだよ。逆に没頭できるものでないと、やる気になれなくてつまらないんだよね。『シリウスの伝説』は、フルアニメーションとディズニースタイルという事で、興味があったのに、やっぱり自分では不完全燃焼ではあったかな。
小黒 と言うと?
大橋 本当は、フルアニメにする意味がなくちゃいけないんだよね。止めずにただ動かすというんではダメ。前提がそれではいけないんだよ。つまり、感情移入した結果、こういう動きになっちゃったっていうんじゃなくて、初めから余裕を持った枠を与えられて、自分としては動きたいわけでもないのに、ただ動かさなきゃならないから、動かす理由づけがない。確かに動きはきれいなんだけど、本当に意味があって、その枚数を使っているのか、っていうと疑問なんだよ。普段は、枚数を使っちゃいけないというギリギリのところで、それなのに枚数使ってしまったけれど、いいできだからいいだろう、という判断があるわけなんだけど。
小黒 なるほど。
大橋 それから『あしたのジョー2』は、『あしたのジョー』を完結させなきゃいけないという事があったからね。しかも、出崎さんと杉野さんがもう一度『ジョー』をやる。となれば、最初の『ジョー』の時の事を思えば、これはもう、自分が絶対にやらなきゃいけない作品だよね。で、やるんだったら、あんなぷるで、という事で、あんなぷるに行くわけだけどね。
小黒 ああ、そうなんですか。『ジョー2』はいかがでした。
大橋 最終話の打ち合わせが終わった後の事はよく覚えているよ。その頃は、出崎さんのコンテがなかなか上がらなくて、少しずつ上がっては打ち合わせするような状態でね。もう1ラウンドごとに担当が決まる、みたいな状態だったんだ。
小黒 ははは(笑)。
大橋 それで、最後の――それは確か劇場版のだったと思うんだけど――ジョーが真っ白になるシーンのところで、あんなぷるの全員が揃っていて、打ち合わせが終わったところでね、ジョー山中の音楽を流してくれたんですよ。
小黒 ほほお。
大橋 その時、ジーンとなったね。
小黒 打ち合わせの場で感動したわけですね(笑)。
大橋 あんなぷるという場もまた独特だったしね。非常に家庭的だったんですよ。いつもコタツで一緒にいたって感じだから(笑)。お酒がやけに似合う場所でしたね(笑)。
俺はよく自分の顔を遊びでこっそり作品に入れていたんだけど、『あしたのジョー2』の劇場版でも、武道館に向かう観客の中に俺の顔が出てるんです。これは原作にもあるカットなので、編集の時にも絶対にカットされないな、と思ったんですね。全員が歩いていて、中で娘を連れたお父さんが振り返るんだけど、その部分を普通は他の観客とセルを分けるんだろうけど、そうしなかったんですよ、カットされないように(笑)。後で、「大橋さん出てましたね」なんて出崎さんには笑いながら言われましたけど。
|
(注5)『立体アニメーション 家なき子』
日本テレビ開局25周年作品として、エクトール・マローの原作をアニメ化。数々の傑作を残した出崎統の代表作のひとつであり、CD/出崎統、作画監督/杉野昭夫、美術監督/小林七郎、撮影監督/高橋宏固チームによる最初のシリーズである。そのタイトルのとおり立体方式を採用。専用の眼鏡をかけると立体視できる仕組みだが、眼鏡がなくともかなりの奥行き感のある画面となっていた。
|
|