うつのみや ああ、そうですね。『ピーク』は、その後の『八犬伝』の「妖猫譚」も含めて、僕のヒジョーに悪い面が出てしまった作品なんですよ(注15)。当時、自分はある程度、テクニカルな人間だと思っていたんです。ところが、その2作品で懲りて、自分が不器用な人間だという事に気づかされたんです。
小黒 そんな事はないでしょう。
うつのみや いえいえ、そうなんです。『御先祖様』は、押井さんが寛容な方で遊ばせてもらったんですけど、その2作品ではそうはいかなかったんですね。で、思ったんですけど、自分は自分の好きな事をやらないと、結果が残せないタイプなんです。「(気分が)乗らないな」と思うと、最後まで乗らないままなんです。
『ピーク』は最初に気に入った設定画があったんですけど、それは結局通らなくて、使えなかったんです。フィルムになったのはその後作ったキャラクターなんですけど、乗れない部分が凄くあったんですね。
で、『八犬伝』の方は、僕は、橋本晋治君を起用して、元のキャラクターデザインとは違う画で、フィルムを作ろうとしたんですよ。やっぱり、世界観を作る上では、キャラクターデザインというのは大きいですから。でも、プロデューサーに止められてしまったんです。ところが、その後で、大平君の「浜路再臨」が出たのを見てね、憤りすら感じました。
小黒 憤りですか?
うつのみや ええ。僕らもあれをやりたかったんです。晋治君に最初に描いてもらった画も、やはり実写を基礎に置いた、とてもリアルなものだったんですよ。それなのに、僕らはストップをかけられ、大平君の方はGOが出てしまった。そういう意味でね。ただ、大平君のフィルムの出来上がりに関しては、凄く感動しましたけどね。
結局、僕には、人と同じ制約を与えられて、その中でいい仕事をするっていう、技術的なバックボーンがないんですね。『くじらのピーク』でも、自分が乗らないキャラクター像で演技させると、これほどいろんな発想が生まれてこないものなのか、と分かりましたね。
小黒 話は変わりますけれど、『八犬伝』の1話は、参加はなさってないと思うんですけども、御覧にはなってます?
うつのみや 勿論、観てます。
小黒 いかがでしたか。
うつのみや あの当時の、あのスタイルのアニメの最高峰だと思います。今見ても、あのスタイルの最高峰なんじゃないかな。
小黒 「あのスタイル」と言うと?
うつのみや ある程度リアルなんだけど、それは漫画的なリアルなんですね。実写からくるリアルではなくて、画からリアルにどんどん近づけていったリアル。画の方から「もうちょっとリアルにしたいな、したいな」というふうに思って到達した、スタイルの最高峰だと思います。で、逆に、その後に作られた「浜路再臨」は、現実の方から来たリアルだと思ってます。
小黒 現実なり実写なりからアニメに近づいていったものだ、と。……ああ、なるほどね。そうですね。おっしゃるとおりだと思います。
うつのみや 『八犬伝』の1話は当時、凄く好きなフィルムだったんで、LDも買いましたよ。
小黒 アニメーターの方々にとっては、『八犬伝』というのは、やり甲斐のあるシリーズだったんでしょうね。
うつのみや ええ。そうだと思いますよ。あれで、ひとつのお手本ができたんじゃないですかね、若い人の。
小黒 それは、でもやっぱり『御先祖様』ありき、でしょう。
うつのみや ああ。手前味噌ですけど、『御先祖様』もお手本にはなってるような印象はありますね。でも、僕が提出したのは、あくまでテストケースとして、「こういう形もあるよ」という事だったんです。でも、大平君達のやったフィルムというのは、技術的な裏付けが凄くしっかりしているから、何度見ても、いいですね。よくできた工芸品は、何度見ても飽きないところがあるじゃないですか、それと同じなんでしょうね。『御先祖様』は、その仕組みを提示しただけなんで、技術的には、粗いんです。それに比べて、大平君達のやったのは、工芸品として完成度が高いですから。
小黒 あの、どうか怒らないで聞いてくださいね。『御先祖様』って、観た当時は凄い衝撃があったんです。ところが、今観ると、面白いとは思うんですが、当時の衝撃がないんですね、もう。それは、多分、あの技術が業界中に伝播しちゃったからだと思うんです。
うつのみや そうだと思いますよ。そう言われても怒りませんよ(笑)。
逆に今、『御先祖様』当時に意識して出した新しい事に匹敵するような、新しい事を思いついているんですよ。残念ながら、それを提示するチャンスがまだないんですけど。どんな作品のスタイルにも応用できて、従来のセルアニメーションのまま、特別な設備やシステムを必要としないという意味で、さっき挙げた2点は新しかったんですけど、今考えている方法論も、そういうもので、多分、みなさんにかなりのインパクトを与えられると思うんですけど。セルを使ってここまでリアルになるのかという画的な方法と、さっきお話しした無意識の動きを全編やるとどうなるか、という演技的な方法のふたつなんですけどね。
小黒 その、今おっしゃっている事と、フルアニメを描く人が出てくるようになったという事とは関係ないんですか。
うつのみや うーん……多少関連してるところも確かにあるかもしれませんね。フルアニメをやる人達っていうのは、僕らと、作画の方法論が全く違ってたんですよ。彼らは、実際にビデオカメラを使って、自分達でコンテ内容を撮って、それを元にして、カットを構成していくというやり方を取ってるんです。それは、ずっと昔の東映長編のやり方でもあるわけですね。また、そこに戻ってきているんですよ。
小黒 具体的には、それはどなたなんですか。
うつのみや 大平君とか晋治君とかですね。で、僕も、試しに自分で演技してみると、予想してなかったとんでもない動作が入るんですよ。「何だろう、これは」と思ったんですね。その動作は演出意図からくるものではないんです。でも、それを入れる事によって、確かにフィルムの現実性が凄く増すんですね。それに、後から考えると、トータルで理に適っていて、リズムを作っていたりもするんです。だから、現実と同じぐらいの度合いで、そうした無意識の動きを入れれば、よりリアルになるんじゃないかっていう結論が出てるんです。まあ、入れすぎれば、わけが分からなくなってしまいますけど。
小黒 なるほど。……ええっと、すいません。これまで話を訊いてきて、意外だった事があって。
うつのみや はい。
小黒 ご自身が考えられて編み出された事と、僕ら観ている側が受け取った事との間にギャップがあると思うんです。
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(注15)『くじらのピーク』、「妖猫譚」
『とべ!くじらのピーク』は91年に公開された劇場作品。監督は森本晃司。彼はキャラクターデザインと作画監督を担当。「妖猫譚」とはOVA『THE 八犬伝[新章]』の3話。ご本人は謙遜しているが、これもアニメート的な見所の多いフィルムである。彼は、絵コンテと演出を担当。作画監督は、橋本晋治。 |
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