アニメ様365日[小黒祐一郎]

第25回 劇場版『エースをねらえ!』

 第23回で、1979年は奇跡のような1年だったと書いたが、その中でも「奇跡」の言葉が最も相応しいのが、劇場版『エースをねらえ!』だろう。演出も、作画も、美術も、撮影も、音響も完璧。表現がシャープであり、力がある。映像のポイントは光と影だ。光と影を巧みに使い、テニスに青春の全てをぶつける少女達の姿を描いている。ドラマチックであるのは勿論なのだが、それと同時に爽やかだ。登場人物も、作品内の空気も、清々しくて気持ちがいい。「青春映画」という言葉がぴったりのアニメーション映画だ。
 劇場版『エースをねらえ!』が公開されたのは1979年9月8日。原作は、山本鈴美香の同名マンガで、少女達に熱烈に支持された作品だ。監督は旧TVシリーズ『エースをねらえ!』も手がけた出崎統。出崎監督の作品史的に言えば、『家なき子』『宝島』を手がけた後の作品で、この後に『ベルサイユのばら』後半に参加し、『あしたのジョー2』に至る。この作品で出崎監督は、様々な技法を駆使している。前述の光と影の表現、派手な画面分割、ストップモーションやスローモーション等々。これでもかと言わんばかりに、次々と斬新な映像が打ち出される。出崎監督自身だけでなく、杉野昭夫作画監督、小林七郎美術監督、高橋宏固撮影監督の仕事も素晴らしい。一連の「出崎チーム」の作品の中でも、最も完成度の高いフィルムだろう。特に杉野昭夫は絶好調だ。本作のキャラクターは、リアリティがありつつ端正。迫力もあり、躍動感もあり、雰囲気も出ている。芝居や表情もいい。この年の春まで、同チームは『宝島』を制作しており、劇場版『エースをねらえ!』の公開まで半年もない。しかし、とても短期決戦で作られたとは思えない仕上がりだ。
 アバンタイトルは、主人公の岡ひろみが、雨の日にパジャマ姿で自分の部屋にいるシーンだ。やる事がないのか、何かを考えているのか。近づいてきた愛猫のゴエモンを軽く蹴飛ばしたところで、ストップモーション。「岡ひろみ、15歳。この春、県立西高入学。即、テニス部に入る。雨の日は、ゴエモン蹴飛ばす!」という彼女のナレーションが入り、オープニングが始まる。この始まり方からして、いい。ストップモーションも格好いいし、「ゴエモン蹴飛ばす!」というセリフで表現されている普通の女の子っぼさがいい。本作はキャラクターも魅力的だ。宗方、お蝶夫人、藤堂や尾崎もいいのだが。やはり、ひろみとマキの、いかにも女子高生な感じがいい。「そこでお目もじ、お言葉まで賜った」なんて古めかしい言葉を使ったりするのも、実際に当時の女子高生がそんな言葉遣いをしたかどうかは別にして、そんなくだけた感じが、いかにも女子高生的。愛川マキはひろみの親友で、狂言回し的な立ち位置にいるキャラクターなのだが、菅谷政子の持ち味がハマり、特に出色のキャラクターとなっている。
 お蝶夫人に憧れて名門西高テニス部に入ったひろみだったが、テニスを初めて間もないのに、コーチとして赴任してきた宗方仁によってレギャラー選手に選ばれてしまう。そこから彼女の生活は一変する。戸惑い、悩みながらも、ひろみはテニスに打ち込んでいく。本作の尺数はわずか90分。その中に物語がみっちり詰め込まれ、原作第1部のラストである宗方の死までが描かれている。
 極めてテンポよく物語が進むが、決して不足はない。カットバック、大胆な省略等、様々な手法を使ってドラマが構成されている。象徴的なのが、岡ひろみとお蝶夫人がダブルスで、加賀のお蘭と対戦した場面だ。結果的にひろみ達は試合に勝つのだが、描かれるのはお蝶夫人がひろみの実力を認め、パートナーとして一緒に戦う事を宣言するところまで。見つめ合った2人の頭上を、爆音と共にヘリコプターが通過し、それでこのシーンは終わってしまう。爆音がシーンのテンションを高め、ひろみとお蝶夫人の気持ちを表現し、試合の後の展開を予想させているわけだ。そこでズバッとシーンを終わらせてしまうのも、実に格好いい。切れ味のいい演出だ。実はこのダブルスを含めて、クライマックスのお蝶夫人との試合まで、ひろみの勝利は一度も描写されていない。
 また、ひろみと宗方が電話で話すシチュエーションが繰り返され、それがドラマのポイントになっている。これも巧い。短い尺でありながら抜群の効果。僕ごときが巧いと言うのが申し訳ないくらいの見事さだ。あるいは、お蝶夫人にきつくあたられたひろみに、マキが同情するシーン。マキはなぜか、雷様にヘソをとられそうになっている小僧の昔話を話し始める。昔話の中では、母親を大事に思っている小僧の健気さに、雷様が感じ入ってしまう。小僧とはひろみの事であり、自分もひろみの健気さに感じ入っているという意味だろう(さらに言えば、小僧を驚かした雷様が、お蝶夫人の意味だろうか)。直接的な同情のセリフよりも、洒落ているし、的確にマキの気持ちを表現している。さっき話題にしたダブルスでは、試合中にひろみがハミングを始める。とても打ち返せそうもない弾丸サーブに立ち向かっているひろみは、半ばヤケクソで、アドリブの歌をうたったのだが、その事で気持ちが静まり、弾丸サーブを打ち返す事に成功。これもモノローグ等を使わずに、ひろみの心情を表現しているわけだ。マキの昔話やひろみのハミングは、単に心情表現として適切であるだけでなく、意外性がある。観客が「え、ここで昔話?」「ここでハミング?」と思うわけだ。意外性は、劇場版『エースをねらえ!』にとって重要なポイントだと思う。
 と、ここまで劇場版『エースをねらえ!』について、さも知ったような事を書いてしまったが、僕はこの映画を劇場公開時に観ていない。公開されたのが9月で、もう夏休みが終わっていたというのもある。同時上映が「ピーマン80」という実写のコメディ映画で、これがタイトルからして内容がなさそう(「……がピーマン」は当時の流行語で、中身が空っぽの意味)で、あまり観たいと思わなかったのも理由のひとつ。それから事前に、主題歌が少年探偵団だと知ってしまったからというのもある。少年探偵団とは、当時、人間カラオケで話題になっていたグループだ。人間カラオケとは、男性メンバーが人間の声で楽器の音を再現し、それを伴奏にして女性メンバーが通常のボーカル部分を歌うというという珍妙な歌唱の事だ。バラエティ番組で観るぶんには面白いのだけど、そんなイロモノが主題歌なのか、と思って引いてしまったというのもある。
 劇場『エースをねらえ!』を初めて観たのはTV放映。その後、レーザーディスクを買って、何度か観てから、主題歌が人間カラオケではない事に気がついた。確かに主題歌を歌っているのは少年探偵団なのだが、伴奏は普通の演奏だ。イロモノなんかではなく、爽やかに青春を歌い上げた正統派の楽曲だった。えー、そうだったの? その後、この作品のDVDやBlu-rayでは、解説書の編集をやらせていただいた。だが、いまだに劇場で観る機会には恵まれていない。アニメのオールナイト興行で、上映の企画を出した事もあるが、実現には至らなかった。公開時に劇場で観なかった事を一番悔やんでいるのが、このタイトルだ。

第26回へつづく

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(08.12.09)