アニメ様365日[小黒祐一郎]

第148回 富野監督の失敗作発言

 『聖戦士ダンバイン』前後の富野由悠季監督については、作品そのものに匹敵するくらい「失敗作発言」が印象的だ。つまり、作品の放映が終わった頃に、アニメ雑誌のインタビューを受けて「これは失敗作だった」と言うのだ。この原稿を書くにあたって、編集部のスタッフに当時のアニメ雑誌記事をチェックしてもらった。以下に引用するのは、雑誌「アニメック」の関連ムックに掲載されたもので、いずれも「富野由悠季インタビュー集 富野語録」に再録されている。

富野 ……それに引っ張られて活劇になれなかったんだろうな。作劇の理論上では、ゾラの説明に関しては我慢したんですよ。でもあの程度の説明ですませちゃうなら、全部活劇の方が良かったんじゃないかな? そういう作劇論というよりシリーズ構成論の大問題があるわけで、「ザブングル」の大失敗の原因ですね。(戦闘メカ ザブングル大事典)

富野 ……そこまで注意をはらっていくような作り方をしていたら、おそらく番組を一年近く続けることが不可能になる状況も見えてましたから。作品としてディテールを完結しえない物でしたが、それでも49話までいってしまえた。その対応をしていなければ、そのひどい物でさえもオン・エアできなかったんです。(聖戦士ダンバイン大事典)

富野 ……ただこれだけの失敗をして、メイン・スポンサーが潰れてさえ49話まで行ってしまった。だからバイストン・ウェルは事実関係として作動している(笑)。モチーフや想い入れは何一つ間違っていない。ただただCDの富野がアホやったからです(笑)。(聖戦士ダンバイン大事典)

 これらのインタビュー記事を読み直すと、富野監督は、決して自作を全面的に否定しているわけではない。どういう狙いで作ろうとしたか、実際に作ってみたらどうだったか。何が成功で、何が失敗だったか。それを率直に語っている。たとえば上記の「戦闘メカ ザブングル大事典」のインタビューでは、『ザブングル』の活劇の部分をもっとちゃんとやったシリーズを作りたい、といった発言もしている。
 「聖戦士ダンバイン大事典」のインタビューには「失敗作発言」についてのコメントもある。

編集 ファンにとっては、自分の想い入れのある作品を、放映中に監督本人から“失敗作だ”と言われるのは辛いですよね。
富野 でも全部口をぬぐって“俺はこれを信じているからこれでいいんだ”と言い切ったら、最終的にはそういう人達を間違わせることになりません? その方がよほど罪が深い。(聖戦士ダンバイン大事典)

 富野監督のスタンスは正しい。少なくとも、粗のある作品を作っておいて「これで完璧だ」と言うよりはずっと潔い。作品に対しても、ファンに対しても誠実だ。ではあるが、だ。やはり当時の僕には、監督自らが失敗した部分について発言しているのが痛かった。それは同年輩のファンの多くも同様だったはずだ。当時は記事の、失敗について語っている部分ばかりが目についた。それまで僕は、監督がここまで明け透けに自作について語ったインタビューを読んだ事がなかったのだ。ましてや、注目作だった『ザブングル』や『ダンバイン』についての発言であり、尊敬していた富野監督の発言だ。やはりショックだった。
 また、ここまでの連載で触れたように『ザブングル』や『ダンバイン』については、作品として「ここはちょっと……」と思うところがあり、それを裏づけるように、監督が「失敗でした」と言うかたちになっていた。だから、放映終了後に「失敗作発言」を目にして「ああ、やっぱり」と思った事もあった。「ここはちょっと……」と「失敗作発言」の積み重ねが、不信感というほど強い感情ではないが、富野監督へのわだかまりになっていった。そんなわだかまりを抱えたまま、次回作『重戦機 エルガイム』の放映が始まり、さらに次の年に問題作『機動戦士Zガンダム』がスタートする。
 いきなり違った話になるが、最近「手塚治虫漫画全集」を1巻から読んでいる。今、50冊ほど読んだところだ。各タイトルの最後に、手塚自身によるあとがきが掲載されており、これが面白い。非常に率直であり、自作をチョンケチョンにけなしたり、言い訳をしたり。ポジティブな内容の原稿もあるのだが、ネガティブなものの方が圧倒的に面白い。
 「そういう形式にしてから、どうもアイディアによいものが浮かばず、内容もはかばかしくなく、連載は尻つぼみに終わってしまいました」(スリル博士)、「前半は、まあ好評でした。だが後半にいたって腰くだけというか、あたりまえの対決ものに陥ってしまって、反響も落ちました」(白いパイロット)、「こんな身内の楽屋おち的ギャグなんか、当時どころか今だって、読者にとってはいい迷惑です」(38度線上の怪物)等々。最近はあとがきでどんな事を書いているのかを楽しみにして読んでいるくらいだ。
 この手塚治虫のあとがきも、嘘をつかないという意味では、読者に対して誠実なのだろう。それだけではなく、露悪趣味もうかがえるし、「自分が全力を出したらこんなものではないぞ」というプライドの裏返しでもあるのだろう。マンガの神様のパーソナリティが感じられるという意味でも、興味深い。そして、「手塚治虫漫画全集」を読み進めているうちに気がついた。「あれ? このあとがきの感じは、前に触れた何かに似ているぞ。そうだ! 富野監督の失敗作発言だ!」。
 富野監督は、手塚治虫が主宰した虫プロダクションの出身である。僕は前々から、富野監督のペシミスティックなドラマ作りは、手塚治虫から受け継いだものではないかと思っているのだが、作品に対するスタンスも受け継いでいるのかもしれない。

第149回へつづく

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スリル博士 手塚治虫漫画全集 (20)

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(09.06.17)