アニメ様365日[小黒祐一郎]

第195回 『とんがり帽子のメモル』10話

 前回前々回で紹介できなかったメインキャラクターについて少し触れておく。リルル村のメモルの友達は、音楽家フォルテンの息子であるポピット、盗賊トリローネの子どもであるルパングと、その弟のピーの3人だ。ポピットはしっかり者で、ルパングはやんちゃ。ピーは年齢が低くて、人間で言うと赤ちゃんか幼児だ。メモルはこの3人と一緒に行動する場合が多い。また、リルル村にはリュックマンという青年がいる。旅人と呼ばれてるが、あまり旅には出ていないようだ。物知りであり、メモル達のよき兄貴分だ。『ムーミン』のスナフキンの影響が見て取れるキャラクターでもある。マリエルが暮らしている山荘にはペネローペという家庭教師がおり、彼女がマリエルの面倒をみている。マジメすぎるくらいの女性で、いつもマリエルに厳しく接している。
 10話「みんなそろって忘れ草」(脚本/雪室俊一、作画監督/名倉靖博、演出/佐藤順一)は「忘れ薬」によって起きた騒動を描いたエピソード。メモル達はマリエルのところに行く時に、いつもボォボォというミミズクの背中に乗っていくのだが、ペネローペの命令により、ボォボォは猟銃で撃たれそうになってしまった。ボォボォがその事件のショックから立ち直れないでいるのを心配したメモル達は、リュックマンに相談。リュックマンから、今までの事をなんでも忘れてしまう忘れ草の事を教えてもらい、その草を探し出して、忘れ薬を作り出す。メモルは、ボォボォに忘れ薬を飲ませるために、自分でお手本に薬を飲んでみせるが、飲んだふりをせず、本当に飲んでしまったために、彼女自身が記憶喪失になってしまう(メモルは「今までの事をなんでも忘れてしまう薬」を「嫌なことを忘れてしまう薬」と勘違いしていたようだ)。ルパングとピーが、メモルの事を発明家のコロンパスに相談すると、コロンパスは記憶を取り戻す機械(静電気発生装置)を取り出すが、その機械のせいでルパングもピーもコロンパスも記憶を失ってしまう。一方、トリローネとその妻は置いてあった忘れ薬をお茶と勘違いして飲んでしまい、やはり記憶喪失になってしまう。
 このリルル村の人々が記憶喪失になっていくドタバタが、この話の中盤部分で、最大の見どころだ。その騒動でメモルの祖父であるリルル村長が困っていると、リルル村のガラゴンという男が、いっそ村のみんなが忘れ薬を飲んで、全員が記憶喪失になってしまえば問題なくなるでしょ? と提案するあたりも抱腹絶倒。やりとりのおかしさも、テンポのよさも完璧。しかし、このエピソードはそれだけではない。「みんなそろって忘れ草」は、とにかく話が詰まっている。前半では撃たれたボォボォの事を心配するマリエルと、彼女の事を思いやる使用人ジョルジュとのドラマ。忘れ草を探すシークエンスは、可愛らしくも楽しいミュージカル仕立て。記憶喪失が続出した後では、鷹に襲われそうになったメモルを助けるポピットの凛々しさ。記憶喪失になったメモルが、不安を口にするのだが、その感情表現も巧い。ポビットが、メモルをマリエルの山荘に連れて行った後も、二転三転。メモルを元に戻す方法を調べるために、マリエルが記憶喪失になった振りをして、それで一段落するかと思ったら、突然の雷雨。雷の光と音で、ようやくメモルは記憶を取り戻す。その後は、雷の光を使ってメモルとマリエルは影絵に興じ(「メモルうさぎさん、こんにちは」「マリエルきつねさん、こんにちは。ピョンピョン」「コンコン」といった感じだ。うわっ、照れくさい!)、そのままメモルはお泊まりをして、枕を並べてスヤスヤと眠る。このあたりの幸福感もたまらない。さらに翌日、メモルがリルル村に帰った後で、ルパングとピーでギャフンな1エピソードがあり、メモルが自分の家に戻ったところで、ようやくエンドマークだ。
 いやあ、面白かった。ここまで20年近くTVアニメを観てきたが「こんなに面白いアニメは初めてだ!」と思うくらい面白かった。ひとつの話に、あまりに多くのエピソードを詰め込み、様々な感情を描いているが、破綻していないし、個々の描写が不足しているわけでもない。「みんなそろって忘れ草」を傑作にしているのは、高い表現力だ。後述するように作画もいいのだが、演出がずば抜けていた。センスがよく、個々の描写が気がきいている。キャラクターへの思い入れもたっぷり。メモルとマリエルが雷の光で影絵をやるシーンや、枕を並べて寝ているあたりは、演出の暴走なのだろうと思うが、そのノリノリぶりがよかった。佐藤順一本人に聞いたわけではないが「全てのシーンを面白くする」「この話で描きたい事は全て描く」くらいの意気込みでやった話なのだろう。
 作画に関しては「みんなそろって忘れ草」はキャラクター原案の名倉靖博が、初めて作画監督を務めた話だ。作画もかなりやっており、半分以上が彼の原画だろう。名倉を静かでファンタジックな絵を得意としたクリエイターと思っている人も多いと思うが、実は彼は『ハニーハニーのすてきな冒険』では強烈な金田系アクションを描いており、『Dr.スランプ アラレちゃん』では超ドハデなエフェクトを描いていた。アクション作画もいける人なのだ。この話ではキャラクターの可愛らしさだけでなく、芝居や動きの見どころもたっぶり。細かいところで、こしゃくな技を使っていて、それがまたよかった。

第196回へつづく

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(09.08.24)