第231回 『カムイの剣』
僕が知っている限り、『カムイの剣』に関しては感想が真っ二つに分かれるようだ。肯定派は「面白い。りんたろう監督の代表作だ」と言うし、否定派は「面白くない。長くて冗長だ」と言う。僕は肯定派だ。ただし、劇場公開時には観ていない。翌年か、翌々年にレンタルビデオを観て「なんて面白いんだろう」と驚いた。
『カムイの剣』は矢野徹の同名小説を原作とした劇場アニメ。『幻魔大戦』『少年ケニヤ』に続く角川アニメ第3弾で、監督はりんたろう。制作プロダクションはプロジェクトチーム・アルゴス、マッドハウス。キャラクターデザインを村野守美が務めており、『佐武と市捕物控』以来のりん&村野コンビの作品となった(脚本で参加した真崎守を入れれば『佐武市』トリオだ)。作画監督は野田卓雄が担当。前作『幻魔大戦』よりも、彼のよさが発揮されている。公開は1985年3月9日。同時上映は平田敏夫監督の『ボビーに首ったけ』だった。
物語は幕末の北海道に始まる。育ての母と姉を殺され、次郎はその犯人として村人に追われる事となった。天海僧正に助けられた次郎は、天海の許で忍者として修業をする事になる。一人前の忍者となった彼は、父親の行方と自分の出生の秘密を知るために旅立つ。冒険の舞台は、やがて、アメリカ大陸へ。ジャンルとしては伝奇時代劇だろうか。
僕が劇場に行かなかったのは、多分、TVスボットや予告を観て、興味を持てなかったからだろう。何度かTVスポットを観た記憶はあるのだが、あまり面白そうだとは思えなかった。時代劇というジャンルのせいか、派手さがないビジュアルのせいか。とにかく、いわゆる「アニメらしいアニメ」とかけ離れた作品だと感じたはずだ。
ビデオを借りたのは、主に作画的な興味からだった。公開後に、梅津泰臣やなかむらたかしが参加している事を知り、それをチェックするためにレンタルした。ひょっとしたら、「アニメビジョン」で梅津泰臣に取材する直前に観たのかもしれない。いざ、観てみたら、作画なんて気にならなかった。いや、作画のクオリティは高く、大塚伸治の松前三人衆をはじめ、随所に見どころもあるのだけれど、作画だけに注目するように作品ではなかった。演出もよかったし、音楽もよかった。そして、何よりも話が面白かった。
次郎は日本でも様々な体験をし、アメリカに渡る。キャプテン・キッドの財宝を手に入れて、宿敵である天海を倒して、そこで終わりかと思ったら、倒した天海が影武者だったと分かる。そして、本物の天海を倒すために日本に戻り、忍者軍団を雇って、今度は忍者同士の騙し合いになり……と、話が二転三転どころか、五転六転くらいする。物語のスケールの大きさに圧倒されたし、それが骨太なものであるのもよかった。演出に関しては、りんたろうのスタイリッシュな画作りが極まっており、特に光の効果が素晴らしい。音楽は宇崎竜童と林英哲が担当。和太鼓と掛け声を使った和製ロックで、曲自体も、使い方も、大層格好いい。特にチャンバラのシーンや、忍者が走る場面がベラボウにいい。
りん監督の演出は、映像だけでなく、ストーリーの語り口もクールだ。次郎は育ての親も、生みの親も劇中で死ぬ。知らなかったとはいえ、彼は自分の父親も手にかけている。女忍者のお雪は、実は次郎の姉なのだが、それを知らずに2人は戦い、その後の展開では、男と女の関係になりそうな雰囲気まであった。そして、次郎の目的は復讐だ。そんなネチっこい筋立てにも関わらず、感傷的にしないところがいい。映像がスタイリッシュであるのと同様に、物語も湿り気がなくて、パキパキしている。その感覚が心地よい。
りんたろう監督は、劇場版『銀河鉄道999』以来、連続して大作劇場作品を手がけてきたが、『カムイの剣』がその一連の作品の頂点となった映画だと思う。劇場版『銀河鉄道999』が、若い作り手の熱意が漲ったエネルギッシュな作品であるのに対して、『カムイの剣』は成熟した作り手が、思う存分に腕を振るった感じだ。前作『幻魔大戦』がストーリー的にも、映像的にも手強いものに挑んで、結果的に作り切れていない感があるのに対して、『カムイの剣』は完璧に作り切っている。迷いがなく、余裕すら感じられる。僕はそこに惚れ惚れする。
この連載では「もっと評価されるべき作品だ」というフレーズは使わないつもりだが、この作品についてはだけは、こんなに面白いのに、どうしてアニメファンの間で話題になる機会が少ないのだろうかと思う。
第232回へつづく
(09.10.19)