第232回 『ボビーに首ったけ』
昨日の原稿を書いている途中で思いついた事があったので、先に書いておく。1980年代半ばの段階で、すでに物語に力のある作品が減っていた。アニメファン向きの作品は、刺激の強さ、ビジュアルの魅力、作り手の作家性を追ったものが多かった。その意味では、現在とあまり状況が変わっていないのかもしれない(どういうわけか、この頃は、作家性の強さと物語の面白さが両立しなかった)。そして、僕らはアニメの刺激やビジュアルに喜びを感じていたので、そういった傾向に対して、さほど不満は感じていなかった。ただ、そんな時期だったからこそ、物語のスケールが大きく、骨太な『カムイの剣』に一層の感銘を受けたのだろうと思う。
さて、以下が本題。『カムイの剣』を公開時に劇場で観ていないという事は、当然、同時上映だった『ボビーに首ったけ』も劇場では観ていない。僕がこの作品を観たのは、『カムイの剣』よりも遅くて、1980年代末だ。中古ショップでレーザーディスクを手にとって、なんとなく買ってみた。そして、再生したてみら、とんでもない作品だった。実写スチール、イラスト、リアルな背景、ペーパーアニメ等、様々な技法を駆使。キャラクターも、音楽も、映像もお洒落であり、シャープだった。こんなアニメ映画は観た事がなかった。原作は片岡義男の同名小説で、監督は平田敏夫。キャラクターデザインはマンガ家の吉田秋生で、作画監督は大橋学。制作スタジオは『カムイの剣』と同じく、プロジェクトチーム・アルゴスとマッドハウス。45分程の中編だ。
タイトルになっているボビーとは、主人公のニックネーム。れっきとした日本人で、本名は野村昭彦。バイク好きの高校3年生だ。バイク雑誌で彼の事を知った同じ年の女の子から手紙をもらい、文通を始める。話が合わない父親と対立して家を出るが、別にやりたい事があるわけでもない。彼がバイトをしているのはバイク乗りが集まるカフェで、やがて、マスターがやっているレーシングチームに誘われる事になる。季節は初夏。空は青くて、Tシャツは白い。そんな映画だ。演出と映像は先鋭的だが、物語やキャラクターとリンクしており、きちんと作品としてまとまっている。つまり、お洒落な物語とキャラクターを、お洒落な演出と映像で、映画化したかたちになっている。
この映画を観るまで、監督の平田敏夫については「『ユニコ』を作った人」くらいの印象しかなく、いったいどんな人が作ったのか、どのようにして作られたのかが、ずっと気になっていた。その謎が解けたのは21世紀に入ってからだ。僕は『ボビーに首ったけ』に関わったスタッフに、何度か話を聞いている。以下に引用しよう。
まずは「WEBアニメスタイル」で、作画監督の大橋学に話をうかがった(「animatorinterview 大橋学(4)」)。取材したのは2001年6月9日だ。
小黒 『ボビー』って、滅茶苦茶不思議なアニメですよね。
大橋 俺が実際に描いているのは、主に途中で出てくるイラストなんかなんだよね。
小黒 ペーパーアニメのところは、なかむらたかしさんと森本晃司さんなんですよね?
大橋 ペーパーのところは、たかしさん。森本君は色がついているはずだよ。後半の背景動画の部分。音楽が流れて、バイクで射し込む光と戯れる場面のはずだから。で、白黒に変わる時に音楽が合わなくなる感じの、その部分からがたかしさん。
小黒 あのちょっと変わった作風っていうのは、監督の意図なんですか?
大橋 監督のポンさん(平田敏夫)って、CMをやってたらしいから、そういう感覚だろうね。りん(たろう)さんのプランもあるかもしれないけど。ラストの電話が鳴るところは、りんさんが直しているみたい。最初のプランでは普通の黒電話が鳴るだけだったんだけど、それが歪んだ画になってますね。
小黒 じゃあ、途中で、ここはイラストにしようとか写真にしようとか決めたのは……。
大橋 ああいうのを実際に切ったり色を付けたりしたのはポンさんだから。吉田秋生のキャラ表をコピーして切り抜いて1曲作っちゃった。バーに行く前のシーンなんだけどね。
小黒 あ、あれキャラ表なんですか? 作画じゃないんだ。
大橋 そうなんですよ(笑)。写真の部分も同じようにポンさんが作ってるんです。あのバイクに乗っているのは、(制作の)浅利(義美)さんなんですよ。写真はプロのカメラマンが撮っているんだけど、実際にコマ撮りで操作しているのは、ポンさん。
小黒 へえー。
大橋 ポンさんっていうのは、アドリブ的な要素が随分ある人で、臨機応変なんだよ。『金の鳥』でもそうなんだけど、アニメーターの意見を取り入れてくれるんだよね。だから、やりやすいったらない。「こうしたいんだけど」って言うと、「いいね」って。何でも「いいね」って言ってくれるんだよ(笑)。
次は「アニメージュ」の「この人に話を聞きたい」で、平田敏夫監督に話をうかがった。取材は2002年11月12日。この記事は「WEBアニメスタイル」にも転載している。
—— もうひとつの代表作の『ボビー』のお話もうかがいたいんですが。
平田 これはねえ、若気の至りかなあ……とか思ってるんです。
—— かなり、かっ飛ばしてますよね。
平田 とんがってましたね。僕は、とんがらない人なんですけど。なんでとんがったのかなあ、あの時(笑)。
—— 原作に触発されたんじゃないんですか?
平田 うん。乾いた映画が好きなのね。向こうの映画でもアンドレ・カイアットとか。その系統が好きだったり、古いよなあ(笑)。片岡義男って、基本的にはハードボイルドなんですよね。余計なものを省略して、ある種の美学だけを追究している。積み重ねじゃなくって、省略していく美しさみたいなのがあると思うんだけど。原作の『ボビー』もそうなんだと思う。
…………………
平田 (略)作品の作りとしては、最初から最後までイメージの羅列で、「これでドラマになるのかよお」っていう感じで(笑)。
—— あの映像のインパクトは、ものすごいですよね。実写の写真をコラージュしたところがありますが、あそこは、ご自身で写真を撮ったとか。
平田 プロのカメラマンに撮ってもらったの。一緒に晴海埠頭に行って、制作の人にキャラクターと同じ格好をしてもらってバイクに乗せて。カメラマンに連続写真でバンバン撮ってもらった。その後、押井(守)君もやっていたけど、写真を1回、セルにコピーして、それをマーカーを塗って、撮影して動かした。この手法は、僕はコマーシャルでもやっていなかった。
—— イラストを使ってるところがありますよね。あれは、キャラ表をそのまま使ったと聞いていますが。
平田 キャラ表を使っています。「ポップアートにしちゃおうぜ」なんて思って、ペイントマーカーで、画の周りにギザギザを描いたり、星印を入れたりして。そういう作り方はコマーシャル時代の財産ですね。色んな事をやってるんです。スクリーントーンを貼ったり、カラートーンを貼ったりとか。そういう作業は人に頼めないから、自分でやるしかないんだよね。だから、作業的にはちょっときつかった。他の人の原画をチェックしながら、そういう自分の作業もやっていたから。
—— 自ら撮影素材を作っていたわけですね。
平田 そうそう。撮影台の脇に付きっきりになったカットもありますよ。
—— 具体的には、どんなカットなんです?
平田 画のぼかし。センターフォーカスって言うんです。今ならデジタルで簡単にできる、なんて事のないカットなんだけど。カットによってぼけ方が変わってくるから。いちいちメンタムを拭いては塗り替えていったり。
—— え? 何を塗ったんですか。
平田 メンソレータム。(撮影時にセルに乗せる)ガラスの上に塗るの。
—— なるほど。それでレンズのぼけた感じを出すんですね。
平田 そう。アナログの手作業で、『老人と海』みたいな事をやってるんですよ(笑)。あの作品は、テクノロジーの宝庫なんです。僕の技術的なものは、みんなあそこに入っちゃってる。そういう意味でも面白かった。音楽だらけだし、ビデオクリップみたいな映画でもあるよね。
インタビュー中でも話題になっているように、平田監督はTVCMを手がけていた時代があり、そのノウハウで『ボビーに首ったけ』を作ったわけだ。平田監督はビジュアルに関して、独特のセンスがある人で、現在に至るまで、画的に面白い作品を沢山残している。最近では『花田少年史』のオープニング等が印象的だ。その作品史の中でも、『ボビーに首ったけ』は突出した仕上がりになっている。その理由について、インタビュー中では「若気のいたり」とか、「原作に感化されたのではないか」などと言っているが、当時の角川アニメとマッドハウスの勢いに乗ったというのもあるはずだ。
引用をしながら話を進めたら、やたらと長くなってしまった。もう少しだけ続ける。
第233回へつづく
(09.10.20)