アニメ様365日[小黒祐一郎]

第259回 『タッチ』の映画的な原作

 平熱感覚の作劇だけでなく、アニメ『タッチ』の効果的な間の使い方、実写的な画面構成も、あだち充の原作にあるものを、アニメスタッフが拾い上げたものだった。
 そもそも、あだち充のマンガは映画的だ。映画的というのは、こういった原稿では使うのが難しい言葉だが、この表現を使うしかない。映画的なところのあるマンガは少なくないが、彼の作品は、その傾向が顕著だ。より具体的に言葉にするなら、あだち充のマンガは「画面構成やカット割りがシャープで、技巧的な映画のようだ」という意味で、映画的だ。くだけた言い方をすれば「演出がかっこいい映画のようだ」という意味で、映画的だ。
 あだち充は、おそらくはマンガのコマを、映画のカットに見立てて描いている。コマとコマの間の時間の省略の仕方も映画的だし、コマの積み重ねでリズムを作っているのも、映像作品でカットを積み重ねる感覚に近い。オフゼリフに相当する表現もあるし、カメラ位置も自由自在。ロングショットの使い方も巧みだ。アニメにおけるBGオンリーに相当する背景のみを描いたコマも頻繁にあり、それはシーンの切り替えや時間経過だけでなく、情緒、登場人物の感情をも表現している。いや、それだけではなく、ストーリーが展開している途中で、関係ない場面を描写したコマを挿入し、その事で読者と物語の距離感を自在に操る。そういった高度なテクニックも、彼は使っている。僕はマンガに関しては専門ではないので、あまり自信たっぷりには書けないのだけど、あだち充は、手塚治虫や大友克洋とは違った手法で「まるで映画のようなマンガ」を完成させた作家だろう。
 余談だが、原作『タッチ』23巻で、試合観戦中の南がトイレに行く場面がある(123〜124頁)。廊下を歩く南、TOILETのプレート、女子トイレの表示、トイレのドアを開ける南と、いつもの調子でコマが割られていくのだが、トイレに入る直前に南が、読者の方を振り向いて「どこまでついてくる気?」と訊ねる。次のコマに描かれていたのは、南を撮っていたTVカメラだった。これは、あだち充がよくやる楽屋オチのひとつであり、自分の作品が映画的で、まるでカメラで撮ったかのようにコマを割っているのを(女の子の着替えなどをデバガメ的に描写しているのを含めて)、自ら茶化したギャグだと、僕は思っている。
 アニメ版『タッチ』のスタッフは、原作のそういった特徴や魅力を理解し、作品に取り入れた。その結果として、前々回(第257回 『タッチ』(TV版))に書いたような、アニメならではの派手な表現を抑え、間を巧みに使ったスタイルが生まれた。映画的なマンガを原作にして、映画的なアニメを作ったわけだ。繰り返すが、この場合の映画的というのは「画面構成やカット割りがシャープで、技巧的」という意味だ。前回(第258回 『タッチ』続き)話題にした25話「南の一番長い日! 早く来て カッちゃん!!」は、演出的に突出したエピソードではあったが、それも原作のテイストを膨らませたものだった。じわPANやじわ寄りも、原作にある背景のみを描いたコマを、より効果的に見せるために編み出されたテクニックなのだろう。
 ただ、アニメ『タッチ』は、映画的な原作をそのまま映像化した作品ではない。あだち充がマンガのコマで表現した「映画」の方が、映像作品であるアニメ『タッチ』よりも技巧的だ。総監督である杉井ギサブローは、あだち充がイメージした「映画」を、実際の映像にしようとしたわけではなく、原作のそういった傾向も素材のひとつとして扱って、アニメ『タッチ』を作ったのだろう。原作のコマの運びを、そのままに映像化したら、もっとシャープなフィルム、あるいはクールなフィルムになっただろうと思う。アニメ『タッチ』はリアルタッチな作品であるし、実写的でもあるのだが、それと同時に視聴者にとって口当たりのいい、観やすい作品だった。

第260回へつづく

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(09.11.30)