アニメ様365日[小黒祐一郎]

第262回 アニメファンが浅倉南を苦手な理由

 作品としてのアニメ『タッチ』の話は前回でおしまい。今日と明日は、ちょっと別の目線からの話だ。今回は「どうしてアニメファンは『タッチ』が苦手なのか」について書きたい。偏見や思い込みで、アニメファンについて書く事になってしまうかもしれないけれど、一度触れておきたかった。この場合は、アニメファンというよりは、アニメオタクと表記するべきかもしれない。以下に書く「アニメファン」とは、アニメを好んで観る人達の中でも、コアな人達の事だ。
 勿論、本放映当時、アニメファンの中に『タッチ』が好きだった人達はいた。ではあるけれど、世間的にあれほどの人気作だった事を考えると、その数は決して多くはなかった。放映後もあの作品に執着し続けたアニメファンとなると、さらに少ないと思う。思い返してみると、自分の周りにも『タッチ』が好きだという人間はあまりいなかった。
 ここはアニメファンが『タッチ』が苦手だったという事にして、話を進めさせてもらう。偏見かもしれないし、大雑把な言い方になってしまうけれど、要するにアニメファンは『タッチ』で描かれたような「爽やかな青春」が苦手なのだろう。オタク的な素養がある人は、青春ものでも、鬱屈したところがあったり、泥臭いものだったりした方が、シンパシーを感じやすいのではないか。
 ヒロインの浅倉南の存在も大きい。いや、爽やか青春ものである事よりも、こちらの方が大きいかもしれない。美しく快活な彼女は、アイドル的なキャラクターだった。アニメ版の放映当時に、ニュース番組で「南ちゃんを探せ!」というコーナーが設けられるくらいの人気だった。南に憧れて、新体操を始めた少女も多かったという。それほどの人気キャラクターではあるが、アニメファンに絶大な人気があったかというと、そんな事はなかった。
 ルックスもよく、勉強もできて、運動神経も抜群。料理も得意で家の手伝いもテキパキとこなす。自分に魅力がある事を自覚しており、それを分かったうえで異性に接する。しかも、和也と達也の2人を天秤にかけている(ように見える)。南はそんな女の子だった。アイドル的な存在でもあるのだが、同性に嫌われるタイプでもある。Googleを使って「浅倉南」で検索しようとすると「浅倉南 嫌い」が、検索候補の筆頭にくるくらいだ。
 男性でも、オタク的な素養のない人は、素直に「南ちゃん、可愛いよなあ」なんて言えるのだけれど、オタク的な男性は、彼女のようなタイプは苦手だろう。偏見だと言われるかもしれないが、多分、そうだ。一番の問題は、彼女が男性にプレッシャーを与える存在であるという事だ。まず、完璧な女の子である事で、男性からするとアプローチがしづらい。アニメで人気があるヒロインの大半が「他の事はなんでもできるけど、天然ボケ」とか、「美少女で天才だけど、友達がいない」とか、「宇宙人だから、地球の常識を知らない」といったかたちで、はっきりとした弱点が設定されているのと比較すると分かりやすい。
 また、南は和也なり、達也なりに対して、自分を甲子園に連れて行く事を要求している。実際に劇中で、あからさまにそれをねだっている場面はないのだが、南の夢をかなえるために、和也は甲子園を目指していた。和也が死んだ後は、達也がそれを受け継いで甲子園に行くための努力を始めた。
 よく考えてみれば、甲子園に行かなくても南を恋人にする事ができるかもしれないのだが、話の流れで、甲子園に行く事が、恋人にするために必要なステップになってしまっていた。甲子園のスターくらいにならないと、南とは釣り合わないというのもあったはずだ。それまでダメ兄貴と言われていた達也が、和也の死をきっかけに、野球を始める。素人だった彼が、甲子園を狙えるくらいの選手になるのは、かなり困難な事であったはずだ。しかも南は、達也が野球を始めてから新体操をやるようになり、あっという間にスターになってしまう。それで、ますます釣り合う男になるのが大変になってしまった。
 こういった人間関係は、オタク的な素養がある男性は苦手だろうと思う。勿論、例外はあるだろうが、まあ、それは置いておく。『うる星やつら』のラムとあたるの関係に始まり、現在の深夜アニメに至るまで、ダメな男性が特に理由もなく女性に好かれる作品が、アニメファンの男性に好まれてきた。それが、オタク向けアニメの定番パターンのひとつだ。「あなたがいてくれるだけで嬉しい」と言ってもらいたいのであって、「私を恋人にしたかったら、甲子園に行くくらいの男になってよ」なんて要求されたくはないわけだ。そう考えると、南のキャラクターは、オタク的なファンが理想とするヒロイン像とは、正反対のものだった。
 原作連載中やアニメ版の本放映中には、そんな事を考えなかったが、21世紀になってから、CSで『タッチ』を観返す機会があり、その時に「ああ、これはオタクはダメだろう」と思った。自分自身の事を振り返っても、達也、和也、南のドラマについては面白いと思って観ていたが、ヒロインとしての浅倉南には執着できなかった。同じあだち充作品でも、『みゆき』の若松みゆき、鹿島みゆきの方がずっと好きだった。それは『うる星』のラムと同様に、無条件にダメな主人公を好きになってくれるヒロインだったからだろう。
 『タッチ』が狭義のアニメファンに人気があったかどうかに、僕がこだわるのは理由がある。1986年からTVアニメにおいて、アニメファンが喜ぶようなタイプの作品が激減するのだ。アニメファンやアニメ雑誌にとっては「TVアニメ冬の時代」だった。そういった状況の中で、若者向けの作品であり、大人気番組であった『タッチ』が、非オタク的な作品であった事が、象徴的な事に思えるのだ。

第263回へつづく

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(09.12.03)