アニメ様365日[小黒祐一郎]

第275回 『天使のたまご』

 『天使のたまご』は押井守のオリジナル作品。劇場版『ルパン三世』の企画が流れてしまった彼が、次の仕事として手がけたタイトルだ。ビデオリリースは1985年12月15日。その1週間後の12月22日に、早朝上映のみだったようだが劇場でも公開されている。主にはOVAとして企画・製作されたものだが、押井守自身は『天使のたまご』を映画のつもりで作っていたのだろうと思う。
 原案としてクレジットされてるのは、押井守と天野喜孝。押井守は脚本と監督も兼任。天野喜孝はアートディレクションの肩書きで、キャラクターデザインとイメージボードを担当している。他には、小林七郎が美術監督とレイアウト監修の役職で、名倉靖博が作画監督の役職で参加。舞台は、いつの時代かも分からない廃墟のような街。主要登場人物は、大きな卵を抱えた少女と、その街を訪れた少年の2人のみ。機械仕掛けの太陽、影だけが街を浮遊する魚、天使の化石など、幻想的な描写が続く。少年と少女は街を彷徨い、少女は自分が抱えている卵から鳥が孵ると語る。果たして、卵の中にあったものは……。
 70分ほどの作品だ。台詞は少なく、展開はゆったりとしている。物語性は薄く、一般的な意味でのエンターテインメント性は捨てさっている。映像や雰囲気を愉しむ作品であり、劇中に散りばめられた手がかりを元にして観る者が解釈する作品。前衛的で、非常に難しい作品だった。後の押井作品にも、そういった難しい部分があり、今の僕達は、それが彼の作家性の顕れである事を分かっている。近年の押井守は、作家性とエンターテインメントを両立させようとしているが、『天使のたまご』はそうではない。作家性のみで勝負した作品だった。いわば「押井守が丸出し」になってしまった作品だ。今でも、全ての押井作品の中で「上級者向け」の1本という位置づけになっている。
 僕達はTV版『うる星やつら』の一部のエピソードや『うる星やつら2 ★ビューティフル・ドリーマー★』のマニアックな味わい——すなわち、彼の作家性の部分も好きだった。しかし、エンターテインメントと両立していたからこそ、その作家性を楽しんでいたのであって、作家性そのもののようなフィルムを目の当たりにした時には、やはり当惑するしかなかった。
 ビジュアルは独創的だったし、魅力があった。この当時としては、とてつもないクオリティだ。坂道に大きな戦車が現れるカットや、男達が街で魚を狩る場面では、背筋がゾクゾクした。少女の髪の毛やスカートもよく動いていた。また、雰囲気や難解さに、魅力を感じなかったわけではない。もっと言えば、僕はこの難解な作品に意味があるなら知りたいと思った。では、この『天使のたまご』を楽しめたかというと、そんな事はなかった。初見の印象を一言で言えば、退屈な作品だった。最初に観たのが劇場であったなら、印象も違ったのかもしれないが、僕の初見は家庭用のTVだった。
 自分自身の思い出としては、僕が最初に入手したLDソフトが『天使のたまご』だった(念のために説明しておくと、LDとはレーザーディスクの事だ。何だか分からない読者はDVDソフトの大きなやつだとでも思っていただきたい)。アニメージュ編集部のあるスタッフが「いらないからあげるよ」と言って、くれたのだ。「よし、あの映像美を愉しむぞ」と思って、深夜に鑑賞を始めるのだが、観るたびに途中で寝てしまって、いつもラストシーンまでたどり着かなかった。実は、一昨日この原稿を書くために、酒を呑みながらDVDで観たのだが、やっぱり寝てしまった。昼間に観れば、きちんと最後まで観られるのだが、やっかいな事に『天使のたまご』は、観るならば深夜に観たい作品であり、酒を呑みながら観たい作品なのだ。

第276回へつづく

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(09.12.22)