アニメ様365日[小黒祐一郎]

第298回 『ゲゲゲの鬼太郎 激突!!異次元妖怪の大反乱』

 振り返ってみると、『ゲゲゲの鬼太郎』TV第3シリーズ放映中に制作された劇場版は、いずれもテイストが違っていた。劇場版第3作『ゲゲゲの鬼太郎 最強妖怪軍団!日本上陸!!』は、TVシリーズに近いムードだったと記憶している。この時、鬼太郎達は中国妖怪と戦っている。劇場版第4作『ゲゲゲの鬼太郎 激突!!異次元妖怪の大反乱』は全体に濃厚な印象の作品で、東映動画らしい「泣かせ」の映画だった。脚本は武上純希、監督は、当時はまだ若手だった芝田浩樹、作画監督はTV第3シリーズでも主力だった入好さとる、新岡浩美の名コンビ。本作は芝田監督と、入好・新岡コンビの代表作であると思う。公開は1986年12月20日。
 タイトルに「異次元妖怪」とあるが、異次元から妖怪が来るわけではない。妖気が集まってできた怪気象と呼ばれる異常気象が、本作のモチーフなのだ。怪気象の中では、あらゆる不可思議な事が現実になってしまうと言われており、そこはある種の異界となる。怪気象の中で暴れる妖怪達のイメージから「異次元妖怪」というタイトルにしたのだろう(劇中では「異次元妖怪」という呼称は使われてはいない)。そして、今回の敵ボスは、怪気象を使って日本を支配しようとする妖怪皇帝という謎の妖怪だった。
 今回の実質的な主人公はねずみ男で、ヒロインはゲストのカロリーヌだった。肝心の鬼太郎は、ドラマが一番盛り上がった場面で石化しており、ストーリーに絡んでいない。カロリーヌは、怪気象によって東京が大騒ぎになった際に、ねずみ男とユメコが出会った少女だ。ユメコよりも幼くて、幼稚園児か、小学校低学年くらいの年齢に見える。彼女は金髪碧眼の美しい子で、大人しくて素直。すぐにねずみ男と仲よくなった。鬼太郎は妖怪皇帝の一味に戦いを挑んだが、怪気象を作り出していた朧車によって、石化されてしまう。ねずみ男とカロリーヌは鬼太郎を助けようとし、その過程で、カロリーヌが妖怪ぐわごぜの娘だという事が判明。ぐわごぜは妖怪皇帝の片腕であり、鬼太郎を捕まえるためにカロリーヌを近づけたのだ。だが、彼女は父親の真意を知らず、自分のために鬼太郎達が窮地に陥った事を知って悲しんでいた。朧車の涙を使えば、鬼太郎は甦る。ねずみ男とカロリーヌは、なんとかそれを手に入れたが、朧車の体当たりをくらって、カロリーヌは命を落としてしまう。
 カロリーヌが朧車にやられてから、昇天するまでの盛り上げ方が凄まじい。思いっきり泣かせる演出になっているのだ。「子どもにそのセリフを言わせるか!」と驚くようなセリフまで、カロリーヌに言わせてしまう。ねずみ男のカロリーヌに対する想いや、カロリーヌの優しさが、溢れんばかりの勢いで描写されていた。この映画が公開された時、僕はかなりスレたアニメファンだったが、涙腺が緩くなった。カロリーヌが死んだ後、怒りのねずみ男が単身で妖怪皇帝の一味に立ち向かう。あのねずみ男が、次々に強力な妖怪達を殴り倒し、ぐわごぜを「おメエは馬鹿親父だ!」と怒鳴りつける。カロリーヌが命を落とす場面も泣けたが、ねずみ男が鬼太郎を復活させるまでの展開も胸を打たれた。
 振り返って物語の構成をみると、カロリーヌの死に至るまでに、ねずみ男と彼女のエピソードはほんのわずかだ。普通に考えると、泣かせるための積み重ねが足りないのだけれど、充分に泣けた。この原稿を書くために、久しぶりにDVDで観て「あれ、ねずみ男との関係ってこれしか描写がないんだっけ」と思ったけれど、それでもやっぱり感動してしまった。演出の力ゆえだろう。
 声もいい。カロリーヌを演じているのは、当時11歳の藤枝成子。「ゲゲゲの鬼太郎 劇場版DVD-BOX」解説書のインタビューによれば、芝田監督が、本当の子どもに演じさせたいというオーダーを出し、実現したキャスティングだそうだ。作った声が多い『鬼太郎』キャストの中にあって、カロリーヌの声はリアルであり、違和感があるのだが、その違和感が、彼女がこの物語の中で特別な存在である事を強調しており、むしろ、効果的だった。富山敬のねずみ男もいい。ちょっとソフトな彼のねずみ男だからこそ、成立した映画だと思う。
 見どころは、カロリーヌのドラマ以外にもある。怪気象の中の不気味さを表現したのだろうと思うが、全体にどんよりした怪奇ムードがあった。それは他のアニメ『鬼太郎』とは違った感触だった。薄暗くなった街中で、気がつくと、ねずみ男の背後にぐわごぜ達が立っていたという描写、水木しげる(ゲストキャラとして登場しているのだ)の家に警官に化けた妖怪達が現れる場面など、妙な不気味さがあった。ビルの向こう側から登場する、巨大ながしゃどくろも怖かった、
 『激突!!異次元妖怪の大反乱』は人間達の描写が、全体にリアルタッチだった。当時在任中だった中曾根康弘をモデルにした総理大臣が、自衛隊を使って怪気象を攻撃する事を決め、「GNP1%枠を守って、自衛隊を維持してきたかいがあったぞ」と言って喜ぶのも、印象的だ。一緒にいた防衛長官は、自衛隊の出動に対して「苦節40年。今こそ男の花道です!」とまで言う。自衛隊の存在は、サスペンスにはつながっているが、作品テーマとは関係ない。しかし、そういったキナくさい描写が、作品全体のこってりした感じにつながっていた。
 僕は、TV第3シリーズにおける、ねずみ男がロリコンであり、ユメコに惚れているという事に馴染めずにいた。そんな設定なんて、なければいいのにと思っていた。『激突!!異次元妖怪の大反乱』は、その設定を使って感動的なドラマを作っていた。ロリコンの設定は無駄ではなかった。その意味でも「やってくれたな」と思った。

第299回へつづく

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(10.02.02)