アニメ様365日[小黒祐一郎]

第299回 宮崎駿の「セーラー服が機関銃撃って……」発言

 『プロジェクトA子』は、『うる星やつら』等で活躍していた若手アニメーター達が中心になって作ったオリジナル作品だ。登場人物の大半が女性で、少女達の三角関係(のようなもの)を主軸にしたギャグアクションである。劇場作品ではあるが、アニメマニア向けの作品が、TVからOVAに移行していった時代を代表するタイトルだ。作品中でクレジットされる本作のタイトルは『PROJECT “A”KO』であり、リスト制作委員会的な表記法でいくと、そのように書くべきなのだが、あまりになじみがない表記なので、今回からの数回は『プロジェクトA子』と書くようにする。
 作品そのものについて書く前に、この作品についての宮崎駿の発言について触れておきたい。僕達の世代のアニメファンにとって、『プロジェクトA子』は、宮崎駿が批判した作品としても印象に残っている。この原稿を書くために「COMIC BOX」のバックナンバーをネットの古本屋から取り寄せ、本箱に並んだアニメージュをひっくり返した。
 事のおこりは、アニメージュ1986年6月号(vol.96)であるようだ。この号で公開を前にした『プロジェクトA子』の記事が3頁ある。『プロジェクトA子』を製作している創映新社にスポットをあてた記事で、その本文の頭の部分で、西島克彦監督のコメントが使われている。以下にその部分を引用する。


 “押井・宮崎さんには絶対作れないもの”とは、西島克彦監督の分析。“早い話が超能天気で頭が痛くならないもの”を目ざすというのだ。“理屈の先行しない作品を観たかったから”つくる——この一見、あたりまえのコメントが実現するまでには、実は多くの曲折と挫折と若い才能の若さのままの成熟と、そして、創映新社という会社をまず、いちばんに必要としたのである……。


 この後、本文は創映新社の話に繋がるのだが、問題となったのは「押井・宮崎さんには絶対作れないもの」という部分だったようだ。西島克彦監督のコメントについては、これの元になった記事が別にあったのかもしれないが、僕は見つけられなかった。
 次が「COMIC BOX」だった。1986年8月に、宮崎駿のロングインタビューが掲載されたのだ。他の雑誌にも、同インタビューの記事が掲載されたが、一番大きく取り上げたのが「COMIC BOX」だったはずだ。「COMIC BOX」の同記事のリードによれば、宮崎駿が『天空の城 ラピュタ』制作中で多忙であったため、アニメージュを除く各アニメ誌が、共同記者会見のかたちで取材をする事になった。「COMIC BOX」の記事は、その記者会見の内容を、全て掲載したものであるようだ。記事自体は『ラピュタ』の話が中心だ。
 『ラピュタ』はオーソドックスな作品だという話から、日本のアニメが「崖っぷちまできている」という話題になる。アニメブームが完全に終わり、アニメブームを作った人たちがいなくなった気がする。アニメブームの中心にあったような劇場作品が、去年から今年にかけて興行的に失敗している(記事では具体的なタイトルを挙げている)。アニメ界全体で、企画が貧困になっていると彼は考えているようであり、OVAについても否定的だ。OVAに活路を見出せば見出すほど、それは活路ではなくなっていくのではないか。OVAが対象にしているアニメファンは2万人程度だと思う。そのような現状についての話から、以下に繋がる。


 そういう所にきててね。そこのトリモチの罠からね、若い人たち抜け出さなきゃ駄目だと思うんですよ。セーラー服が機関銃撃って、走り回ってる様なもの作ったら絶対ダメなんです。絶対ダメなんです(原文ママ)。2万人の読者が、そのうちの4割が買うか5割が買うかという事であって、そういう人達が、押井守とか宮崎駿が作らないものを作る、なんて言ってるのを聞くとね、腹が立つだけなんですけれども、志が低すぎると思うんです。


 「セーラー服が機関銃撃って、走り回ってる様なもの」というのは、疑いようもなく『プロジェクトA子』の事だ。実際には、主人公のA子は機関銃を撃ったりはしないのだが、そういったイメージでとらえていたのだろう。共同記者会見が行われたのが、1986年の5月13日。前述のアニメージュが出た直後の事だった。
 引用した文中で「読者」という言い方をしているのは、その前の部分で、少ないお客に向けて作られるOVAに可能性がない事を、出版になぞらえて、少ない購買層に向けて本を作っているのと同じだと説明しているからだ。その後、不特定多数の、自分とはまるで趣味が違うかもしれない人間に、自分達が作ったもので喜んでもらえるところに、映画を作る醍醐味がある。同じ趣味をもつ人間に向かって作るのは違うのではないか、と話は続く。この後にも『プロジェクトA子』スタッフに対する厳しい発言があり、また、自分にこう言われて腹を立てたら、今の状況から抜け出してほしいという意味の事を口にしている(改めてこの記事を読むと、この四半世紀前に宮崎駿が懸念していた問題が、現在のアニメ界全体を覆っているとも思う)。
 OVAや『プロジェクトA子』についての話題は、ロングインタビューの一部でしかないのだが、この記事のタイトルは「セーラー服が機関銃もって走り回る、なんていうの作ったらダメなんです」(本文中と言い回しが若干違う)だ。このタイトルは同号の表紙にも打たれているし、本文中でも「セーラー服が……」の部分を、文字を大きくして強調している。また、このロングインタビューのすぐ前にあるカラーページで『プロジェクトA子』を3ページ取り上げている。ビジュアルとコピー的な短いテキストで構成された記事で、テキストは「押井・宮崎の両氏には絶対作れないものを……」と、アニメージュから引用したと思われる内容。つまり「COMIC BOX」の中で西島監督の発言と、宮崎監督の発言がぶつかるように構成されているのだ。
 また、宮崎監督が批判しているのは、アニメ業界全体で企画が貧困になっている現状であり、狭いターゲットに向けてOVAを制作するという事だ。だが、単純に女の子がアクションをする作品を否定していると、読者が思いかねない取り上げ方になっている。センセーショナリズムに走るのは、マスコミとしては当たり前の事かもしれない。だから、僕は「COMIC BOX」のアプローチ自体を批判するつもりはない。僕もこの記事に目を通して「セーラー服が……」のタイトルが記憶に残った。当時、ろくに記事を読み込みもしないで「宮崎さんだって、女の子が活躍する作品を作っているのに、そんな事を言うの?」と思ってしまった。「COMIC BOX」に上手く乗せられてしまったわけだ。
 引用しながら進めていたら、随分と長くなってしまった。この続き次回で。

第300回へつづく

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(10.02.03)