アニメ様365日[小黒祐一郎]

第310回 『めぞん一刻』

 アニメ『めぞん一刻』は、僕にとって非常に書きづらい作品だ。「こういう作品だったのだ!」と言い切る事ができない感じのシリーズだったのだ。
 原作の話から始めよう。マンガ「めぞん一刻」は、高橋留美子の代表作。一刻館という古いアパートを舞台に、そこの5号室の住人である五代裕作と、管理人である若き未亡人の音無響子の恋愛を主軸にしたラブコメディだ。僕と同世代には、この作品に思い入れしている人間が多い。ちょっとロマンチックな言い方をすると、自分達の青春と共にあったタイトルだ。上の世代には「あしたのジョー」があり、僕達の世代には「めぞん一刻」がある。そのくらいの作品だったと思う。影響を受けた作品は、マンガにも、アニメにも多い。
 冴えない五代が感情移入しやすいキャラクターだったし、響子は魅力的なヒロインだった。熱心なファンは、2人の関係を非常に大事なものとして(大袈裟な言い方をすると、神聖なものとして)受け止めていた印象だ。マンガっぽさと、性的な部分を含めた生々しさのバランスが絶妙であり、登場人物に存在感があった。サブキャラクターもよかったし、コメディとしても抜群に面白かった。自分自身の事で言えば、モラトリアム空間としての一刻館に憧れがあった。「めぞん一刻」の頃でも、ああいった共同体的なアパート暮らしは、すでにファンタジーだったはずだ。
 そんな「めぞん一刻」がアニメ化される事になった。『うる星やつら』の後番組だった。放映期間は1986年3月26日〜1988年3月2日。放映が始まった時、まだ原作は連載中だった。アニメーション制作は、『うる星』後期に引き続いてスタジオディーンであり、スタッフも『うる星』のメンバーが主力となっていた。番組開始時はチーフディレクターがやまざきかずお、シリーズ構成が土屋斗紀雄、キャラクターデザインがもりやまゆうじといったメンバーだったが、27話でチーフディレクターが安濃高志に、シリーズ構成が伊藤和典に、キャラデザインが高田明美に交代。53話でチーフディレクターが吉永尚之に、シリーズ構成が高屋敷英夫に交代している。メインスタッフが、たびたび替わったシリーズなのだ。
 アニメ『めぞん一刻』は、全96話を使って、原作のストーリーを映像化した。展開を端折ったり、細部を変更した個所はあったが、基本的には原作を尊重したアニメ化だった。ではあるが、僕個人にとっては、ひっかかりのあるシリーズでもあった。好きか嫌いかというと、結果的には好きな作品になったのだけれど、全肯定できない感じがあった。
 特に、序盤は違和感があった。予想していたよりもマンガ的だったからだ(この場合の「マンガ的」というのは、デフォルメが強いという意味だ)。「いかにもアニメっぽい感じ」だとも思った。それは画についても、演出についても、声についても思った。
 画に関しては、アニメ『うる星』を引っ張り過ぎている感じだった。演出についても同様だった。印象的だったのは2話の屋根の上の場面だ。寝ていた響子が目を醒まし、屋根の上にいるのを忘れて走りだそうとしたので、五代が驚いて立ち上がるのだが、その五代の芝居が『うる星』でやっていたような派手なアクションで、金田アニメ的なパースまでついていた。『めぞん一刻』でこんな事をやっちゃうの? と思った。初期には、他にもそんな「いかにもアニメっぽい感じ」の表現が何度かあった。それ以外にも、演出のトーンが何か違うなあ、とは思った。当時の僕には「演出のトーン」なんて語彙はなかったが、言葉にするとそういった感じだ。
 声も気になった。響子役の島本須美も、四谷役の千葉繁も、朱美役の三田ゆう子も、三鷹瞬役の神谷明も、好きな役者ではあったのだけれど、全体にマンガ的なキャスティングだと感じた。島本須美に関しては、あまりにも清純派過ぎると思った(それがいい、と感じた人がいるのは分かる)。それから、三田ゆう子のキャスティングが『うる星』の弁天を、神谷明のキャスティングが面堂を引っ張っているのは明らかで、そのイメージがチラついたのも気になった(五代役の二又一成と、五代の友人である坂本役の古川登志夫は、気に入っていた)。
 今観ると、マンガっぽい感じの演出やキャスティングは、TV番組としてメジャーなラインを狙ったからだろうと思える。だけど、当時は、その違和感が気になって仕方なかった。僕は、たとえば名作劇場の高畑勲の作品や、TVシリーズの『タッチ』のようなトーンで、『めぞん一刻』を映像化してもらいたいと思っていたのだろう。
 キャストに関しては、放映が進むうちに慣れていた。演出のアニメっぽさは、薄くなっていったのだが、別の問題が生じた。シリーズ進むにつれて、演出のトーンが変わっていったのだ。シリーズディレクターが替わるたびに、演出のトーンが変わった。吉永尚之がシリーズディレクターを務めた後半が、一番安定しており、楽しめたと記憶している。僕がアニメ『めぞん一刻』について「こういう作品だったのだ!」と断言できないのは、そういった路線変更により、作品のイメージが焦点を結ばないためでもある。演出のトーンについては、次回、改めて書きたい。

第311回へつづく

めぞん一刻DVD(1)

カラー/105分/スタンダード
価格/5040円(税込)
発売・販売元/ポリドール
[Amazon]

(10.02.19)