アニメ様365日[小黒祐一郎]

第312回 安濃高志CDの『めぞん一刻』

 ここまで話を進めておいて、こんな事を言い出すのは、読者の方に申しわけないのだけれど、スタッフ交代による『めぞん一刻』の変遷は、僕にとっても、また結論が出ていないテーマだ。機会があったら、1話から原作と照らし合わせながら、もう一度チェックしたいと思っている。
 21世紀になってから、CSで『めぞん一刻』の再放映をずっとチェックしていた時期がある。その時に、本放映時には気がつかなかった安濃高志CD時代の魅力が分かったような気がした。1番感銘を受けたのが、39話「恋はガッツで勝負! 五代のバイト大作戦」(脚本/伊藤和典、絵コンテ・演出/片山一良、作画監督/中嶋敦子)、40話「優しさがせつなくて X'マスは恋の予感」(脚本/伊藤和典、絵コンテ/小島多美子、演出/向後知一、作画監督/高岡希一)の前後編だった。これは、アニメのオリジナルエピソードであるようだ。各話スタッフに安濃高志の名前はないが、かなり手を入れているのだろうと思う。
 39・40話はクリスマス前後の話であり、響子の石をめぐるエピソードだ。響子は、押し入れの奥で石を見つける。それは彼女が、亡き夫である惣一郎からもらった唯一のプレゼントだった。惣一郎は地学の教師であり、その石は何か意味があるものだったかもしれない。気になった響子は、その石を調べてもらえないかと五代に頼む。クリスマスの日、五代は自分で石について調べるのを断念し、親友の坂本にそれを託した。坂本の先輩が地質調査をやっており、彼に見せれば分かるだろうとの事だった。その後、五代は惣一郎の姪にあたる郁子から、石が惣一郎から響子へのプレゼントであった事を聞かされ、ショックを受ける。それでも、五代は坂本から調査の結果を聞くために電車に乗る。五代は石を返してもらってから、クリスマスパーティに参加するつもりだった。勿論、そのパーティに響子や一刻館の面々も参加している。電車の窓の外では、雪が降り始めていた。ここまでが、39話。
 40話では、坂本が石を電車の網棚に置き忘れてきた事が分かる。五代は、一度はあの石がなくなって、むしろよかったのではないかと思ったが、気を取り直して、坂本と2人で石を探し始める。駅の事務室に行って問い合わせ、電車に乗って網棚の上を探す。果ては、誰かゴミ箱に捨てたのではないかと気づき、ホームのゴミ箱まで漁る。五代と坂本が石を探している間、茶々丸ではクリスマスパーティが始まっていた。石は奇跡的に発見できたが、今度は五代のバッグを載せたまま、電車が発車してしまう。バッグがある場所も分かったが、バッグを引き取るために、また別の駅まで行かなくてはいけない。そのバッグには、これから響子へ送るつもりだったクリスマスプレゼントも入っていた。疲労困憊の五代は、バッグの回収を坂本に任せて、茶々丸に向かう。しかし、途中でパーティに行くのをやめようかと思う。というのが、Bパートの中盤まで。
 39話もいいのだけれど、40話が素晴らしい。かなりの力作だ。駅のホームや列車内が写実的に描きこまれており、見せ方も凝っている。大変な臨場感だ。いつまでたっても石が見つからず、さらにバッグもなくしてしまうというグダグダな展開とマッチして、年末の慌ただしさ、冬の寒さ、心細さが見事に表現されていた。五代が、響子に渡そうとしたプレゼントは、39話でアルバイトの掛け持ちをして買ったものなのだが(同じバイト代で、こずえや郁子へのプレゼント代も捻出している)、結局、それを響子に渡す事はできず、皮肉にも自分の手で、クリスマスに惣一郎からの贈り物を渡す事になった。
 五代は茶々丸に向かう途中で、響子にクリスマスカードを書く。石の正体は、ただの石灰岩だったのだが、それに対して、五代なりに精一杯のポジティブな解釈を加えて、素晴らしい石だったと説明する文章を書いたのだ。響子を傷つけまいとする優しさ、健気さが、いかにも五代らしい。
 この話が優れているのは、五代がいつも抱えているモヤモヤした感じや切なさ、さらに繊細さを、クリスマスの出来事として、濃縮したかたちで描いている点にある。オリジナル編ではあるが、アニメ『めぞん一刻』の中で、一番『めぞん一刻』らしいエピソードだったと思う。
 39話と40話はいい場面が沢山ある。その中から、もうひとつだけ紹介しよう。40話前半、五代が喫茶店で坂本を待っている場面だ。店内は、幸せそうなカップルや、これからクリスマスパーティに行く若者達で賑やかだ。坂本の到着が遅いのに腹を立てた五代は、曇ったガラスに「バカ」と書く。これからパーティに行く、見知らぬ女性がそれに気づき「バカ」の上に「大」という文字を書き加える。五代が、イブに彼女に待ちぼうけをくらっているとでも思ったのだろう。本筋には直接関係ないのだが、印象的な場面だった。さらに余談だが、同シーンには『魔法のスター マジカルエミ』の国分寺とユキ子が客として登場している(恋人同士のように楽しげに語らっている)安濃高志CDが自分で、そんな遊びを入れたとは思えないけれど、安濃度数が高い話だけに、ちょっと嬉しかった。

第313回へつづく

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(10.02.23)