第452回 『聖闘士星矢 真紅の少年伝説』
劇場版第3作『聖闘士星矢 真紅の少年伝説』は、『聖闘士星矢』としては初の長編である。映画が始まると、黒地に白文字で「東映・東映動画提携作品」「『週刊少年ジャンプ』創刊20周年記念企画」というテロップが出る。何とも物々しい。今回の敵は、アテナの兄である太陽神フォェボス・アベル(声/広川太一郎)だ。彼はゼウスに匹敵する力を持つ存在であったが、神々の共有の地である地上を手に入れようとしたため、ゼウスやアポロンによって歴史の闇に葬られてしまった男である。
復活したアベルは、神の名において愚かな人類を粛正し、地上を人間達の手から神の手に戻そうとしていた。彼は地上を滅ぼす前に、沙織を自分の神殿に迎えるためにやってきた。星矢達は連れ去れた沙織を救うために、神であるアベルに立ち向かう事になる。アベルが従えているコロナの聖闘士は、りゅうこつ座カリナのアトラス(神谷明)、やまねこ座リンクスのジャオウ(森功至)、かみのけ座コーマのベレニケ(古川登志夫)の3人。それに加えて、アベルは十二宮の戦いで命を落とした黄金聖闘士を復活させていた。双子座ジェミニのサガ、蟹座キャンサーのデスマスク、山羊座カプリコーンのシュラ、水瓶座アクエリアスのカミュ、魚座ピスケスのアフロディーテの5人だ。
強敵が多数出現するわけだ。黄金聖闘士の2人はアベルに刃向かってコロナの聖闘士に倒されるが、それでも、青銅聖闘士は3人のコロナの聖闘士、3人の黄金聖闘士、そして、アベルと戦わなくてはならない。全編に渡ってバトルが続くかたちであり、物語の展開はやや直線的だ。序盤で、アベルと再会した沙織が、星矢達と決別する展開があり、その部分は面白いと思った。星矢達はショックを受け、そして、無力を感じる。星矢は「俺達は今まで、なんのために戦ってきたんだ」と言う。青銅聖闘士とって沙織とは何者なのか、アテナのために戦うという事にどんな意味があるのか。それを問題にする映画になるのかと思ったのだが、星矢達と別れて早々に、沙織はアベルを倒そうとし、逆に彼の手によって亡き者にされてしまう。少なくとも観客にとっては、その段階で沙織が星矢達を見捨てたのが芝居であった事が判明し、星矢達が何のために戦ってきたのかという疑問はチャラになってしまう。その後の展開でも、それが問われる事はない。星矢達は、沙織の小宇宙(コスモ)が消失した事を感じとり、彼女を助けるために、コロナの聖闘士や黄金聖闘士と戦う事になる。沙織を助け出すためには、アベルと戦わなくてはならない。しかし、人間が神を倒す事ができるのか? というのが物語のポイントになってはいるが、物語を引っ張っていく力としては、今ひとつ弱い感じだった(しかも、終盤のセリフで、アベルが神そのものであるかどうかも怪しくなる)。
決して映画として出来が悪いわけではない。しかし、第2作の『神々の熱き戦い』が内容的にも映像的にもあまりに充実していたので、比べるとどうしても点数のつけ方が辛くなってしまう。荒木伸吾の作画も見応えがのあった。素晴らしいカットが沢山ある。ではあるけれど、彼が姫野美智と2人で全カットの原画を描ききった『神々の熱き戦い』と比べると、トータルではやはり薄味だ。いや、そう思ってしまうのが贅沢であるのはよく分かっている。個々の見せ場の作り方にもいいところがあったし、コロナの聖闘士の必殺技も、アイデアとしては面白かった。『聖闘士星矢』シリーズのファンの多くにとって、人気キャラクターである黄金聖闘士の再登場が嬉しいものであったのは分かるし、クライマックスで星矢だけでなく、紫龍と氷河も黄金聖衣を装着するというサプライズもあった。だから、ファンムービーとしては優れているし、『神々の熱き戦い』よりも『真紅の少年伝説』方が好きだというファンがいるのも理解できる。ではあるけれど、映画1本として見ると淡泊な仕上がりだ。僕は『聖闘士星矢』のキャラクターよりも、フィルムとしての魅力の方に興味があった。
『真紅の少年伝説』が淡泊な仕上がりになっているのには、いくつかの理由があるのだろう。そのひとつがスケジュールの問題だ。劇場版第1作が公開されたのが1987年7月18日。『神々の熱き戦い』の公開が1988年3月12日であり、『真紅の少年伝説』が1988年7月23日。実際には、間にTVシリーズの作業もあったはずだが、仮に前作の公開直後に次回作を作り始めたとして『神々の熱き戦い』の制作期間は8ヶ月。『真紅の少年伝説』の制作期間は4ヶ月。しかも、『神々の熱き戦い』が40分台の中編であるのに対して、『真紅の少年伝説』は70分の長編。70分の長編をたった4ヶ月で作っているのだ。こってりとした仕上がりにならないのも、当然だろう。むしろ、よくぞその短期間であそこまでのクオリティにまでもっていったものだ。
役者についても触れておこう。『聖闘士星矢』はゲストキャラクターのキャスティングも楽しみのひとつだ。今回は、大物中の大物である広川太一郎がアベル役で出演。なるほど、アテナ=沙織のお兄様なら、このくらいの大物が適役だろう。納得のキャスティングだった。ただし、映画後半において、セリフの数は多いのに、芝居の聞かせどころがあまりなかったのが残念。話は変わるが、もしも、『聖闘士星矢』シリーズに、ゼウスが登場する事があったら、一体誰がやるのかが気になっている。アベルよりも、印象に残ったのが、アトラス役の神谷明だ。数々のヒーローを演じてきた彼だが、中盤で星矢の前に登場した際の芝居が最高。その場面の星矢は意気消沈しているので、どちらが主人公なのか分からない。
『真紅の少年伝説』と言えば、忘れてはいけないのが、瞬と一輝のルーティンギャグだ。それについては次回触れる事にする。
第453回へつづく
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(10.09.15)