アニメ様365日[小黒祐一郎]

第455回 「逆襲のシャア友の会」(前編)

 『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』も、僕にとって特別な作品だ。世間での評価は別にして、富野由悠季監督の演出家としての到達点であり、代表作だと思っている。今回は自分と、この映画の関わりについて書いておきたい。
 僕は、後に『逆襲のシャア』にハマり、人にその素晴らしさを語って歩く事になるのだが、公開前にはまるで期待していなかったし、実はロードショーにも行っていない。この映画が公開されたのは、1988年3月12日。『ガンダム』シリーズとしては、総集編ではない初の劇場作品である。内容としては第1シリーズ、『機動戦士Ζガンダム』に続くものであり、アムロとシャアの最後の戦いが描かれた。同時上映は『機動戦士SDガンダム』であった。

 この頃、『ガンダム』シリーズのタイトルに対しても、富野監督に対しても、業界的な期待は非常に低かった印象だ。これも印象で話す事になってしまうが、ファンも『ガンダム』シリーズに対して冷めていた。勿論、昔からの『ガンダム』ファンはいたけれど、一時期に比べると、ファンの方もパワーダウンしている感じだった。「今さら『ガンダム』?」といった空気があった。富野監督の次回作『機動戦士ガンダムF91』の頃になると、シリアスな『ガンダム』シリーズよりも、パロディ版である『SDガンダム』の方が人気があるんじゃないか? という状況となっていた。以上、僕が感じていた『ガンダム』周辺の状況だ。
 公開前に業界のある方に、この映画のチケットを束でもらった。「これ、あげるよ。友達と行ってきな」といった感じだった。チケットは20枚くらいあったと思う。その方がどうして、束でチケットを持っていたのかは知らない。とにかく手元にあるチケットを持て余していたのだろう。自分はそれ以前に、予告ビデオつき前売り券を買っていた。人からチケットをもらって、前売り券まで買っていたのに、劇場に足を運ばなかった。観に行かなかったのは、仕事が忙しいという事もあったのだろうけれど、やはり、気持ちが動かなかったのが大きい。もらったチケットは全部、友達に配った。
 前売りまで買っておきながら、劇場に行かないあたりに、当時の『ガンダム』シリーズに対する自分の屈折がうかがえる。僕が公開時に『逆襲のシャア』にノレなかったのは、『Zガンダム』があったからだ。迷走したまま終わった『Zガンダム』を、『逆襲のシャア』公開当時は思い出したくもなかった。自分はアニメージュで『逆襲のシャア』の記事を担当する事はなかった。読者と同じように記事を見て、情報を得ていた。アニメ誌に掲載されるビジュアルは、『Zガンダム』の延長線にあるものとしか思えず、それで気持ちが萎えたというのもあった。当時は、『ガンダム』シリーズに、何か新しいものが生まれるとは思えなかった。アムロとシャアの決着がつくのがセールスポイントになっているのも嫌だった。あざといと思ったし、もう他にネタがないのかと感じられたからだ。決着がつくとか言って、また最後を曖昧にして、続編を作り続けるんじゃないの? と思った。
 他にもモヤモヤするような事がいくつかあった。公開直前のアニメージュの特集も印象的だ。特集のタイトルは「時代の「無節操」と逆襲のシャア」だ。タイトルも凄いが、インタビューの内容も凄い。インタビュアーがいきなり「最近問題となった、浜田幸一衆院議員の予算委員長退陣事件について、思われたことは」と始める。ロングインタビューをメインにした特集だったが、『逆襲のシャア』の内容についてはほとんど触れていない。雑誌の作り手としての狙いは分からないではないけれど、そういった特集を組んだ事により、まるでアニメージュという雑誌が『逆襲のシャア』という作品に興味がないように感じられ、それが寂しかった。

 『逆襲のシャア』を初めて観たのは1988年の秋か年末だ。ある記事を書くために観なくてはならなかったのだ。だから、最初の視聴はビデオソフトだった。初めて観た『逆襲のシャア』は、予想していたのとはまるで違った映画だった。冒頭から惹き込まれたし、最後まで集中して観た。感銘も受けた。「これは何かがある作品だ」とは思ったけれど、その「何か」を言葉にはできなかった。
 この作品の何に惹かれたのかはよく分からなかった。よく分からなかったのは、あまりにも作品の情報量が多くて、追いかけるのが精一杯だったからだ。そして、作中の人間描写やドラマがあまりに独特であり、その魅力を受け止めきれなかった。TVシリーズで15歳だったアムロ・レイは、この映画で29歳。20歳だったシャア・アズナブルは34歳になっていた。ニュータイプであり、ヒーローであった2人が、鬱屈を抱えた大人になっていたのは現実味があったが、嬉しくはなかった。彼らがかっこいい大人にならなかった事に、自分達にとって意味があった事に気づくのは、しばらく後だった。

 僕が『逆襲のシャア』という作品が何だったのかについて、自分の中で整理できるようになったのは、庵野秀明さんの言葉がきっかけだった。

第456回へつづく

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(10.09.21)