第460回 『逆襲のシャア』の“気分”
『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』には、ある“気分”が満ちている。それは乾いており、ピリピリしたものだ。人間が愚かなものであるのを認め、苛立っている。世界が不幸で満ちているのが分かっており、憂いている。それと同時に「所詮そんなものだ」という諦観もある。そんな“気分”だ。
その“気分”は全編に溢れている。ひとつの場面も、ひとつのセリフも無駄にせず、“気分”をフィルムで表現するために使っている。その“気分”が、富野由悠季監督のパーソナルなところから生まれている事については疑いようもない。そこまで極端な事を言う人間は、ファンの中でも少ないだろうと思うけれど、僕にとって『逆襲のシャア』は、その“気分”を楽しむための映画だ。
冒頭から観てみよう。ファーストカットは月面である。次の場面はアナハイムの工場で、チェーンとアナハイムのオクトバーが話をしている。チェーンが、建造中のモビルスーツの重量が3キロ減った理由を問い、オクトバーは、コクピット周辺のフレームの材質を変えたからであり「強度は上がっていますから、絶対危険じゃありません」と答える。それに対してチェーンは「当たり前でしょ。弱くなったらたまらないわ!」と言う。チェーンがどうして前もって通知しなかったのかと訊けば、オクトバーは、納期を10日も繰り上げられたからだと言う。チェーン達が納期を早めたために、連絡する余裕もなかったのだろう。オクトバーは、自分達には非はないと言いたいわけだ。だが、チェーンはそれに対して謝ろうとはせず、「それはネオ・ジオンのシャアに言ってください。あの人がこんなに早く隕石落としをしなければ、こんな事にはならなかったわ」。映画が始まった途端に、人間関係がギスギスしている。チェーンがモビルスーツにかけられた布を取り去ると、そこに新型モビルスーツであるνガンダムの頭部が出現。それと共にBGMが盛り上がり、νガンダムの頭部の映像に『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のタイトルが載る。シャープなイントロだ。ここまでで、映画開始からの時間が1分強。オクトバーが言っているフレームの材質についての話は、サイコフレームについての伏線であり、会話の中で、シャアが隕石落としを始めた事も説明している。
タイトル明けは、地球のインドだ。ニュータイプになるための修行をしていたクェスが、警官隊に連行される。その際、クェスの仲間であるクリスチーナが、暴力を振るわれている。次のシーンでは、クェスの父親であるアデナウアー・パラヤが、愛人共にクェスを連れて空港に向かう。クェスは抵抗し、愛人の手に噛みつき、彼女は大声でそれを騒ぎ立てる。それを見ていた警官が呆れ顔で「なんです? ありゃあ」と問えば、「地球連邦政府高官御一家ってやつだ。宇宙に連れてけば、不良が直るってんだろ」と警察署長が答える。そして「あれ、奥さんじゃないんでしょ」と警官。親の愛に恵まれていない事は、クェスのキャラクターを描写するために必要な事であるが、それと同時に愛人と同行している事や、彼女と不仲である事、それを名もなき警官が呆れている事などで、映画の“気分”を出している。そうでなければ「あれ、奥さんじゃないんでしょ」なんてセリフは必要ではない。ここまでで、映画開始から2分半強。
次の場面は、ホンコンに向かう旅客機の中だ。クェスが父に、シャアが地球を寒冷化させる作戦を、どうして抑えられなかったのかと問えば、彼は、連邦政府はシャアが生きている事を信じていなかったと説明する。それに対して「宇宙に100億の人が住んでいるのよ。お父さん達はそれを地球から見上げて、分かっているつもりで、その方がおかしいのよ」とクェス。彼女は地球連邦の人達が、宇宙の事を理解しようともしてない事を非難している。スペースノイド寄りの発言だ。観客からすると、このクェスのセリフは、どう考えてもナチュラルではない。説明的であるし、難しい考えをあまりにも端的に言葉にしすぎている。こんなセリフは『逆襲のシャア』には、いや、富野作品には山ほどある。いかにも「作られたセリフ」であるのだが、それもこの映画にとってマイナスになってはいない。人工的なセリフは無機的でもあり、この映画の“気分”のドライさと合ってる。ここまでで、映画開始から3分10秒ほどだ。
このように観直して思い出すのは、自分が初見時にこの映画についていけなかった事だ。あまりに情報量が多くて、ひとつひとつの出来事を吟味できなかったのもあるが、クェスが手を噛んだり、警官が「あれ、奥さんじゃないんでしょ」と言ったりする描写が、何のためにあるのか分からなかった。映画にとって余計なノイズであるように感じたかもしれない。要するに初見時には、『逆襲のシャア』の“気分”に乗れていなかった。この映画にハマっていくうちに、そういったディテールが重要なものであるのが分かり、やがてディテールを楽しめるようになった。
また、この序盤の展開のテンポのよさ、まるで感情移入を拒むかのような語り口は、クールなものだ。それについては、僕は初見時から、心地よいと感じていたはずだ。そして、テンポのよさ、語り口も、この映画の“気分”に繋がっている。
旅客機の次のシーンについても触れよう。宇宙を舞台にしたモビルスーツ戦だ。小惑星5thルナを地球に落としたシャアと、アムロが一戦交える。ここでのアムロはガンダムではなく、リ・ガズィに乗っている。アムロが、ギュネイを軽く倒そうとしたところで、サザビーに搭乗したシャアが現れる。「なんでこんなものを地球に落とす! これでは、地球が寒くなって人が住めなくなる。核の冬が来るぞ!」「地球に住む者は、自分達の事しか考えていない。だから、抹殺すると宣言した!」「人が人に罰を与えるなどと!」「私、シャア・アズナブルが粛正しようというのだ。アムロ!」「エゴだよ、それは!」。いかにも『ガンダム』らしいセリフの応酬だ。これらのセリフもやはり人工的なものであり、作品の“気分”伝えるものである。こういったセリフ回しが「富野ゼリフ」と呼ばれる事もある。この場面は『機動戦士ガンダム』第1シリーズと地続き感があった。また、戦闘の見せ方も巧みであり、作画もいい。一気にテンションが上がった。
映画序盤だと、宇宙に向かうシャトルの中の場面も印象的だ。シャトルの脇を、5thルナが通過する。その時、クエスの父親は恐怖のあまり、頭を抱えて「か、神様……」と呟く。隣にいるクェスの事を心配しようともしない。体勢を崩したクェスを受け止めたのは、父親ではなく、たまたま近くの席に座っていたハサウェイだった。そんな父親に対して、クェスはペッとツバを吐く。これも強烈な描写だ。これから死んでしまうかもしれないのだ。命乞いをする気持ちも分からないではない。そして、自分の事を気にもとめない父親を軽蔑してしまう娘の気持ちも理解できる。初見時には気にもとめなかった。こんな描写の積み重ねが『逆襲のシャア』の“気分”をかたち作っている。
第461回へつづく
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(10.09.29)