アニメ様365日[小黒祐一郎]

第461回 『逆襲のシャア』の名セリフ

 『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』は名セリフのオンパレードだ。前回も書いたように、それらのセリフは、作品の“気分”を伝えるためのものでもあり、キャラクターの内面の深い部分を感じさせるセリフだ。名セリフは、シャアの発言に多い。それは彼が実質的な主人公であり、プライドが高く、同時に自嘲的な男であるからだ。
 例えば、連邦政府高官と会談し、彼らを騙した後の「アムロ、私はあこぎな事をやっている。近くにいるのなら、この私を感じてみろ」であり、アムロと口論した際の「ならば、今すぐ愚民ども全てに叡智を授けてみせろ!」であり、総帥としての演説を終えた後の「これでは道化だよ」だ。アクシズの核パルスエンジンに点火した際の「アクシズ、行け。忌まわしい記憶とともに!」も印象的なセリフで、正直言って、その忌まわしき記憶というのが、彼のどの体験を指しているのかはよく分からないのだが、シャアの想いの深さは伝わってくる。それは序盤で、ギュネイが敬礼してナナイに言った「はい、ニュータイプ研究所所長! いえ、作戦士官殿っ」というセリフにしてもそうだ。ずっと後の場面を観ないと、ギュネイがわざとニュータイプ研究所所長と呼んだ事の意味が分からないのだが、ギュネイが彼女を快く思っておらず、あてこすっているのは、その場面だけで感じ取れる。
 シャアの話に戻すと、前にも書いたが、僕の一番好きなセリフは「私はお前と違って、パイロットだけをやっているわけにはいかん」だ。中盤の生身でアムロと会った際に、これを口にする。彼は総帥をやりながらパイロットをやっているが、それは彼が自分で選んだ道であり、パイロットだけをやっているアムロに対して「私はお前と違って」なんて言うのは、どう考えても言いがかりだ。だが、そう言ってしまう気持ちはよく分かる。シャアは政治をやりながら、周りの人間を上手く使い、さらにパイロットとしてもアムロに勝利しようとしている。それは疲れもするし、ストレスもたまるだろう。例えば、原作者として作品世界を構築しつつ、絵コンテも描いている富野監督は、同世代の演出家に対して「私はお前と違って、コンテマンだけをやっているわけにはいかんのだ」と思っていたのではないか、原作者と兼任しつつも、コンテマンとしてもライバル達に負けない仕事をしようとしてるのではないか、そんな“気分”をシャアに反映させているのではないか、などと妄想してしまう。

 キャラクターが生々しく、存在感があるのも『逆襲のシャア』の素晴らしい点だ。富野監督の言葉を借りれば、登場人物が「肉づきのあるキャラクター」になっている。ロンド・ベルとの決戦を前にして、シャアがナナイの胸に、幼子のように顔を埋めて甘える場面がある。『ガンダム』第1作からつきあってきたファンからすると、少しばかりショッキングな場面だ。『逆襲のシャア』はそういった彼の人間的な弱い部分を容赦なく描いている。『ガンダム』第1作のシャアは狡猾であり、自嘲的なところもあり、アニメキャラとしてはリアルに近い存在であったが、基本的には華麗な美形キャラであり、浮世離れしたところがあった。そのシャアに、生身の人間と同じと思える血肉を与えるのが、『逆襲のシャア』の作劇上の目標だったのだろう。
 シャアのセリフではないが、同じくロンド・ベルとの決戦の前に、ギュネイがクェスに対して「大佐のララァ・スンって寝言を聞いた女は、かなりいるんだ!」と言っている。彼はクェスにシャアを諦めさせるために、ネオ・ジオン内で話題になっているシャアのゴシップを披露したのだ。このセリフが凄いのは、観客に多くの事を想像させるからだ。シャアが女性と寝た後で、寝言で昔の女の名前を言ってしまった。そして、それを女達が吹聴しており、ギュネイのような小僧までが知っている。シャアも安っぽい女性と寝る事があり、女性に気を許す事もあるのだろう。きっとその寝言について、女性に問いただされて、また変な言い訳をしたに違いない。たったひとつのセリフで、シャアに肉づきを与えているわけだ。

 “気分”に関する話題でもないし、生々しさに関する話とも少し違うが、もうひとつ好きなセリフを紹介しよう。カムラン・ブルームに対するブライトのセリフだ。カムラン・ブルームは、かつてのミライ・ヤシマのフィアンセであり、『ガンダム』第1作で彼女に振られている。誠実ではあるが気が弱く、冴えない男だ。『逆襲のシャア』でもカムランは、ミライを想い続けている。そして、そのミライと結婚したのがブライトであり、ハサウェイは2人の間にできた子供なのだ。
 カムランは連邦政府高官とネオ・ジオンの和平交渉に、会計監査官として同席。その会談は秘密裏に行われたものだ。彼はシャアが戦いをやめるはずがないと考え、和平交渉が行われた事をブライトに伝えた。さらにネオ・ジオンとロンド・ベルの最終決戦の前、カムランは独断で、会計監査局が保管していた核弾頭15基をブライトに渡す。この戦争の後も現行の政府が存続すれば、彼は終身刑になるだろう。ミサイルを渡した理由についてカムランは、「私はミライさんに生きていてほしいから、こんな事をしてるんですよ」と語る。シャアがアクシズを落とせば、地球にいるミライの身が危ない。だから、彼はロンド・ベルに荷担したのだ。そのカムランにブライトは「昔のフィアンセには、そう言う資格があります」とコメントする。このセリフがいい。
 実際には、昔のフィアンセに「あの人のために、俺は終身刑になってもいい」なんて言う資格はない。いや、そもそも資格があるかどうかというような問題ではない。むしろ、ミライやブライトにとっては、そこまで想われたら迷惑だろう。しかし、ミライと地球のためにそこまでやろうとする彼の決意は尊いものだし、ブライトはその核をネオ・ジオンに対して使う事になる。彼の必死の想いが分かっているから、ブライトは「昔のフィアンセには、そう言う資格があります」と言ったわけだ。そこまでの覚悟なら、俺の嫁さんを好きでいても構わないよ。ブライトの言葉はそんな意味だろう。それを慌てもせずに、押しつけがましくもなく、冷静に言っている。生々しさとは少し違うが、現実的に、そして深く人間を描いている。こういった描写が作品に厚みを与える。

第462回へつづく

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(10.09.30)