アニメ様365日[小黒祐一郎]

第462回 クェス・パラヤ

 『機動戦士ガンダム』第1作と『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の違いは、まず、前者が若者の物語であったのに対して、後者が大人の物語である点だ。前者には、思春期的な初々しさや柔らかさもあった。『ガンダム』第1作では愚かな戦争を描いていても、ニュータイプになる事で、いつかは人類が革新され、よき存在へと変わっていくのではないかという希望もあったが、『逆襲のシャア』にはそういった希望は薄い。むしろ、ニュータイプになっても人は愚かであり続けると語るのが『逆襲のシャア』だ。だから、同じ世界を舞台にして、同じ主人公が登場しても、まるで違った作品である。『機動戦士Zガンダム』もニュータイプの不幸を描いていたが、『逆襲のシャア』の方がより分かりやすいかたちで、描ききっているはずだ。
 『逆襲のシャア』公開時から、ファンの間でクェス・パラヤは評判がよくなかったようだ。「あのキャラクターさえいなければ」といった発言を耳にした事もある。確かに彼女がいなくても、シャアとアムロの決着を描く事はできただろうし、その方がシャアとアムロの物語としてまとまりがよかったかもしれない。クェスがあのような人格であったとしても、劇中で割かれる時間が短ければ、それほど邪魔に感じなかっただろう。

 クェスは、エキセントリックな『逆襲のシャア』という映画の中で、最もエキセントリックなキャラクターだ。自分勝手であり、浅薄であり、突拍子もない言動が多い。自分が興味を持ったアムロの近くにチェーンがいるのを知り、彼女がそこにいる事に対して文句をつける。以下はその場面でのクェスのセリフだ。「あなたこそ、なんでここにいるの?」「大人の言いそうな事ね。あたしが聞きたいのはそういう事じゃないわ。アムロ・レイとの関係よ」「だから、あたしはニュータイプだって言われているアムロに興味があったのに、なんであなたは邪魔するの?」「あんた、あたしにとってそういう人よ。あんた、この船から降りなさいな!」。とんでもない言いぐさだ。
 アムロと行動を共にしていたにも関わらず、シャアと出逢った途端にアムロ達を裏切る。シャアに向けたアムロの拳銃を叩き落として、クェスは「アムロ! あんた、ちょっとセコイよ」と言う。この蓮っ葉な感じがたまらない。ちなみに、そのクェスを連れていくシャアの女たらしぶりも見どころだ。クェスは後のシーンで、シャアに着いてきた理由を以下のように語る。「あたし、白鳥が飛ぶのを見て、アムロが叫んで、私も叫んだわ。そうしたら、あなたが現れた」。見事なくらいに電波っぽいセリフだ。このセリフは、ニュータイプらしい情緒不安定な感じと同時に、今時の女の子らしさを狙った表現なのだろう。1988年当時の「今時」だが、この感覚は、2010年になってもさほど古びていない。
 周りに人がいるのに、シャアに「大佐、あたし、ララァの身代わりなんですか」と訊いてしまう危なっかしい感じにも、宇宙空間においてシャアがいるコクビットに生身で飛び込む無茶なところにも、シャアに対して「ナナイを折檻して!」と懇願してしまう子供っぽさにも、観ていてハラハラするし苛々する。
 「父親と娘」の対立は、一時期までの富野監督作品における重要なモチーフではあるが、クェスは対立するどころか、本人がそうするつもりでなかったとはいえ、モビルスーツで実の父親を殺してしまう。それも、富野作品の数あるキャラクターの中で、彼女が突出してエキセントリックなキャラクターである事を示している。映画後半で、クエスはα・アジールに搭乗して出陣し、それをハサウェイが止めようとする。説得するハサウェイに対して「子供は嫌いだ! 図々しいから!」と言う。「それはお前の事だ!」と突っ込まずにはいられない、凄まじいセリフだ。作り手は、このセリフで「この子は、こんなにも自分の事を分かってないんですよ」と示しているわけだが、よくもまあ、こんな事を言わせるものだ。

 クェスだって可愛いところもあるし、他人に対して優しいところを見せていないわけではない。最後にはハサウェイをかばって、命を落としている。勘違いや勝手な思い込みもあるが、人と宇宙の関係などについて、年齢の割にはしっかりと考えている。ではあるが、エキセントリックな部分があまりにも強烈で、トータルでは多くの観客にとって、嫌な子になってしまっている。
 アムロやカミーユがそうだったように、クェスも制作当時の若者を下敷きにして作られたキャラクターなのだろう。公開当時、アニメージュのライターが「富野監督に、今の若い人のいいところも観てもらいたい」と言っていたのを覚えている。そういった意味では、リアルなキャラクターだ。大人から見た「若くて騒がしい娘」をデフォルメして描いたものなのだろう。終盤の展開を見れば分かるように、彼女がシャアにとって手に余る存在でなければ、シャアとアムロのドラマも成り立たなかった。ニュータイプになっても人が幸せになれない事の例になっているのも間違いない。女性キャラクターとして好きか嫌いかは別にして、クェスがいたからこそ生まれた名場面、名セリフは多いわけで、少なくとも僕にとって、彼女は『逆襲のシャア』になくてはならない存在だ。

 『機動戦士Vガンダム』の頃だったと思うが、取材で富野監督に「どうして、富野さんの作品には、可愛くてキャピキャピした女の子が出てこないんですか」と訊いた事がある。回答はシンプルで「好きじゃないからです」というものだった。キャピキャピした少女が、彼の作風に合わないというのもあるのだろうが、要は意志の強い女性が好きなのだろう。可愛らしい女の子よりは、クェスみたいな手のかかる女の子の方が好みという事かもしれない。異性として好きなのか、娘のような存在として好きなのか、あるいは、リアルに好きなのか、描くのが好きなだけなのかは分からないが。

第463回へつづく

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(10.10.01)