第469回 シャアが狙った完全勝利
『逆襲のシャア』についてのコラムも、いよいよ大詰めだ。“サイコフレームの奇跡”が起きている一方で、νガンダムに乗ったアムロと、コクピットコアの中のシャアが会話を続ける。前にも触れたように、シャアのコクピットコアは、アクシズの壁面に押しつけられたままだ。この会話こそが、この映画の最もコアな部分である。
話は前後する。アムロが「νガンダムは伊達じゃない!」と口にした後、シャアは以下のように言っている。「命が惜しかったら、貴様にサイコフレームの情報など与えるものか!」「情けないモビルスーツと戦って勝つ意味があるのか! しかし、これはナンセンスだ!」。それに対してアムロは驚いて「馬鹿にして……。そうやって貴様は、永遠に他人を見下す事しかしないんだ!」と応える。「ナンセンスだ」というのは、アムロに負けて、アクシズの壁面に押しつけられている事を言っている。
ここまでの展開で、νガンダムに使われているサイコフレームが、ネオ・ジオンからもたらされたらしいという事は分かっていた。それはシャアが意図的に、アムロに対して流したものだったのである。つまり、シャアは完全勝利を目論んだのだ。ネオ・ジオンの総帥として人類に対する粛正をやりとげ、同時にパイロットとしてアムロに勝つ。しかも、モビルスーツの性能でアムロに勝ったと思われるのが嫌で、モビルスーツの性能を対等にした上で勝とうとした。そのためにサイコフレームの情報を流した。これで勝ってこその完全勝利だ。シャアくらいの男になると、そのくらいの事をやらないと満足できないのだろう。アムロに勝った後で「せっかく私がサイコフレームの情報を流してやったのに、その程度しか戦えないのか!」と嘲り笑うつもりだったのかもしれない。なんというネチっこい性格だろうか。この映画には監督のネチっこいところが現れているが、まるで監督のネチっこさが、そのままシャアの計画に反映されているかのようだ。
そこまで仕掛けておきながら、シャアは負けた。まさしくナンセンスだ。νガンダムの性能にサイコフレームが上乗せされて、サザビーの性能を越えてしまったのかもしれないし、アムロのモビルスーツが劣っているという判断が、そもそもシャアの過信であったのかもしれない。そこまで仕掛けておいて、負けてしまったのも情けないが、さらに、お前が勝てたのは自分がサイコフレームを渡してやったからだと言ってしまった。そんな事を言ってしまうシャアが、涙が出るほど情けない。そんな事を言わないで黙っていた方が、何倍もマシだった。
その後で、敵味方のモビルスーツが集まり、アクシズを押し上げる。そこで前回触れた「しかし、この温かさを持った人間が地球さえ破壊するんだ。それを分かるんだよ、アムロ!」等の会話になる。「分かっているよ! だから、世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ!」というアムロのセリフに対して、シャアは「ふん。そういう男にしては、クェスに冷たかったな。え?」と問う。いきなり、クェスの話になった。アムロが「俺はマシーンじゃない! クェスの父親代わりなどできない! ……だからか、貴様はクェスをマシーンとして扱って!」と言えば、シャアは「そうか、クェスは父親を求めていたのか。それで、それを私は迷惑に感じて、クェスをマシーンにしたんだな」と返す。この場面だけの事ではないが、やはり池田秀一の芝居も、古谷徹の芝居も素晴らしい。
要するに、シャアもアムロも妻帯者ではなかったし、子供もいなかった。アムロはクェスが父親、あるいはそれに類する存在を求めていた(だからクェスは、「そんな事を言うから若い男は嫌いなんだ!」とギュネイに言ったわけだ)のに気づいていたが、シャアはそれすら気づかなかった。そして“幼い女”として扱ってしまった。アムロはクェスの求めているものに気づいていたが、父親役をやれなかった。この映画で描かれたシーンでは、アムロがクェスの父親役を演じるような場面はなかったし、そんな事をやるほどにはクェスと接点はなかったと思う。ではあるが、彼自身がそれをできないと感じていていたのが、この会話で分かった。
2人は優秀なモビルスーツパイロットだ。シャアに至っては、政治家であり、周りの人間を手駒のように使う。ではあるが、子供に対して父親のように接してやるほどには人間として成熟していなかった。自分に子供がいなかったとしても、普通に年齢を重ねていれば、親のような態度で接する事もできたはずだ。アムロは、クェスの父親代わりになる事を、自分がマシーンになる事だと思っている。つまり、自分の本当の気持ちを消してしまわないと父親代わりができないという事だろう。そう考えてしまうアムロも哀しい。
そして、クェスの父親代わりになれなかった話からララァの話になる。シャアが衝撃的な発言を口にする。
第470回へつづく
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(10.10.13)