アニメ様365日[小黒祐一郎]

第474回 「TVアニメ25年史」と「劇場アニメ70年史」(2)

 原口さん達の仕事ぶりは凄まじいほどのものであり、端で見ていても、大事業が進められている事がよく分かった。そして、当然予想される事だが「TVアニメ25年史」と「劇場アニメ70年史」の編集作業は、当初の予定よりも遅れる事になった。ある夜、原口さんが、鈴木敏夫編集長に呼び出されてスケジュールについて話をした。その打ち合わせには、僕も途中から参加した。
 「25年史」と「70年史」の作業は敏夫さん達が予想していたよりも、はるかに大変なものになっており、それを知った敏夫さんは驚いていた。20年以上前のTVアニメのフィルムを取り寄せてチェックしたり、新聞の縮刷版を片っ端から調べるような事になっているとは思っていなかったのだ。「25年史」と「70年史」はアニメージュ編集部の書籍だが、その初期には、外部の編集プロダクションが参加しており、その編集プロダクションと原口さん達が作業を進めていた。だから、進行状況や具体的な内容について、敏夫さん達は知らなかったのだ。敏夫さんに「プレハブのアパートを作るように注文したのに、君たちは鉄筋コンクリートのマンションを作っている」と言われたような記憶があるのだが、これは僕の捏造された記憶であり、大塚康生の「作画汗まみれ」の『太陽の王子ホルスの大冒険』のエピソードとごっちゃになっているのかもしれない。ただ、そういった状況であったのは間違いない。
 「25年史」と「70年史」はアニメージュ創刊10周年を記念して発行する書籍であり、「創刊10周年記念だから」という理由で写真の掲載料などについて、各版権元に便宜を図ってもらっていた。だから、10周年の年である1988年中に発行しなくてはいけなかった。このままでは、1988年が暮れるまでに発行が間に合いそうもない。そこで敏夫さんが、原口さん達には引き続き、放映データやスタッフデータを作成してもらい、あらすじ、解説原稿は小黒が担当するのはどうだ、と提案した。その時の事はよく覚えているのだけれど、原口さんと2人でその場を中座して、彼に「あらすじ、解説の担当を自分がやっていいのか?」と尋ねた。大雑把に言えば、原口さんの仕事は研究家的であり、僕の仕事はアニメマニア的だ。僕が解説をまとめたとして、原口さんの希望に応えられるかどうか分からない。自信がなかったので「自分でいいのか?」と確認したのだ。僕で構わないと言ってもらったので、あらすじ、解説原稿の担当をする事にした。

 「25年史」と「70年史」の原稿が難しかったのは、物量の問題もあるのだが、それだけではない。原稿のフォーマットがやっかいだったのだ。以下に「25年史」の原稿を1本分引用しよう。『うる星やつら』の原稿だ。これは編集作業の初期に、原稿のサンプルとしてライターに配られたものでもある。


[あらすじ]宇宙一の浮気男・諸星あたるは、地球の運命を賭けた鬼ごっこに、地球代表として選ばれる。宇宙代表は鬼の星の電撃娘ラム。あたるはラムの角をつかんで勝つが、それは鬼の星では求愛のしるし。かくて、あたるの押しかけ婚約者となったラムをめぐり、面堂財閥の跡とり・終太郎や、あたるの元GFのしのぶ、ラムの元婚約者レイ、そのレイを慕うラン、ラムの従弟のテン、巫女のサクラ、謎の修行僧の錯乱坊も加わって、友引町は大騒ぎ。
[解説]演出、作画表現の新境地を開拓し、また同人誌やコス・プレなどファン活動の爆発的な拡大をも促す契機となった点で、名実ともに80年代を代表する作品のひとつ。ぴえろ制作の前半2年、ディーン制作の後半2年は、それぞれ理知的な押井守、叙情的なやまざきかずおの両CDの個性を反映しており、冒険心旺盛なその作品作りのなかからは、山下将仁、西島克彦、森山ゆうじ、土器手司など、多くの才能ある若手スタッフが巣立っていった。


 きれいな原稿だ。あらすじ最後の「……は大騒ぎ」は、あまりにも使いやすいので、ギャグアニメのあらすじにおいて、それで最後をまとめる原稿がいくつも出てしまい、編集作業の初期において「……は大騒ぎ」は禁じ手となってしまった。

 まあ、それはともかくとして、あらすじも解説も、それぞれ19文字×11行の文字数内でまとめる。短いものだ。あらすじでは作品内容が分かるようにするだけでなく、なるべく主要登場人物の名前を入れる。まあ、これは特に難しい事ではない。先に引用した『うる星』のあらすじ後半で、やたらとキャラクター名が並んでいるのはそのためだ。困難だったのは解説だった。この少ない文字数に、作品の特色や傾向、主要スタッフの仕事ぶり、作品がどのような受容されたのかを入れ込み、必要であればアニメ史的な位置づけや、エポックであった点なども加える。それが「25年史」と「70年史」の原稿の理想だった。そんな原稿が、簡単に書けるわけがない。『うる星やつら』のようなメジャー作品だけならまだしも、再見するのが困難であるようなタイトルを含めた、ありとあらゆる作品について、そのコンセプトで書くのが目標だったのだ。苦労したのはそのためだ。

第475回へつづく

THE ART OF 劇場用アニメ70年史

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(10.10.20)