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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第21回
『マモー編』の大問題。ルパンの“夢”とは

 『ルパン三世』の劇場版第1作。通称『マモー編』には名セリフ、名場面が多い。次元の「なげえ事、モンローとハンフリー・ボガードのファンだったが……」なんて最高だ。後に何度も繰り返される、五右ェ門の「またつまらんものを斬ったか」が最初に使われたのも『マモー編』だ。その中で一番印象的なのがクライマックス直前の、ルパンと次元のやりとりだろう。

 「俺は、夢、盗まれたからな。取り返しに行かにゃあ」
 「夢ってのは、女の事か」
 「……実際、クラシックだよ。お前ってやつは」

 格好いいシーンではあるのは間違いないが、語られている内容についての解釈は難しい。ルパンが戦う動機が語られているにも関わらず、それをはっきりとセリフにしていないのは、観客に対する謎かけなのだろう。
 その“夢”を、不二子の事だと思っているファンが多いようだ。確かにこのやりとりの前に、南米のホテルにマモーが現れて、不二子を奪い去っている。だが、夢=不二子という解釈は、謎解きの回答としては単純過ぎはしないだろうか。だいたい、不二子は今まで何度となく、敵に捕まっているはずだ。それを今さら“夢”と呼ぶだろうか(いや、判断は観客に委ねられているわけであり、夢=不二子と思っても間違いではないのだが)。不二子ではないとすれば、長年付き合ってきた次元ですら分からない、ルパンの“夢”とは何なのか。そこが『マモー編』の一番面白いところである。今回はそれについて考えてみよう。
 映画の中盤で、マモーが機械を使ってルパンの頭脳の中を覗くシーンがある。マモーは、ルパンの本質は下劣な人間にすぎない事を証明しようとしたのだ。そこでも“夢”という言葉が出てくる。ルパンの頭の中は、女の裸の事ばかりだった。だが、その深層意識には何もない。空間、虚無。なんという事だ。ルパンは夢を見ない。それは白痴の、あるいは神の意識にほかならない。マモーは驚き、おそらくは嫉妬し、ルパンを殺そうとする。これは非常に重要な描写だ。そして、ルパンが「夢を取り返しに行く」と言った事と、彼が“夢”を見ないという事実はリンクしているはずだ。“夢”を見ない事が科学的に証明された男が、それを取り返しに行くとはどういう事なのか。

 ここで、マモーとルパンの関係を整理してみよう。キーワードは“夢”だ。マモーは、自らを“神”と名乗る男である。彼は1万年生きてきたにも関わらず、生に執着し、永遠の生命を求めて暗躍する。不死を得ることこそが彼の“夢”なのだ。一方で、本作のルパンは徹底したリアリストだ。マモーが神である事も、永遠の生命の価値も認めようとせず、彼が起こす奇跡が単なるトリックでしかない事を証明していく。マモーがルパンを目の敵にするのは、同じ女を奪い合っているからではない。ルパンは永遠の生命を、あるいは“神”と名乗る自分の存在を認めようとしない。また、刹那的に生き、現世の快楽を求める彼の存在が疎ましかったのだろう。そして、前述したように「ルパンが夢を見ない事」が判明する。もしも、頭脳の中を覗く事で、ルパンが当たり前のつまらない人間である事が分かっていたら、マモーは納得しただろう。だが、そうではなかった。ルパンの精神はひょっとしたら、神と同じものなのだ。本当に“神”に近い存在は自分ではなく、ルパンではないのか。その事実を許す事ができず、彼はその場でルパンを殺そうとした。

 そして、不二子が連れ去られた南米のホテルのシーン。ここに現れたマモーには、ふたつの目的があった。不二子を奪い取る事と、ルパンの自信を打ち砕く事だ。自分が1万年生き続け、人間の歴史を弄んできた存在である事をルパンに打ち明ける。そして、ひょっとしたら本当のルパンは死んでおり(映画冒頭でルパンそっくりの男が、警察に捕まり処刑されている)、今生きているお前は、自分が作ったクローンなのかもしれない。よく考えてみろ、とルパンに告げたのだ。不二子がルパンの“夢”でないのなら、それを告げられた事がルパンが“夢”を失う事につながっているはずだ。
 自分がクローンかもしれないという疑いが、ルパンから“夢”を奪った。ここからルパンの“夢”が何なのかを逆算する事ができる。この映画でのルパンはヒーロー的な存在でもある。劇中に登場した新聞に掲載されていた、スーパーマンをはじめとするスーパーヒーロー達と、彼が肩を組んでいるイラストも分かりやすくそれを示している。かの名高き怪盗アルセーヌ・ルパンの孫。世紀の大泥棒。天才的な頭脳とズバ抜けた行動力で、不可能を可能にする男。お宝を手に入れるスリル、そして美女こそが彼の悦びだ。彼の興味は現実の中にしかないのだろう。だから“永遠”などという曖昧なものを求めはしない。現実世界で、やりたい全ての事をやってしまう人間。欲しいものは全て手に入れてしまう男。だから、マモーが覗いた彼の頭脳の中には“夢”がなかったのではないか。
 “夢”を持たない人間である事。すなわち“自分がルパン三世である”という事によって、彼の人生は充実したものだった。自分自身の存在が、彼の“夢”を実現したものだったのだ。失うまでは本人も、それを意識していなかったのかもしれない。だが、もしも自分がルパン三世のクローンにすぎないとしたら、そんなプライドは吹き飛んでしまう。自分の存在に対して疑いを抱いてしまったため、「俺は、夢、盗まれたからな」というセリフが出てくる。そして、自分がルパン三世である事を証明するために、マモーと対決する。そこで、ルパンとマモーは同じ位置に立ったわけだ。
 マモーは、自分が“神である事”を揺るがすルパンを許す事ができず、ルパンは自分が“ルパン三世である事”を否定するマモーと対決せずにはいられない。クライマックスの対決は、常識を越えた2人の人間が、それぞれの自分の存在を証明するための戦いだった。彼らの気持ちを、普通の人間である次元が理解できなかったのは、当然の事かもしれない。対決は、ルパンの勝利に終わる。マモーを倒した後に「感謝しろよ。マモー、やっと死ねたんだ」と、ルパンは独り言つ。不可能な“永遠”を夢見ていたマモーを、哀れに感じたのだろう。孤高の存在であったマモーを、唯一理解したのがルパンであったのかもしれない。マモーもルパンの事を、ある程度理解していたのだろう。だから、クローンかもしれないという言葉がダメージを与えられると分かった。超越者の気持ちは、超越者にしか分からないのだ。

 ……と、ここまでの内容は、僕が1989年にアニメージュで書いた原稿のリメイクである。その時には書かなかったが『マモー編』のルパンとマモーの関係は、『装甲騎兵ボトムズ』のキリコとワイズマンに似ていると思っていた。両方とも主人公と“神”を名乗る男の物語であり、『マモー編』の脚本・監督の吉川惣司が『ボトムズ』では脚本として参加している。今年リリースされた『ボトムズ』DVD-BOX解説書のインタビューで、吉川さんは『マモー編』ルパンと『ボトムズ』キリコの関係性について触れており、興味深く読んだ。また、その記事ではマモーとルパンの関係、あるいは吉川さんにとってのルパン像も語られている。それを読んで、ようやくルパンが不二子に対して、マジメ顔をしてキスができない理由が分かった。
 僕も、前に少しだけ吉川さんに話をうかがった事があり、その時も、やりたかった事はルパンとマモーの超越者同士の闘いそのものではなく、むしろ、2人が何をしても、大国である米ソには敵わないという構造だったと言われて、ちょっと驚いた。最後のミサイルが降り注ぐシーンの事だろう。やはり創り手の真意というのは、聞いてみないと分からない。

 『マモー編』は、ふざけてばかりいるように見えるルパンの、本質を描き切っている点が素晴らしい。勿論、その本質とは、吉川監督の解釈によるものであるのだが、秀逸であるし、少なくとも僕にとっては納得できるものだ。女のためでもお宝のためでもなく、自分のプライドを守るために戦うところに『マモー編』のルパンの魅力がある。この映画は公開時に『旧ルパン』テイストがセールスポイントになっていたが、確かにそれは『旧ルパン』前半的である。
 今、『マモー編』を観ると、別の感慨がある。その後も様々なクリエイターによって、沢山の『ルパン三世』が作られた。いや、現在も作られ続けている。『マモー編』風に言えば、『ルパン三世』という作品のコピーが大量に作られているわけだ。大勢の少しずつ違うルパンが、それぞれの作品に存在している。そんな中にあって『マモー編』が、ルパンの本質を描こうとした作品である事の意味は、公開当時よりも、ずっと深いものとなっている。いかにもルパンらしいルパンが、劇中で「俺はコピーじゃない。本物だ!」と言うのを聞くと、その言葉にうなずきたくなる。

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[DVD情報]
DVD「ルパン三世 ルパンVS複製人間」
カラー102分(本編)/1.日本語モノラル(オリジナル) 2.MEトラック(音楽と効果音)/片面2層/ビスタサイズ(スクイーズマスター)/TDV2736D/5040円(税込)
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■第22回へ続く

(05.11.16)

 
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