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第38回 エヴァ雑記「第伍話 レイ、心のむこうに」
服を着る場面でレイはブラジャーのホックを前で止めて、ぐるっと回して肩紐をかける。僕はLD解説書でこれを「一般的にいうと、これはあまりよくないブラの付け方」と書いた。当時もその原稿を書くに当たって、それなりにブラの付け方について調べた。『エヴァ』の仕事をすると、オカルトや心理学の勉強だけでなく、女性の下着についても調べなくてはならないのだ。断定するべきではないようだったので、LDでも「間違った付け方だ」とは書かなかった。今回『エヴァ』についてまとめ直すにあたって、改めて周りの女性に訊いたところ、「そういう付け方をいる人も結構いますよ」と云われてしまった。別の女性には「中学生だったら、そんなに胸は大きくないから、ああいう付け方をしてもおかしくないかも」と云われた。余談だが、知人の中に中学生の時に『エヴァ』を観て、ブラを回す付け方を覚えたという女の子がいて、笑ってしまった。たとえば、下着専門店の店員さんに「こういう付け方をしてもいいものでしょうか」と尋ねたら「間違いです」と答えるはずだ。だが、実際にああいった付け方をする女性がいるのなら、解説原稿で「間違った付け方だ」と断定しない方がよい。やはり「あまりよい付け方ではない」くらいに表記するのがよいのだろう。と、以上はライター的な裏話。面白かったのは、僕が訊いた知人の殆どが、あのカットを覚えていた事だ。「綾波のブラなんだけど……」と云うと、「ああ、あの回す付け方ですね」と返された。やはり印象的な描写だったのか。正しいかどうかはさておき、描き手はレイがファッション等に頓着しない事の表現として、そういった仕草をさせたのだろう。絵コンテでは、どんな風にブラを付けるかまでは描かれていない。あの芝居が作打ち段階での指示なのか、原画マンのアドリブなのかが気になるところだ。いずれ確認したいと思っている。
「第伍話 レイ、心のむこうに」は、「EPISODE:05 Rei I」の英文サブタイトルが示す通り、綾波レイにスポットが当てられる最初のエピソードである。第四話でケンスケとトウジという友人を得て、ミサトとの距離も縮まったシンジは、次に父親であるゲンドウに向かうのではなく、父親に近い存在である綾波レイに接近する。そのコミュニケーションは見事に失敗。家を訪ねたシンジへの対応は無視であり、父親を悪く云った彼への反応は平手打ちだった。普段感情を表に出さぬ彼女にとって、平手打ちがいかに過剰な反応であったか。それが分かるのは叩かれたシンジではなく、我々視聴者の方だった。
脚本/薩川昭夫、絵コンテ/甚目喜一、作画監督/鈴木俊二のトリオが手がけた1本目のエピソードでもある。2本目が「第拾伍話 嘘と沈黙」、3本目が「第弐拾壱話 ネルフ、誕生」。3本とも戦闘シーンのない話であり、大人びた雰囲気が愉しい。この第伍話も変わった事をやっているわけではないが、何とも云えぬイイ感じに仕上がっている。特にキャラクター作画が充実。鈴木さんの代表作のひとつだろう。勿論、一番の見どころはシンジがレイの部屋を訪れたシーンだ。レイが初めてヌードを披露するセンセーショナルな場面だが、乾いた空気と彼女の裸体のコントラストがいい。事故でレイを押し倒してしまったシンジのUP、そのシンジを見詰めるレイのアップの鮮烈さも印象的だ。前述した彼女が服を着る部分は、原画も相当に力が入っている。同世代の異性に裸を見られてもまるで動揺しないクールさで、彼女のキャラクターをアピールした場面でもある。
ただ、シリーズ全体を振り返ってみると、第伍話はレイの普通の女の子らしい部分を最も強調した話となる。シンジに平手打ちをしたのもそうだ。零号機再起動実験の前に、脇にゲンドウの眼鏡を置いたレイは、彼が前に実験で自分を助けてくれた事を思い出し、優しげな表情を見せる。その顔はまるで恋する女の子のものだ。また、零号機のケージでゲンドウと楽しげに話をする彼女の表情は別人の様に明るいし、同場面でレイが零号機からピョンと降りる芝居は可愛らし過ぎる。脚本にも「碇と話しているレイは年相応に幼く見え、何かピョンピョン跳ねているような印象を受ける」とあるが、これはコンテと作画のやり過ぎだろう(このゲンドウとレイは、シンジがモニターの中に見た姿である。シンジにはそのように見えただけだと解釈する事もできる。これは、ある『エヴァ』関係者の見解だ)。
コンテの甚目喜一は『美少女戦士セーラームーン』シリーズ、『カレイドスター』『ふしぎ星の☆ふたご姫』等でお馴染みの佐藤順一のペンネームだ。当時は東映動画(現・東映アニメーション)に所属していたため、変名での参加となっている。『エヴァンゲリオン』は彼の作品歴の中では異質なタイプの作品であるし、彼自身いつもの演出スタイルではなく、『エヴァ』テイストに合わせた仕事をしている。彼の専門分野と微妙に違う仕事であるが、彼の演出力の高さが発揮されているし、彼らしさも色濃く出ている。第伍話で云えば、レイの部屋のシーン等が『エヴァ』テイストに合わせた部分、レイの普通の少女らしい描写が彼の持ち味が出た部分だ。また、この原稿のために改めて第伍話のコンテと映像を見比べてみたが、作画段階でのコンテからのアレンジも素晴らしい。表情の付け方等について、コンテの画に引っ張られ過ぎず、しかし、その意図を充分に汲み取っている。その意味でも、鈴木さんのgood jobである。
Aパート後半のミサト、リツコ、シンジの食事シーンでも、佐藤さんの持ち味が炸裂している。ミサトがカップラーメンにカレーを注ぐのは、コンテ段階での彼のアレンジ。庵野監督にミサトはどんな女性なのかと尋ねたところ、「月野うさぎみたいな人」と答えられた。それで、月野うさぎを思い描いて、この場面のコンテを描いたのだそうだ。シンジがレイにセキュリティカードを持っていく事になった時に「レイの家に行く、オヒシャルな口実が出来て、チャンスじゃない」とミサトが云う。オフィシャルではなくオヒシャル。いかにもミサトらしい言い回しだが、これは三石琴乃のアドリブではなく、コンテ段階ですでにオヒシャルになっている。脚本ではオフィシャルだ。やはり佐藤さんのアドリブだろうか。これも機会があったら確認したい。リツコとシンジが、ミサトのカレーを食べたところで、頭にギザギザマークが出るが、これは『きんぎょ注意報!』や『セーラームーン』で一世を風靡した彼独特のマンガ的表現。第壱話で庵野さんもギザギザマークを使っているが、こちらが本家本元だ。
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■第39回 エヴァ雑記「第六話 決戦、第3新東京市」に続く
(06.05.24)
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