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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第41回 エヴァ雑記「第八話 アスカ、来日」

 「第七話 人の造りしもの」で、シンジの物語の始まりを描く「プロローグ編」が終了。第八話から各話完結で使徒との戦闘を描く、第2部「アクション編」に突入する。この話から、加持リョウジと惣流・アスカ・ラングレーがレギュラー入り。これで主要登場人物が、ほぼ全て揃った事になる。積極的な性格のアスカは物語を掻き回し、作品に活気を与えてくれる。
 第八話と第九話の絵コンテは、GAINAX作品でもお馴染みの樋口真嗣が担当。「ガメラ 大怪獣空中決戦」等で知られる特技監督だ。この2本では彼の陽性のセンスが炸裂。娯楽性の高いエピソードとなっている。『エヴァ』メインスタッフは『ふしぎの海のナディア』で彼が担当したシリーズになぞらえて、この2本を「島編」と呼んでいたのだ。第八話は樋口コンテに加えて、作監が本田雄、演出が鶴巻和哉。原画陣も総力戦。アクションもキャラの表情もバッチリの“夢アニメ”である。ちなみに企画書や絵コンテ段階でのサブタイトルは「第八話 アスカ、来朝」。古風な日本語が頻出する『エヴァ』にしても「来朝」は古すぎる。
 初っ端からトバしている。舞台は空母オーヴァー・ザ・レインボーの甲板。アスカは黄色いワンピース姿でシンジ達の前に颯爽と現れるが、風が吹いてそのワンピースがめくれてしまう。眼前で彼女のパンツを見てしまったトウジ、そして、その巻き添えを食ったシンジ、ケンスケはアスカの平手打ちを喰らう。その音に合わせて、サブタイトルが出るのも心地良い。ちなみに『ナディア』の「島編」25話の「はじめてのキス」でも、サブタイトルで音を使ったギャグがあった。甲板シーンの原画は、松本憲生。転がるトウジの帽子の動きもイケている。吉成曜は意外にも、オーヴァー・ザ・レインボーに着く前のヘリの中を描いている。
 この回ではキャラクターの印象が随分違う。勿論、庵野監督にとってこのくらいの違いは計算の内だろう。むしろ、作り手によるキャラ描写の違いを愉しむところだ。ミサトは喜怒哀楽が激しくて、崩し顔満載。ノリも軽い。「ちわ〜、ネルフですが、見えない敵の情報と的確な対処はいかがっスかー」「何云ってんのよ、こんな時に。段取り気にしている場合じゃないでしょお!」。シンジ達の前で、加持に寝相の悪さを指摘された(つまり、男と女の関係であった事をバラされた)後のショックの受け方はとてつもなくオーバーなもので、とてもこの後、彼とヨリを戻すとは思えない。ケンスケは第参話や第四話での気の使い方はどこへやら、ビデオカメラを手にはしゃぎまくる。シンジの描写も相当に違っていて、初対面のアスカに対して文句を言ったりと、神経が太い感じ。「ちゃんと独語で考えてよ」とアスカに怒鳴られれば「バ、パームクーヘン」とボケをかまし、使徒が口を開けた事にアスカが驚けば「使徒だからねえ……」と軽く流す。こんな性格なら、後に補完される必要もないのではと思える程だ。
 最大の見どころは弐号機発進から、八艘跳びの要領で艦から艦へと跳び移る辺りのアクション。艦を壊し、艦載機を海に落としながら跳ぶ。ダイナミックさが素晴らしい名場面だ。マントのように羽織った布を空中で捨てる様子は、まるでタイガーマスク。BGMも効果的で、高揚感もある。また、青空に弐号機の赤いボディが映えており、それが鮮烈な印象となっているのだ。海上でのメカアクションの原画は村木靖で、エントリープラグ内でのアスカとシンジの原画は松原秀典。第八話はキャラクターの感情表現も、アクションもアクセル全開。それゆえ痛快なフィルムとなっている。

 第八話は小ネタも多い。ミサトが提示したIDカードでは、彼女の血液型はAO型。単なるA型ではなく、AO型であるところがポイント。例外はあるが『エヴァ』ではキャラクターの血液型や誕生日は「役者の個性が反映されるから」という理由で、それを演じる声優と同じという事になっている。ミサト役の三石琴乃の血液型はAO型なのだ。ちなみに、彼女の血液型について最初に記事にしたのは、多分、僕の事務所で編集した単行本「キャラクターボイスコレクション」(角川書店)だと思う。加持がミサトの寝相について話す士官食堂のシーンで、背後に流れているのはTVドラマの音声。ある男が、女の態度の冷たさを嘆き、女はもうあなたでは自分の心は熱くならないと答えて、犬の方がマシだと云う。勿論、このドラマの内容は加持とミサトの関係をなぞったもので、犬の役回りがシンジ。シンジを一人前の男として認めていないという意味でもある。『エヴァ』にはこういったバックノイズが何度かあるのだが、特にこれは秀逸だ。小ネタではないが、胎児の様なアダムが登場するのが、この話のラストシーン。「最初の人間アダム」と呼ばれるが、これが再登場するのはずっと先。胎児のアダムが再登場したのは、1998年3月7日に公開された『DEATH(TRUE)2』であり(『DEATH』『DEATH(TRUE)』には未登場)、その次が同年7月3日にリリースされたLD&VTの12巻に収録の第24話(第弐拾四話のビデオフォーマット版)である。

 『エヴァ』には「男」という言葉が何度か出てくる。第壱話でミサトはシンジに「我慢なさい。男の子でしょ」「オットコの子だもんね」と云い、シンジは第拾六話で「戦いは男の仕事!」と云い、第拾七話では加持に「僕、男ですよ」と答える。現代に於いて、男性性をどうとらえるかは『エヴァ』にとってテーマのひとつであり、それは必ずしもポジティブなものとしては扱われていない。「男である事」はシンジにプレッシャーとプライドを与えているのだろう。第22話(第弐拾弐話のビデオフォーマット版)に於けるアスカの内的宇宙の描写で、男性的抗議という単語が登場するが、これは心理学の用語で、女性的な役割に不満を感じる女性が、過剰に男性的に振る舞おうとする事を指す。アスカはまさしくそういった傾向のある少女だ(ただ、アスカは自分の身体が女性らしく成長している事を、再会したミサトに自慢している。その意味では彼女の性的アイデンティティは健常である)。彼女にとって同世代の男子はライバルであり、それに勝つ事によって自分の能力を示したいのだろう。その為、後の話数で、気弱なシンジがライバルらしく振る舞ってくれない事に苛立ちを感じる様になる。だから、この話で彼女がシンジに女性用のプラグスーツを着せた事や、それを着て恥ずかしがっているシンジが妙に可愛らしいのには、ちょっと複雑な意味がある。単に、いや〜んな感じなだけではないのだ。

 LDで第八話が収録されたのは第4巻。ジャケットのキャラクターはアスカだ。庵野さんから「今回は背後の文字を『いや〜んな感じ』とか『あんた、バカ?』といった愉快な単語で埋めたら?」と提案されたのだが、シリーズ通じてのパッケージの印象を壊すのは不味いだろうと判断し、第3巻までと同じ調子にしてしまった。『エヴァ』っぽさを形にしようと一所懸命だったのだ。今だったら「いや〜んな感じ」にしてもいいと思う。庵野さん、ごめんなさい。


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[DVD情報]
『NEON GENESIS EVANGELION』
発売元:キングレコード/vol.1〜vol.7・各巻4話、vol.8・2話収録/vol.1〜vol.7・3990円(税込)、vol.8・3675円(税込)
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■第42回 エヴァ雑記「第九話 瞬間、心、重ねて」に続く


(06.05.29)

 
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