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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第42回 エヴァ雑記「第九話 瞬間、心、重ねて」

 その活躍に時間制限があるヒーローと云えば、ウルトラマンが代表選手だ。彼は地球上では3分しか戦えないと云われているが、子供の頃にTVを観ながら「あれ、もう3分以上戦っているんじゃないの?」と何度か思った(ただし、特撮に詳しい人に訊いたところ、「ウルトラマン」の本編中では「3分」と明言はしていないのだそうだ。「3分」は怪獣図鑑等でファンに広まった設定なのだろう)。この第九話は劇中での62秒の戦闘シーンを、実際に62秒で描いたエピソードだ。大袈裟な言い方になるが、これを観て、子供時代に「ウルトラマン」に抱いていた不満を解消できた気がした。また、この話には第5使徒の解体が進められているカットがあり、他にも『エヴァ』のシリーズ初期には同様の描写が何度かある。それも子供の頃に感じた「倒された怪獣の死体はどうなるんだ?」という疑問を解消してくれるものだった。そういった部分があるため、『エヴァ』には特撮ヒーロー番組のリアル版というイメージもある。ちなみに62秒の戦闘中には、画面に残時間が表示されるが、これはフィルムには入っていない。ビデオマスターの段階で入れられたものなのだ。その為にフィルムベースで作られている関連出版物では、同シーンのカットに残時間が表示されていない。

 「第九話 瞬間、心、重ねて」では、第八話に続き樋口真嗣がコンテを担当。やはり軽快で娯楽性の高いエピソードだ。合体分離能力を持つ第7の使徒を殲滅するため、シンジとアスカはペアルックでユニゾンの特訓をし、実際の戦闘でも曲に合わせて戦う。2人がマンションで一夜を過ごし、シンジが口づけをしそうになるドキドキな展開もあり、その一方で加持のアダルトな見せ場もある。作画監督は『少女革命ウテナ』を手がける長谷川眞也。キャラクターにはややアクがあるが、華もある。演出は後に『鋼の錬金術師』等で監督を務める水島精二だ。賑やかな内容に加えて作画の遊びもたっぷりで、第八話をも越えるハッチャケたエピソードだ。予告にしても「心がてんでバラバラなアスカとシンジは、使徒にコテンパンにのされてしまう」と、ほとんどギャグアニメのノリ。印象的な台詞も「昔から『男女七歳にして同衾せず』ってね」「誤解もロッカイもないわ」「エッチ、痴漢、ヘンタイ、信じらんなーい!」等々。Aパートで使徒に負け、海と地面で逆立ち状態となった初号機と弐号機の姿は、まるで「犬神家の一族」だ。
 原画担当は、曲合わせも楽しい6日間の特訓は摩砂雪。シンジがアスカとキスをしそうになるシーンは長谷川眞也。「これは決して崩れる事のないジェリコの壁!」とアスカが云うカットと、シンジの寝床に入ってきた彼女の、胸の立派さは流石である。驚いたシンジの目玉が本当に飛びだすカットも、インパクト大。Aパートの戦闘シーンは主に木崎文智。Bパートの62秒の戦闘は前半が渡部圭祐、後半が中村豊。ハッチャケまくった最後の非常電話シーンは小倉陳利。他のGAINAX作品ではあまり名前を見ない原画マンもいるが、この話の作画スタッフは、主に長谷川君が声をかけて集めたのだそうだ。金田アニメ風のエフェクトや、パースが付いたキック等も『エヴァ』としてはやや異質。

 ちょっと下世話な話で恐縮だが、絵コンテを読んで面白いと思ったのが、キスをしそうになる少し前。アスカがトイレに行くところだ。コンテではアスカが行った後、寝た振りをしていたシンジがトイレの方を見る。コンテのト書きには「シンジ、顔を上げてトイレの方を見ようとする(下衆!) のぞくわけではないが、気になるのが男の性!」と超ナイスなト書きが書かれている(「性」には「サガ」とルビまで振られている)。TVシリーズで思春期の男の子の悶々とした感情を、赤裸々に描こうとしたわけだ。実に意欲的な姿勢である。フィルムではシンジの芝居が、トイレが気になる事を強調するものになっていないのが、ちと残念。更にコンテでは、トイレから聞こえてくる音が、衣擦れ、水流音、トイレットペーパーをカラカラと回す音、再び水流音という段取りになっている。フィルムでは衣擦れの音は付けられておらず、トイレットペーパーを回す音は付いているのかもしれないが、ほぼ聞こえなかった。ただ、現在リリース中のリニューアル版DVDでは音付けが変わっており、ちゃんとトイレットペーパーのカラカラ音が聞き取れるようになっている。尺数を考えると、衣擦れの音を付けるのは無理だろう。

 前述した通り、この話では加持のプレイボーイぶりが発揮されている。背後からリツコを抱きかかえて巧みに口説き、エレベーターの中でミサトの唇を奪う。画面では分からないが、後者では加持は右手をミサトの服の中に入れているらしい。これは『エヴァ』の中では、ちょっと異質な描写だ。本作中で、加持が特別なキャラクターだという事でもある。主人公のシンジが消極的な少年であるのもその理由なのだが、『エヴァ』では男女の関係に於いて、男性側が積極的に働きかける事は殆どない。後に何度かある性的なイメージでも、常に女性が上となった騎乗位を思わせるポーズになっている。「第弐拾壱話 ネルフ、誕生」の回想で描かれた赤木ナオコとゲンドウの口づけにしても、ナオコが上になり積極的に唇を求めている。「第弐拾参話 涙」ではリツコがゼーレに陵辱を受けるが、この時、ゼーレのメンバーは自分達の肉体を見せておらず、男性が女性を辱めている様には見えない。これは『エヴァンゲリオン』という作品について考える上で、重要な点だと思っている。それは前回の「男」についての話題とも、リンクしているはずだ。

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[DVD情報]
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■第43回 エヴァ雑記「第拾話 マグマダイバー」に続く


(06.05.30)

 
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