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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第46回 エヴァ雑記「第拾参話 使徒、侵入」

 僕が、磯光雄の名前を覚えたのは『ゲゲゲの鬼太郎[第3シリーズ]』だった。その後『MOBILE SUIT GUNDAM 0080 ポケットの中の戦争』で、度肝を抜かれる事になる。この『新世紀エヴァンゲリオン』も彼の代表作のひとつだ。兎に角、磯さんの仕事は強烈だ。リアリティも、動きから生じる快楽も桁違い。そして、何よりも独自性が強い。彼も既存の様々なアニメーションの影響を受けているはずだが、そのスタイルは今までのアニメ作画と別のところから発生したかと思うくらい、オリジナリティが強い。カリスマ・井上俊之を以てして「描き方がそれまで知っていたどの描き方とも違ってた」と言わしめる程だ。ご本人はメカアニメーターとして分類されるのは迷惑かも知れないが、金田伊功、板野一郎、庵野秀明と進化してきたメカアニメーターの歴史で、次のエポックとなったのが彼だ。
 『新世紀エヴァンゲリオン』では第壱話、第拾九話、第25話、そして、第21話(第弐拾壱話のビデオフォーマット版での追加シーン)で原画、第拾伍話で設定補で参加。この第拾参話では脚本と設定補を担当した。第壱話ではサブタイトル直後の、使徒と国連軍の戦闘シーンを描いている。個々のカットも素晴らしいが、シーン全体の臨場感が素晴らしい。僕の周りで、何人かの作画マニアが「ミサトの自動車がバウンドするカットがいいんですよ!」と熱く語っていた。自動車のディテールの省略もたまらないのだそうだ。また、第3の使徒サキエルがまばたきするのは、原画段階での彼のアドリブだ。「第拾九話 男の戰い」では覚醒した初号機を描き、「第25話 Air」では、今も語り草になっている弐号機VS量産型EVAの激闘を作画。特に後者は凄まじい出来で、『エヴァ』シリーズ中にとどまらず、アニメ戦闘シーン史に残る名場面だ。
 磯さんは作画だけでなく、シリーズ全体に関わる設定について、アイディアを出しているのだそうだ。第拾伍話ラストで登場する地下の巨人も、彼のデザインだ。彼が脚本を書いた「第拾参話 使徒、侵入」はウィルスサイズの使徒とネルフメンバーの戦いを描く、意欲的なエピソード。物語の作り手としても、彼の仕事はオリジナリティの高いものだったわけだ。『エヴァ』の脚本は、シナリオライターがまとめたものを、庵野監督が手を入れる事で決定稿にするのが基本的なスタイルだ。この話に関しては磯さんが仕上げた脚本が長大なものであったため、それを薩川昭夫がまとめ直し、更に庵野監督が手に入れるかたちでフィニッシュしている。磯さんが仕上げた脚本がどういったもので、それが決定稿までにどう変わったのかが気になる。最初の脚本には、更に沢山のSF的なアイディアがあったのかもしれないと思うのだ。これもいずれ確認したいと思っている。

 「第拾参話 使徒、侵入」は作画等をProduction I.Gが担当。作画監督は同社の看板アニメーターである黄瀬和哉。絵コンテ・演出は後に『メダロット』『WOLF'S RAIN』で監督を務める岡村天斎だ。実は、初期にProduction I.Gが『新世紀エヴァンゲリオン』の制作をやるという話があった。石川光久社長はやる気があったようなのだが、諸般の事情で実現しなかった(押井守監督が、勝手にその話を断ったらしい)のだが、Production I.Gはこうして各話で参加。後に劇場版を制作する事になる。
 第拾参話でも、Production I.G+岡村天斎はその実力を発揮し、GAINAX社内チームのエピソードに引けを取らないフィルムに仕上げている。黄瀬和哉によるキャラクター作画もいいし、ディテールの作り込みもバッチリ。クオリティが高いだけでなく、ちゃんと『エヴァ』テイストが出ているところが素晴らしい。黄瀬さんの作画は、キャラクターの骨格が見える顔の描き方、細かい影の付け方等が特徴だ。特にゲンドウの頭部の描き方がイカしている。これは黄瀬さんが自分の色を出した作画をしたというよりも、貞本さんのキャラクターデザインに対する解釈が、他の作画監督とは違ったと見るべきかもしれない。ちなみに黄瀬さんはキャラ設定ではなく、貞本さんのマンガ版を見ながら作監作業をしたそうだ。
 細部の作り込みと云えば、CASPER・3内部に貼られた落書きが愉しい。劇中では、リツコの母親である赤木ナオコが残したものだ。演出意図として視聴者に読ませたい落書きは「碇のバカヤロー」のみ。リツコが落書きから、ナオコの人間味を感じ取り微笑むカットで、画面の右下に「こんな小さな所まで読んじゃダメ」という超ナイスな落書きがある。ビデオを一時停止して細部をチェックするマニアに対する警告だ(ただし、この落書きはスチル写真では読めるが、DVDの再生画面では判読するのが厳しいかもしれない。ハイビジョン画質だと読めるのか?)。

 この話は、第2部「アクション編」の掉尾を飾るエピソードである。着想の面白さとテンションの高さの為に、ファンに人気の高い話のひとつだ。「アクション編」のここまでのエピソードは使徒との戦闘を通じて、シンジ達が互いの距離を縮める話であったが、第拾参話はその色はまるでない。何しろシンジを含めたEVAパイロットは最初と最後のみの登場で、殆どドラマに絡んでいないのだ。それ故に「アクション編」の中で番外的な位置づけとなる。スーパーコンビュータMAGIは3台のコンピュータで形成されており、それぞれに赤木ナオコの母としての人格、科学者としての人格、女としての人格が移植されている。リツコは「科学者としてのナオコ」は尊敬もしていたが、「女としての彼女」は憎んですらいたと云う。第拾参話の主人公はリツコである。リツコの有能な科学者の顔と、情念の女性の両面が描かれ、また、彼女と母親の確執についてもその一端に触れられているのだ。
 最後に使徒に逆転したのは、3台のMAGIの内のCASPERであり、CASPERには女としての人格がインプットされていた。その事で、リツコは「最後まで女でいる事を守ったのね。本当、母さんらしいわ」と云う。正直云うと、最初にこの台詞を聞いた時、その生々しさを面白いとは思ったが、意味するところはよく理解できなかった。「第25話 Air」を観た後に、改めてこの台詞を聞き、リツコの気持ちがようやく分かったような気がした。母娘の確執のドラマは第拾参話の後、第弐拾壱話を経て、「第25話 Air」で完結する事になる。ゲンドウを挟んだ、リツコ、ナオコの三角関係のドラマは『エヴァ』のサイドストーリーのひとつだが、第弐拾壱話に於けるゲンドウとナオコのラブシーン以外は、断片的に台詞で語られるのみであり、殆ど具体的な描写はない。断片的な描写のみである為に、逆に彼等の関係はより濃厚なものとして感じられるのだろう。また、そんな濃厚さがリツコのキャラクターによく合っている。


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[DVD情報]
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発売元:キングレコード/vol.1〜vol.7・各巻4話、vol.8・2話収録/vol.1〜vol.7・3990円(税込)、vol.8・3675円(税込)
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■第47回 エヴァ雑記「第拾四話 ゼーレ、魂の座」に続く


(06.06.05)

 
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