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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第48回 エヴァ雑記「第拾伍話 嘘と沈黙」

 この話から『新世紀エヴァンゲリオン』は、より濃密にドラマを描く、第3部に突入する。「第拾伍話 嘘と沈黙」はキャラクターのドラマが中心であり、EVAが1カットも登場しないエピソードだ。脚本/薩川昭夫、絵コンテ/甚目喜一、作画監督/鈴木俊二のトリオが手がけた2本目のエピソードであり、今回も大人びたムードが魅力となっている。シンジの墓参り、シンジとアスカのキス等もあるが、力が入っているのはミサト達の描写だ。第拾四話に付いたこの話の予告も、ミサトの事のみを話題にしており、シンジの事は一言も触れていない。また、この話の30秒オリジナルバージョンの予告は、作り手のミサトへの想いが炸裂した傑作だ。
 明日はミサト達の友人の結婚式である。彼女達の大学時代の友人に違いない。式に何を着ていくかについての、ミサトとリツコのやり取りも何やらリアルだ。「けっ、三十路前だからって、どいつもこいつも焦りやがって」とミサトは悪態を吐く。その後でリツコが、まるで感情を込めずに「お互い最後の1人にはなりたくないわね」と云っているが、第拾参話で自分は母親にはなれそうもないと云った彼女の事だ、最後の1人になるかどうかなど、あまり興味がないのだろう。
 式当日。遅れてやってきた加持はいつもの無精髭で、ネクタイも緩んでいる。ミサトが何気なくそれを直すと、彼は少し驚く。その次が加持のアップカットであり、彼はネクタイに手をやり口元に薄い笑みを浮かべて「これは、どうも」と云う。大きな変更ではないが「これは、どうも」の台詞は、絵コンテ段階で足されたものだ。これが効いている。コンテでは、ミサトがネクタイを直すカットのト書きで、甚目喜一が「一緒に暮らしていた時、(ミサトは)こういう事はしなかったような気がする……」と書き、それに対して庵野監督が「そうっスね」とコメントしている。つまり、加持は再会した彼女が大人の女性らしい立ち振る舞いをする事に驚き、感慨を持ったのだ。その感慨を表現するために「これは、どうも」で彼をアップにしているわけだ。甚目さんらしいアップカットの使い方だ。その感慨が後の「生きるって事は変わるって事だ」の台詞や、ミサトがハイヒールの靴を履いている事についての驚きに繋がっている。このシーンでリツコが、加持の事を「加持君」ではなく「リョウちゃん」と呼んでいるのも面白い。昔の仲間と再会して、気分が学生時代に戻っているのだろう。話は前後するが、結婚式のシーンの最初でウェディングドレス、ケーキ入刀、お偉いさんのスピーチ、友人達の「てんとう虫のサンバ」、司会の「では、しばし御歓談のほどを……」の5カットで、結婚式の模様を点描している。これが抜群に巧かった。こんなに上手な点描は滅多に見ない。
 式の帰りにバーでミサト、加持、リツコが呑む。ここも僕の好きなシーンだ。このシーンがよいのは、無理に大人っぽいムードを出しているようには見えない点だ。ナチュラルにいい雰囲気が出ているように思える。加持達は学生時代を振り返り、自分達が変わってしまった事に感じ入る。そういった話題を、リツコが「ホメオスタシスとトランジスタシス」という理科系の話題でまとめるあたりが『エヴァ』らしいし、リツコらしい。それに「男と女だな」と付け加えるのも加持らしい。
 第拾伍話のクライマックスは、夜道でのミサトの告白だ。彼女は、かつて加持に別れ話を切り出した本当の理由を語り、自分の想いを吐露する。加持は「自分に絶望するわよ」とまで云う彼女を抱き締めて、唇を重ねる。ここはカットの重ね方が抜群に巧いし、三石琴乃、山寺宏一の芝居も聴き応えがある。このシーンの前半で、酔ったミサトが「加持君。あたし、変わったかな?」と尋ねる。加持は勿論、彼女が変わったと感じているのだが「綺麗になった」と返す。ミサトに気を遣って嘘をついているのだ。加持は、その後でも同様の嘘を言っている。かつてミサトは加持に父親を重ねて見ていた事に気付き、彼と別れたのだが、この場面での彼は確かに保護者的だ。ここはミサトの見せ場であるのと同時に、加持の見せ場でもある。
 加持に抱き締められたミサトは、手にしていたヒールを落とす。次の2人のロングショットでこのシーンは終わるが、コンテではそのカットのト書きで「この時、ミサトの手は垂れ下がったままか、加持の背に回しているか。……どっちだ?」と甚目喜一の自問自答があり、それに対して庵野監督が「これは熟考します」とコメントを書き加えている。つまり、ミサトがここで加持を受け入れるかどうか、という事だ。完成したフィルムでは、下がっていたミサトの手は一度上げられるが、加持の背中に回される事はなく、カット尻で再び下がる。作り手が悩んだのと同じように、ミサトも加持を受け入れるかどうかで躊躇したのだ。ミサトと加持が大人の口づけを交わしている頃、マンションではシンジとアスカがいかにも子供じみたキスをしていた。それについては「第弐拾弐話 せめて、人間らしく」の稿で話題にする事にしよう。
 
 第拾伍話のサブタイトルは「嘘と沈黙」。『エヴァ』のサブタイトルの中でも解釈の難しいタイトルだ。この話では、多くの嘘や隠し事が描かれている。EVAパイロットを選出する為に設けられたマルドゥック機関は実体を持たぬダミー会社であったし、ゲンドウやリツコは地下の巨人の存在を隠していた。ミサトはかつて嘘をついて加持と別れたし、それについての告白を聞いた加持は彼女の為に優しい嘘をつく。しかし、その加持は日本政府内務庁のスパイであった。ひょっとしたら、墓参りの後でシンジがゲンドウに云った「今日は嬉しかった。父さんと話せて」や、アスカがキスをする理由について「退屈だからよ」と云ったのも嘘かもしれない。そして、その嘘や隠し事に対して、弁明する者はいない。ただ、沈黙があるのみだ。


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■第49回 エヴァ雑記「第拾六話 死に至る病、そして」に続く


(06.06.07)

 
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