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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第53回 エヴァ雑記「第弐拾話 心のかたち 人のかたち」

 『新世紀エヴァンゲリオン』という作品は、身体に関する意識が希薄である。第弐拾話ではシンジが肉体を喪って魂だけの存在となるが、本人が現実世界に戻る事を望んだ事により、簡単に肉体が再生されてしまう。EVAの操縦に関しても問題になるのは、EVAとパイロットのシンクロのみであり、運動神経や筋力、銃器の扱いに関する技術が求められる事は殆どなかった。シンジ達がEVAに乗るために肉体を使ってトレーニングをするシーンは一度もない。肉体はあまり重要視されないのだ。この話でミサト、アスカ、レイがシンジの上に乗った性的なイメージがあり、彼女達はシンジに対して「心も体もひとつになりたくない?」と問う。僕達はこれをストレートにセックスに結びつけて考えてしまうが、後に「第26話 まごころを、君に」で、実際に「身も心もひとつになる」というのが、どういったものなのかが描かれる。『エヴァ』世界に於いて「身も心もひとつになる」とは肉体が形を喪って、本当に身体と身体がひとつになる事だったのだ。
 前回に『エヴァ』に於ける男性性について書いたが、身体性の希薄さも『エヴァ』が現代的な作品である事の証左であるだろう。オタクという単語は、意味するところが曖昧な言葉であるが、『エヴァ』がオタク的である事と、身体性の希薄さは深く結びついているはずだ。

 第弐拾話の前半で、これから使う事になる第二発令所にリツコ達がやってくる。第二発令所の作りは、第一発令所と同じ作りなのに、マヤと青葉は違和感を感じると云う。同じ作りなのに違和感を感じるのは、つまりは彼等の気持ちの問題なのだろう。前半でその話題を提示しているのは、この話が「心の話」である事を示しているのだろう。
 この話の英文サブタイトルは「WEAVING A STORY 2: oral stage」。「WEAVING A STORY 2」の部分が示す通り、第拾四話と同様の総集編的なエピソードだ。ただし、過去の展開を振り返るような内容ではない。第拾六話にもあった内的宇宙でのシンジの葛藤を中心として、新たな物語が紡がれている。oral stageは、精神分析の用語で口唇期の事。口唇期とはフロイトのリビドー発達論における、最初の発達段階。口が悦びの主要な源泉となる時期である。後半でミサトとリツコが自動車に乗っている時に、カーステレオからラジオのDJ番組が流れているが、そこでも女性DJが oral stageについて話している。その内容を要約すると「男が乳離れができずに、恋人に母親の姿を重ねるのは、女性の立場からすると大変なんだよ」という事。彼女はそれをoral stageと云っているわけだ。彼女が云っているのは口唇期というよりは、口唇期性格だ。口唇期性格の特徴として、独立心が弱く、他者へ依存する傾向が挙げられる。

 シンジの内的宇宙での葛藤は「敵とは何か」であり、「戦う理由」である。第拾六話の内的宇宙のシーンでは、ゲンドウに誉められた事を彼は心の拠り所としていたが、今度は「敵」のイメージとの繋がりで、ゲンドウが登場する。かつてシンジはゲンドウを恐れつつ、同時に彼の愛情を欲していた。だが、第拾八話でゲンドウに裏切られた事により、彼に対する執着がなくなり、他の人達に救いを求める様になったのだろう。シンジは自分がEVAに乗っているから、皆が優しくしてくれるのだと云う。そして、こんなに戦っているのだから、もっと優しくして欲しいと願う。「僕に優しくしてよ!」と叫ぶシンジこそが、口唇期性格だ。
 口唇期に於いて乳を飲むという唇を使う行動で満足な経験を得られなかった人物は、口唇期性格になる。内的宇宙の最後に、シンジは、自分が赤ん坊だった頃の一場面を目にする。ゲンドウと母親であるユイが、自分の誕生を祝ってくれた事を知ったシンジは、現実世界で生きる希望を見出して自分の身体を取り戻すのだ。その場面ではシンジがユイから授乳される映像が挿入されているのに注目したい。口唇期性格となったシンジが過去に遡り、母親から乳を飲んだ為に、口唇期性格が解消されたのだと解釈する事もできる。

 シンジが生まれたのはセカンドインパクトの後、まだ世の中が混乱していた時期だった。シンジが赤ん坊だった頃の一場面で、ゲンドウは地獄のような時代に息子が生きていく事を心配するが、ユイは「生きていこうと思えば、どこだって天国になるわよ。だって生きているんですもの。幸せになるチャンスはどこにでもあるわよ」と語る。生きてさえいれば幸せになれるチャンスはある。『エヴァ』全話の中で、最もポジティブに人生について語った台詞である。ユイは、すでにこの世の人ではない。少なくとも人間の姿をした彼女はいない。だが、そのように人生について前向きに考え、幸せを見つけられる人間が本当にいたのなら、それはシンジにとって『エヴァ』の作品世界にとって救いに繋がるのではないだろうか。ユイがどんな人物だったのか。それが分かるのはまだまだ先の事だ。

 放映当時に視聴者を驚愕させたのは、本筋であるシンジの内的宇宙の葛藤ではなく、最後のミサトと加持のラブシーンだった。画面はベッドサイドの鏡台をずっと映しており、オフ台詞の音声のみで描写されているのだが、それは濡れ場そのものだった。中でも「ヤダ……変なもの入れないでよ」の台詞は、セカンドインパクト級の破壊力。鏡台の上に、開けられた避妊具が置かれているところなど、実に生々しい。ミサトのあえぎ声は、アフレコ台本には詳しい指定はなく、三石琴乃にお任せであり、台本の当該カットには「三石様、何卒よろしくお願いいたします。庵野拝」との言葉が添えられていた。各話のアフレコ台本は、そのテキストがDVDに収録されている。より『エヴァ』のディテールを愉しみたい人は、それを読んでみるのもいいだろう。


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[DVD情報]
『NEON GENESIS EVANGELION』
発売元:キングレコード/vol.1〜vol.7・各巻4話、vol.8・2話収録/vol.1〜vol.7・3990円(税込)、vol.8・3675円(税込)
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■第54回 エヴァ雑記「第弐拾壱話 ネルフ、誕生」に続く


(06.06.14)

 
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