アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その80 映産労の講演会

 今回はまた少し時間を戻して、1975年3月に映産労主催で行われた高畑勲さんの講演会について書いておこうと思います。この催しについては連載第68回でアニドウ機関紙「FILM1/18」の内容を紹介した中で少し触れていますが、映産労の「アニメを見る会」でのことです。上映作品はもちろん『ホルス』。当時は映産労の活動が活発だった時期で、有原誠治さんたちを中心に意欲的な活動が重ねられていました。この「アニメを見る会」もその活動の一環として行われたものです。
 場所は富士見台の虫プロダクション第2スタジオの一室。長テーブルと折り畳み椅子が並べられた会議室のような設えの部屋で、『ホルス』は16ミリ、ニュープリントのフィルムでした。参加者は映産労の組合員に限らず、当日の会費(一般250円)を払えば誰でも参加できましたが、やはりアニメ業界に働く人たちがほとんどだったと思います。
 ニュープリントの『ホルス』に感動を新たにした後で高畑さんが前方の机につき、学校の教室のような雰囲気で講演が始まりました。
 私は高畑さんのお顔を拝見するのはこれが初めて。憧れの東映長編の、それも『ホルス』のスタッフのお話を直接聞けるなど当時は夢のようなことだったので、高畑さんが部屋に入ってきただけで軽い興奮を覚えたものです。当時こうしたスタッフの話を聞く機会というのはほとんどありませんでした。全国総会等で飛び入り、あるいは招待の作家の方と交流する場面を除いては。高畑さんは東映動画の労組で活動していた方ですので、同じ立場の映産労の企画だからこそ実現した会だったのだと思います。
 高畑さんは『ホルス』を今見ると欠点が目立って恥ずかしいと言いつつも熱心に話をしてくださいました。『ホルス』の制作当時の話、例えば制作準備に取りかかった頃の様子や、脚本に難航して稿を重ね、自身でも書かれたこと、作画監督の大塚康生さんをはじめとするスタッフの方々の仕事ぶり等を話され、今のどんどん厳しいものになっていく制作条件等の問題点にも言及されていました。さらに、若き日に『やぶにらみの暴君』を見てアニメの仕事を志したこと、自分の今までの作品の中で一番落ち着いて見られるのは虚構に徹した『(旧)ルパン三世』であること等を話されました。
 この夜に語られた話の中で、『ホルス』の制作については後に高畑さん自らが解き明かす「『ホルス』の映像表現」(徳間書店アニメージュ文庫)にまとまり、『やぶにらみの暴君』への強い思いは、後に作者のグリモー自身が作り直した『王と鳥』を交えた論考「漫画映画の志」(岩波書店)を生みました。この夜の講演会はそこへ至る歴史的第一歩だったのかもしれません。

 映産労の催しでは別の機会に開かれた大塚康生さんによる動画の講義も印象的なものでした。大塚さんがAプロにいた頃で、私は大塚さんにお会いするのもこの時が初めてでした。
 皆の前に立った大塚さんはまず、チョークで黒板の端から端まで1本の長い横線を引きました。それを紐として左端を固定し、右端を人間が持って高く掲げたその手を振り下ろしたら紐はどんな動きをするか、各々イメージするようにという課題を出されました。ややあって、斜めにピンと持ち上げられた紐と、動き終わって水平に戻った紐の間を機械的に直線で割ってはだめで、振り下ろした瞬間、右端に生じた力が空気の球のような感じで紐を伝って左へ移動していき、端へ抜けるようなイメージで描くのだということを実際に黒板に動きを描きながら説明してくれました。この空気の球が移動していくことをイメージしての動画は、例えば風をはらんで揺れるスカートの動きにも応用されます。空気の球が端から抜けるのが肝心で、そうしないでただ中を割っているだけだと腰を中心にスカートがぐるぐる回転しているような妙な動きになってしまうのです。
 この日の大塚さんの講義は初歩的なものでしたが、どれも慣性や重心移動といった運動の法則にのっとった理論的かつ実践的で分かりやすいものでした。動きを描くには対象の観察が何よりも重要ということも、ご自分の経験に沿って強調されていました。
 大塚さんはとても気さくな方で、アニドウとしては後の「FILM1/24」誌上や『未来少年コナン』の特集本等でずいぶんと協力していただきました。私個人としても現在もご自宅へおじゃまして話をうかがう等、本当にお世話になっており、感謝に堪えません。
 こうした大塚さんの教えが反映された本に、アニメ6人の会編著の「アニメーションの本—動く絵を描く基礎知識と作画の実際」(合同出版、1978年4月刊行)があります。大塚さんは直接の編著の立場ではありませんが、同書の「あとがき」に大塚さんにいろいろご教示いただいたとあります。この本には図版や実践のための例題も多く、アニメ技術に関する書籍が多く出版されている現在でも、手描きアニメの基礎を学ぶ上で役に立つ1冊と言えるでしょう。現在は改訂新版が出されており、30年後の今も入手可能なことがその価値を伝えていると思います。

その81へつづく

(10.04.23)