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COLUMN
板垣伸のいきあたりバッタリ! 第73回
板垣的アニメ雑記(6)
いろーんな人たちに会える(その2)

 (前回からの続き)

 奥山玲子展――銅版画とアニメーション

 に行ってきました、神楽坂。白石(嫁)と一緒に6月15日の日曜日。



小田部先生(以下)「お、何? 太ったんじゃない?」
板垣(以下)「だから“成長”ですよ“成長”。先生も髭、髭」
「(髭を触りつつ)うん、奥山の看病をしてた時から伸ばしてんの」
「あ、去年荻窪でバッタリ会った時も髭ありましたよ。あれも6月だったから、奥山さん亡くなられたすぐ後ですよね。今、どーですか(漠然)?」
「いやあ、寂しくってね……」
「そうですか……」
「だって、44年も“いて当たり前の人”がいなくなっちゃうんだもの。そりゃ寂しいよ。僕、こんなになるとは思ってもみなかった……」
「44年ですか、長いですね……。(話題転換、隣りの白石を指し)嫁です」
白石(以下)「(頭を下げ)直子です」
「おお、おめでとう。結婚したんだね。どこで知り合ったの?」
「ガイナックスって会社で……」
「(白石を指し)仕事は何を?」
「制作です」
「ガイナックスで制作プロデューサーをやってます」
「おおっ、凄い! じゃあ、板垣君より偉いんだね(笑)」
板・白「ははははっ!(笑)」
「(傍に置いてあった“小田部羊一アニメーション画集”のチラシを見て)うおっ、画集出すんですか!」
「うん。アニドウのなみき(たかし)君がね……。そうそう、去年会った時はOH!プロでこの本の打ち合わせだったんだよ。なみき君、今度OH!プロの社長になって……」
「(点と点が繋がって納得!)あ、だからあの時ブラブラとOH!プロに向かってたんだあー!
「そう(笑)」

 ――てな感じで、寂しそうだったけれども元気そうでもあった小田部先生でした。
 小田部先生は自分が学生の頃(もう15年前になりますか……)から、全く変わらず優しく温和な方です。実際、俺がアニメーターになるきっかけはそんな小田部先生の性格そのものに憧れたからなのかもしれません。だって、もともと演出家希望だった自分が、なぜ小田部先生の“動画構成”って講義を受けようと思ったのかと言えば、その動機は結構適当で――

 せっかくアニメの学校なんだから、子供の頃遊びで描いたいわゆる“パラパラマンガ”の根拠・仕組みを知りたい!

 って事だけ。けっして将来アニメーターになりたかったから受講したわけではありませんでした。そりゃあ“演出家とは言ってもアニメの場合は作画を知ってた方が有利”な事はなんとなく知ってたけど、正直マジメに作画の勉強をする気はなかった……と思います、当時。
 でも、“目の前にあるものはなんでも一所懸命やらないと面白くない”と確信している板垣(だから逆に一所懸命になれないもの、例えばゲームとかスポーツなどは目の前に置かない俺)は、小田部先生の講義は一所懸命やりました。
 で――ごめんなさい。コンテやんなきゃ! なのでまた次週。



(08.06.26)

 
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