β運動の岸辺で[片渕須直]

第120回 金色と書いて“こんじき”と読む

 アリーテ姫の風体については、有名なアメリカの画家アンドリュー・ワイエスの父である挿絵画家N・C・ワイエスが描いた、ロビン・フッドの恋人マリアンをモデルにしている、ということは前に書いた。別にロビン・フッドであることに特に意味があるわけでなく、中世的であってなおかつちょっと特徴的な髪型を得たかったのだ。
 N・C・ワイエス描くところの“Robin Meets Maid Marion”(1917)というこの絵では、マリアンは耳のところをふわふわと覆う横に広がった髪型をしているだけでなく、金色に見えるヘアバンドをしている。というより、ヘアバンドで額のあたりを絞めているから、その下が広がっているわけで、この髪型にする以上、ヘアバンドは欠かせない。
 ワイエスが描いたのは、たぶん金糸を織り込んだ布で作ったヘアバンドなのだろうけれど、われわれのアリーテ姫ではこれを金属の輪ということにして、姫君の冠の代わりとしようと思った。思い立ってしまったらたいへん、これを金色に塗るすべを考えなければならなくなってくる。
 その昔、演出助手の仕事を始めてすぐの頃、『名探偵ホームズ』「ソベリン金貨の行方」のとき、ギルモアの御金像なるものを試し塗りしてみろといわれて、仕上で絵具を借りて塗ってみたら、
 「なんだっこりゃ、カレーか?」
 といわれてしまったこともすでに書いた。マンガ的に黄色で塗って「これは金色です」という前に、もうちょっと何かできないかと思ってしまったからなのだが、どちらにしても、金色とはなんなのか見抜くには自分のアプローチが浅すぎた。端的にいえば、コントラストについての思慮が浅すぎた。
 『アリーテ姫』の頃になると、『名犬ラッシー』のオープニングで使った流れ星の手法が使えないか、と思うようになっている。『ラッシー』のオープニングの流れ星は、セルの塗り分けだけで作ったのだが、階調を塗り分けでうまくやれば、明暗のグラデーションを作り出せることがやってみたかったのだ。「金色」を作り出すのが明暗のコントラストなのだとすれば、これを塗り分けで表現することも可能なはずだ。
 アリーテの頭の金色の輪には、必ず撮影するカメラ側にハイライトをつけることにする。反対側、カメラから遠い側にあたる左右の両端にはカゲ色をつける。そして、これらをうかつに当たり前な「ハイライト」だとか「カゲ」だとか思わないようにする。アリーテが頭を回転させてもこの関係は不変であることを貫くし、光源がどこにあろうとそれに影響されないことにする。ごく単純にカメラに近い手前が明るく、遠くが暗い、という関係を作るだけにして、「ハイライト」「ノーマル」「カゲ」という3色の塗り分けを、単純に、丸い輪の「手前—奥」の立体を示すためだけに使うのだ。
 その上で、ハイライトはほとんどホワイトに近いまでに明るく、カゲはブラックに近く暗くしてコントラストを作る。

 と、そのようなことを考えていたのは、まだキャラクターデザインの頃のことだったのだが、ひょっとしたら今回の作品で仕上がデジタル化したことで、もっと金らしい金色の表現ができはしないか、と考える端緒となった。
 金というのは、金属光沢そのものなのであって、本来は固有の「色」ではない。光沢面に周囲の光や、景色が反射して映っているだけなのだ。だとすれば、光沢を持つ面が向きを変えれば、明るさや何かは途端に変わってしまう。この様子を連続的に作り上げれば、つまり次々と向きを変えさせて、そのつど塗る色を変えていってやれば、金属光沢自体が表現できるはず。その過程には、実に微妙な色調を使わなければならない瞬間があるはずで、従来の絵具の瓶の数に制約されていた色指定ではそんなのは無理だろうけれど、実用上無段階に色が使えるデジタルだったればこそ、そういうこともできるのではないか。
 と思ったのが、キャラクターデザインの頃、つまり、まだ冒頭付近の絵コンテを切っている頃だったので、実際の仕上テストなしに、どんどん内容に取り入れていってしまった。「猫脚の金の宝石箱」「永久機関」「城の地下工房で職人たちが作りだす金貨」「金の表紙の本」、そして最後の大物である「金色の鷲」。

 実際に作業するにあたって、金貨だとか、本の表紙なんかは、面の動き方が二次元的なので、あたる光の変化も単調で比較的楽だったが、単純に「暗」→「明」→「暗」と変化させるのでなく、

 「暗1」→「明」→「ギラリ」→「明」→「暗2」

 として、光沢面が光源からの光をカメラ真正面に向けて反射する、眩い瞬間を作り出してやると格好がいい。そして出発と終点の暗いときの色を同じに揃えてしまわないのもミソであるように思ってやってみていた。
 「猫脚の金の宝石箱」「永久機関」「金色の鷲」くらいになると、立体がもっと複雑なので、それぞれの時点での明暗のつけ方も考えなければならない。こういうとき、浦谷千恵さんが頼りになった。彼女はアニメーターとしての初期教育で塗り分けを教わっていたので。こうした金色の立体物が出てくるカットは、カゲ・ハイライトの塗り分けなく原画で動きを作ってもらって、それに浦谷さんが塗り分けを(しかも、光の受け方が変わるぶんだけ、カゲやハイライトのつけ方が変わる塗り分けを)、乗せていった。
 それを、動画に回し、仕上に回ってきた時点で、モニター上で色を作る。すでに背景が上がってきていることが、このときの条件で、その背景の空間に置いたときにはじめて金色に見える色を作る。それも一番多い「猫脚の金の宝石箱」で、ワンカットについて5パターンくらいも。

 できあがりは、DVDでも回してどうなっているかご覧になってほしい。ついでにいえば、DVDの特典映像には、この辺の金色作りの過程がチラっと紹介されていたりもする。
 結果として、なんだか3DでモデリングしたCGじゃないかと思う感じになっているのではないかと思う。実のところ、もう少し手作り感の味わいが出せればよかったと思う。
 しかし、金色のものが画面の中に増えてくると、途端に「中世」の趣きが増してくるからおもしろい。ということは、金色なんて現代ではさほど魅力的なものでもなんでもなくなってしまっているのだなあ、と思ってしまうのだった。

第121回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(12.03.26)