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STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(2)
「一石三鳥」のアイディア『Amazing Nuts!』


小黒 田中さんとしては、『鉄コン筋クリート』で初めてアフレコディレクターとしてクレジットされたのも事件ですよね。
田中 エンディングには一度クレジットで入れたのだけど、結果的には外してしまいました(編注:試写用プリントには入っていました)。だから、自分で事件として申告します。
 やっぱり、日本語で台詞を収録するわけですからね。マイケル・アリアスは日本語でも言葉の行間を読めるくらい鋭い人間だけれども、イントネーションとか細かいところでは、どうしてもネイティブ(日本語)のOK出しが必要になる。それはきちんとやらなくちゃ、という事もあり、最終的にマイクから「田中さんとやりたい」と言われて。『マインド・ゲーム』の時に結構苦労したから、今回は無理じゃないかと思ってたんだけど、「よっしゃ!」って覚悟を決めて。……本当、体力的にはボロボロになりましたね(苦笑)。
小黒 どれぐらいかかったんですか?
田中 大体、ひとり1日かけて収録しました。プロの声優さんの部分はまとめて録らせてもらったんだけど、今回は(映画や舞台の)役者さんが多かったでしょう。まず口パクに慣れてもらうところから始まって、じっくり作品に付き合ってもらっています。実は今回のキャラクターは他の作品と比べて、画の中でもの凄く演技をしてるんですよ。作画の段階で、感情を込めた芝居が計算されているのね。その画と、役者さんの台詞を合わせなきゃいけない。その両者の感情がピタッと合う瞬間、そこに来るまでに時間がかかるんです。でも、やっぱり役者さんは感情作りがもの凄く巧いので、一度その感情を作ると、ピタピタピタッとはまってくるのね。それは素晴らしかったです。

▲『鉄コン筋クリート』の1シーンより。シロ(左)役の蒼井優、クロ(右)役の二宮和也による素晴らしい演技には驚かされる。脇を固めるキャスト陣の妙演も楽しい

小黒 基本的にはひとりずつ収録していったんですか?
田中 ひとりずつですね。もっともシロとクロは、ひとりにつき3日とか4日とか、かかってます。
小黒 役者さん同士で同時に録ったところはない?
田中 ないです。
小黒 例えば、先に録ったシロの声を聴きながら、クロの声を録るとかは?
田中 あ、それはしてます。収録した分は画に合わせて、インカムで聴けるようにして。だけど、それを聴かずに自分の演技だけに集中する人もいるし、聴きながら合わせていく人もいるし。人によってやり方はまちまちでした。
小黒 次に機会があれば、また音響演出もやりますか?
田中 やらないです!
小黒 (笑)
田中 今回はホントにたまたまですから。いろんな条件的に、音響監督が立てられなかった事と、外国人である監督に代わって誰かが監修に立たなければならない、という事で。私とマイクはシナリオの一言一言、ホントによく話し合ってきたから、新たに誰かに役者さんとの橋渡しをしてもらうより、拙くても自分達で意味を伝えたいという思いも強くて。実際凄く面白かったですよ、田中泯さんとか特にね。
岡本 個人的に「鈴木(ネズミ)=田中泯」というキャスティングは本当に意外で、びっくりしました。
田中 田中泯さんの台詞を収録した時は、子分の木村役を演じる伊勢谷さんがまだ収録していなかったんですよ。だから私が一緒に中(ブース)に入って、伊勢谷さんの代わりを演じたんです。普段は私達は調整室の方にいて、防音ガラスを隔てて役者さんとキャッチボールするんですけど。その時だけは私も一緒に入って田中泯さんと「こういう風に」とか「そういう感じで」とか相談しながら、何回も何回も、自分達でリテイクを出しながらやっていきました。収録が夕方の4時から始まったんだけど、終わって気がついたら夜中の1時半。
岡本 ああー、凄いですね。
田中 食事もせずに9時間半! でも、一瞬でしたね。4時から夜中の1時までが、あっという間。自分の中でも、あれは初めての体験ね。ブースの中に入って、役者さんの相手役をするなんて事も初めてだけど。凄く密度の濃い時間でした。これはアフレコディレクターの仕事とは言わないでしょうね(笑)。
岡本 プレスシートのお手伝いをさせてもらった時、キャスト全員の声が入る前のラッシュを観る機会があったんですけど、伊勢谷さんの代わりに木村役をアテている田中栄子さんの声が残っていて。田中さんの演じた木村もよかったですよ。
田中 もう、自分も気持ちが入っちゃってね。最後のところは本当に涙流しながらやってましたよ。2人っきりでやってると、だんだん本気になってくるじゃないですか。そしたら、調整室でお喋りしながら聴いてたスタッフも、そのうちみんな真剣になってきて、最後はお互い「シー……ン」となってやっていたらしいですね。
岡本 気迫が伝わってきたという事ですね。
田中 そうそう! で、その後、伊勢谷さんがアフレコしているのを聴くわけじゃないですか。なんとなく私が喋っていたイントネーションと似てるのね(笑)。それが自分でもおかしくて。もちろん声も違うし、演技の仕方も断然うまいけど、気持ちは同じになるんだな、みたいな。親近感を持ちました。
 その私の音声の入ったテープは貴重だなあ、あとで是非ください!
岡本 今度持ってきます(笑)。

▲『Amazing Nuts!』より。左上から時計回りに、中山大輔監督「グローバルアストロライナー号」、山下卓監督「GLASS EYE」、青木康浩監督「たとえ君が世界中の敵になっても」、4°F監督「Joe and Marilyn」

小黒 で、『鉄コン』というビッグタイトルも作りつつ、相変わらず作家主導の短編作品もたくさん作られているわけですね。先に『Amazing Nuts!』の事をお訊きしたいんですけど、これはどういう経緯で作られたんですか?
田中 ちょっとイイ事を思いついちゃったんですよ。一石三鳥。
小黒 というと?
田中 うちって、ミュージッククリップが得意でしょ。その3分くらいの映像の中には、実はもの凄いドラマが隠されているんだけど、それはクリップの中だけで展開するものとして作ってきた。でもそれがもっと大きな、例えば映画とかTVシリーズを見据えたものであったならば、ミュージッククリップでありつつ、別の視点から見ればパイロットフィルムになる。それを10分にしたら、オリジナルのDVDが作れる。一石三鳥でしょ。
小黒 なるほど。
田中 しかも、STUDIO4℃って元々オリジナルを作りたい会社なのに、なかなかチャンスがない。どんどんオリジナルが作りにくくなる世の中で、新人にはなおさらチャンスがないわけです。そこで、若い監督達が音楽アーティストと組んで映像作品を作り、それが世に出て資金を回収できるルートを作れば、新人が次々とオリジナルを作っていく企画として成立するんじゃないか。それで、エイベックスに売り込んだんです。
小黒 じゃあ、これはSTUDIO4℃発の企画なんですね。
田中 ……でもねえ、なかなか難しかった! 一石三鳥って、そうは巧くいかない(苦笑)。
小黒 そうなんですか。
田中 結局、このコンセプトを維持して、やり続ける事に意味があるので、また来年も制作続行する事になりました。
小黒 ああ、第2弾は決まってるんですね。
田中 作ります。自分達でものを作っていくための発想力を、会社の中に根づかせていく。難しい事だけど、それをこの業界の中で実践していきたい。今回のプロジェクトを通して、若いスタッフが主体的に作品を作る立場になった時、彼らのものの見方が変わっていくのを強く感じました。『Amazing Nuts!』を作り続ける事で、凄いものが生まれてくるという予感と確信は得られましたね。
小黒 なるほど。まずその第1弾のメンバーなんですが……。
田中 中山(大輔)さん、山下(卓)さん、青木(康浩)さん、それから新しく「4°F(ファーレンハイツ)」というチーム監督ができまして。
小黒 それはどういう?
田中 STUDIO4℃の℃は「Centigrade」という、氷点から沸点までを100に分けた単位なのだけど、「Farenheit」つまり華氏というのは、人間が熱いと感じるか寒いと感じるかという、人間が肌で感じる温度設定なんです。だから、STUDIO4℃のスタッフ、体温のある人間達が作っているという意味で。単位だから「s」なんてつけちゃいけないんだけど、5人いるから複数形のsをつけて「Farenheits」。
小黒 なるほど。
田中 アンディ&ラリー・ウォシャウスキー兄弟作品とかあるじゃないですか。だから監督は複数でもいいんだ、と。また次も「4°F」で1本作りたいと思ってるんだけど、その5人はメンバーが入れ替わっていきます。
小黒 青木さんと中山さんは、これまでもSTUDIO4℃で短編作品をたくさん作ってこられてますが、山下さんという方は?
田中 山下さんはシナリオライターで、小説家です。でも書いてくるシナリオがとても映像的で、打ち合わせをしている時に「ちょっとコンテも描いてみますか?」と振ってみたら、こんなに描きたいものがあったんだ! とはっきり分かる具体的なビジョンがあった。つまり、元々頭の中に映像があって、それを文章家として言葉にして書いていたのだという事が分かったのね。それで「じゃあ、その描いた映像をそのまま、うちのスタッフと一緒に作ってみませんか?」と持ちかけてみたんです。面白いものだな、と思いますね。やっぱり描きたいものと意志があればそれは形になっていく。
小黒 なるほど。まだ本編を観ていないので楽しみにしています。これは今後も続いていくプロジェクトなんですね?
田中 そうです。
小黒 そういえば、「スウェットパンチ」はもう完結したんですか。
田中 「スウェットパンチ」は来年1月に、「ディープ・イマジネーション」というタイトルでDVDが発売されますよ。「スウェットパンチ」の4本に、今年の夏に劇場公開した伊東伸高さんの『ガラクタの町』が収録されています。
小黒 今思えば、あの一連の作品群のコンセプトはなんだったんですか?
田中 あれは、後でつけた「ディープ・イマジネーション」というタイトルが全てを物語っているように思えるのね。オープニング映像を観てもらうと分かるけど、“Wake”という名前のロボットが出てきて、「目覚めよ! 細胞の中の創造する魂達」みたいな事を英語で話すんです。自分達は何かをクリエイトするために生まれてきた。私達の魂は元々何かを創造するためにあるのだから、それを愉しもう、と。その映像を作ったのは『マインド・ゲーム』が終わった後だから、もう3年ぐらい前なのかな。そこで言っている言葉そのものが、『GENIUS PARTY』をも体現しているのね。

●STUDIO4℃・田中栄子インタビュー(3)へ続く

●関連サイト
STUDIO4℃ 公式サイト
http://www.studio4c.co.jp/

『鉄コン筋クリート』公式サイト
http://tekkon.net/

『Amazing Nuts!』公式サイト
http://www.avexmovie.jp/lineup/amazing-nuts/

『GENIUS PARTY』公式サイト
http://www.genius-party.jp/

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(06.12.26)

 
 
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