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■『河童のクゥと夏休み』
原恵一監督インタビュー

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『河童のクゥと夏休み』原恵一監督インタビュー
第1回 もっと自分なりに物語を作り上げていきたい


小学5年生の男の子・康一と、現代に蘇った河童・クゥの友情を描いた秀作『河童とクゥの夏休み』が、7月28日から全国劇場で公開されている。脚本と監督を手がけたのは、『クレヨンしんちゃん』『エスパー魔美』の原恵一。木暮正夫の児童文学「かっぱ大さわぎ」「かっぱびっくり旅」をもとに、およそ5年の歳月をかけて完成させた渾身の一作だ。長い制作期間を終え、現在はプロモーションに奔走する原監督に、お話をうかがってきた。


プロフィール
原恵一

1959年群馬県生まれ。PR映画の制作会社を経て、1982年シンエイ動画に入社。『ドラえもん』で演出デビューし、1987年『エスパー魔美』でチーフディレクターに抜擢される。初の劇場映画監督作は、1988年の『エスパー魔美 星空のダンシングドール』。その後、『21エモン』監督を経て、『クレヨンしんちゃん』にコンテ・演出として参加。本郷みつるからシリーズ監督を引き継ぎ、2004年まで務めた。映画『クレヨンしんちゃん』シリーズでは、1997年の『クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』から、2002年の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』まで6本を監督。2001年の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』は、子どもだけでなく大人の観客からも絶大な支持を集め、一躍その名を世に知らしめた。

●2007年7月5日
取材場所/銀座・松竹
取材・構成/岡本敦史




── 「かっぱ大さわぎ」との出会いは20年程前とうかがったんですが、原作のどのあたりに惹かれたんでしょうか?
原 木暮(正夫)さんの原作は、「現代のどこかに河童がいた」という話ではないんです。江戸時代に生きていた、河童としても未熟な子供の河童が現代に蘇って、普通の家族と一緒に暮らし始める。そのアイディアが抜群に面白いと思ったんですよ。そこから何かいろいろなものが生まれるんじゃないかな、と思って。原作にもたくさんエピソードはあるんですけど、僕自身の中からも何か出てきそうな気がしたんです。
── どちらかというと「これはこのまま映画になるな」という印象ではなく、どんどんインスピレーションが湧いてくるような出会いだった?
原 そうですね。児童文学を原作に何かを作りたいと思ったきっかけとして、原作をもとに自分で物語を膨らませていく作業がしたかった、というのもあるんです。マンガ原作のアニメを作る場合は、大体、原作どおりに作ってしまうと思うんですけど。
── それまで藤子不二雄作品や『クレヨンしんちゃん』などを手がけてきて、そこでやりたくてもできなかった事を『河童のクゥと夏休み』で発散させたい、という思いはあったんですか。
原 いや、発散でもないですけどね。それらの作品をやってきたおかげで、得るものはたくさんあったと思うし、それがあったおかげで『河童』も作れたと思うんですよ。「できなかった事をやりたい」という部分も確かにあったけど、それだけではないです。もっと自分なりに物語を作り上げていきたい、という気持ちが強かった。
── 物語の作り方はこれまでの作品とはかなり違うと思うんですが、原監督自身の中で「今回はこうしてみよう」という意識などはあったんでしょうか。
原 結構、長い時間の中でやりたい事が増えてきて、自然に入れる要素がたまっていった、という感じなのかな。もちろん、中には諦めた部分もあるんですけどね。
── 絵コンテには相当な時間をかけられたそうですが、特に難しかったところはどこですか?
原 いやいや、今回はあらゆるところで悩みましたよ。「答えが出ない」っていうのが一番つらかった。
── というと?
原 絵コンテを描いたそばから、それが正解に思えないんです。台詞にしろ何にしろ、やってる間はずーっとそんな事を悩んでました。
── そのあたりの微妙なさじ加減がきいているというか、非常にデリケートな作品という印象を受けました。絶妙だなあ、と思うところがいくつもあって。
原 ありがとうございます(笑)。
── 演出的には、あまりカッコよくなりすぎず、退屈もさせないよう、ひたすら中庸なところを狙っていった感を受けたんですが。
原 狙ってる、といえるのかな……まあ、ひたすら自分の好みに従ったら、結果的にああなったという感じですね。特別力んだわけでもなく、僕の行きたい方向がああいう感じだった。それは、他の人があんまりやりたがるものではないな、とも思ってたんですけど。
── 主人公の妹や、学校でいじめられる女の子、オッサンという名の飼い犬など、映画オリジナルのキャラクターも多く登場しますね。
原 これも、内容を考えていく過程で少しずつ増えていったと思うんです。いっぺんに出てきたわけではなくてね。妹も入れてみたら面白いかな、とか、康一君の初恋っぽいエピソードを付け加えたくて紗代子が出てきたり、とか。
── 一方では原作の持ち味も拾いつつ。
原 ええ、それはもちろん。あの原作と出会わなければ、この映画は作られなかったわけですから。作っていく過程で僕のオリジナルな要素が入ったりして、比べると違う部分もあるんですけど、僕としてはやっぱり木暮さんの原作が全てのスタートだった。
── 今回の作品では、思春期の少年の感情を描きたかった、とも聞きました。
原 そうですね。それはやっぱりどうしてもやりたかった。そこも結構、悩んだところでしたね。康一と紗代子の関係は、クゥとは直接絡まない話ではあるけれど、描くからにはどこかで関連性を持たせないといけないとも思った。無関係なエピソードとして置いておいてもいいけど、やっぱり何か関係のあるものとして最後の方で描いたわけです。今回、そういう事をいちいち考えるのが厄介でしたね。うん、楽しくはなかった(苦笑)。
── でも、監督のやりたい事はかなり存分に詰め込まれてますよね。
原 うーん……そういう風にものを作るのは、きっと楽しいだろうな、と思ってたんですよ。でも実は、それなりにしんどい作業だった。ひとつひとつが、自分にとっては重大で切実な問題だったりするわけなので。だから「楽しい」とか思う余裕はなかったです。苦しかった(苦笑)。
── 劇中では、随所に監督自身のヒューマニストとしての視点、人間観が色濃く反映されていると思います。例えば、旅に出る息子の背中を見送るお母さんが涙ぐむシーンだったり。そういう部分をつぶさに描く作品は最近少ないと思いますが、今回はそのあたりもしっかりやろうと?
原 そうですね。アニメではあまりないのかな……逆に「なんでないんだ」って思いますけどね。そういう部分を指摘して言ってくれるのは嬉しいんだけど、逆に疑問を持ったりしますよ。なんでアニメはそういう事ができていないんだろう、と。
── 作品としては、当然……。
原 やらなきゃいけない事だと思うんですよね、僕は。

▼『河童のクゥと夏休み』本編より。キャラクターデザインは末吉裕一郎

── 今回、キャラクターデザインと作画監督を担当された末吉裕一郎さんは、やっぱり第一希望のパートナーだったんですか?
原 そうです。ある時期から、この作品をやるなら末吉さんだろうと思っていました。10年ぐらい前、ある会社でアニメの企画公募があって、その時に初めて『河童』の企画を出したんです。そこでもう末吉さんに画をお願いしてましたから。
── そうなんですか。
原 ええ。スチールみたいなものを作ったんですけど、美術もその時から中村(隆)さんで。そこですでに、僕の中で『河童』のメインスタッフは決まっていた。
── それからメンバーは変わらず。
原 そうですね。『温泉わくわく(クレヨンしんちゃん 爆発! 温泉わくわく大決戦)』とかやってる頃かなあ。
── デザイン的には、あまりキャラクター性を押し出したものではなく、ドラマへの没入を促すようなストイックな感じですよね。そういった画のスタイルについては、末吉さんとかなり話し合われたんですか?
原 河童のキャラクターに関しては、僕の方からはあまり末吉さんに言わなかったですね。まず最初に、末吉さんにちょっと描いてもらったものが、完成した作品に出てくるクゥの原型になってる。初めはもう少しキャラっぽかった。やや可愛らしい感じだったので、もう少し不気味さみたいなものを足してほしいと言って修正して、今のかたちになりました。
── 監督の方から細かい注文を出したりはしなかった?
原 うん、そんなにはなかったです。最初の画が気に入ったんでね。ああ、もうこの線でいいや、と思えたので。人間のキャラクターに関しては、僕の方でちょっと落書きみたいなものを描いていたので、それを末吉さんに見てもらって。「あんまり今時のアニメキャラっぽくしないでほしい」みたいな事を伝えて、それで出てきたのがこのキャラだった。いわゆるアニメ好きの人が見て喜ぶようなキャラにはしないぞ、とは思ってましたけどね。
── 見せるのはキャラじゃなくてドラマだ、と。
原 もちろんです。やっぱり主役は物語だと思ってたので。
── 自然なリアリティを重視した美術も、そういった狙いで?
原 美術の中村さんも、僕の方から何か言ったわけじゃないと思うんです。中村さんが出してきたものに、なんとなく注文を出す感じで。そこから大きく変わったところはないです。
── その他のメインスタッフについても、スムーズに決まっていったんですか。
原 ええ。大体おなじみのメンバーなんですけど(笑)。『しんちゃん』なんかで一緒にやってきた人達で。
── CGI監督の堤規至さんとか。今回、CGによる水の表現には力が入っていましたね。
原 やっぱり河童は水の妖怪ですから、そこは凝ろうと思ってました。でも、作画で凝ろうとは思ってなかった。やっぱり大変じゃないですか。だからそういう部分はCGに任せて、アニメーターさんにはもっと別の部分で凝ってもらいたいな、と思ってました。

▼劇中の1シーンより。水の表現に注目

── 冒頭、主人公が家に帰る一連のシーンでは、すれちがう自動車は全て作画で、印象に残りました。
原 車は人物と交差したりするので、CGだとどうしても馴染まないと思ったんですよね。
── あそこはロケーションを見せる場面でもありますよね。あの背景に合わせるとなると、CGでは難しいのかな、と。
原 都合のいいレイアウトにはしてないんでね。実際にある場所の写真をもとにレイアウトを描いてますから、まっすぐな道ではない。だからどうしても微妙な動きになってしまうわけで。
── それを開巻早々やってのけているのが凄いな、と。
原 (笑)
── 全体の作画についてはどうですか?
原 今回、僕は初めての人が多かったんですよ。まあ、みんながみんな巧かったわけじゃない。いわゆるスターアニメーター的な人は、今回の現場にはいないわけです。そういう人に描いてもらおうとも思ってなかったし。
── なるほど。
原 若いアニメーターさんにも巧い人はいましたし、感謝もしてます。でもそれ以上に、いつも頼りにしている人達が、今回もやっぱり頼りになったなあ、と思いました。
── 末吉さんを筆頭に。
原 そうですね。末吉さん、大塚(正美)さん、林(静香)さんとか。原画のレベルもそうだけど、スケジュールという面でも、その人達は凄いんですよ。いつ上がりが来るか大体読めるペースで、ずっとやり続けてくれる。その辺のおなじみの方達が、今回もいちばん描いてくれていると思いますよ。
── 今回、大塚さんの仕事はかなり目立ってますよね。何シーンも手がけられていると思いますが。
原 やってますねえ。追加、追加で。でもその間は、この作品に専念してやってもらえました。末吉さんもたくさん原画を描いてますから。
── 作監作業の傍ら?
原 そうです。やっぱり今回、末吉さんには筆頭アニメーターになってほしかったんですよ。作画監督、キャラクターデザイナーという事だけじゃなくてね。いちばんたくさん原画を描いてもらおうと思ってた。だから、キャラクターの統一みたいな事で言うと、相変わらず僕の作品っぽいんですけど(苦笑)。『クレヨンしんちゃん』みたいにキャラクターがいろんな顔で出てくる。ただ、僕はそれをあんまり気にしてないんでね。もちろん統一するに越した事はないんだけど、その作業で末吉さんの労力が奪われるくらいだったら、原画を描いてほしい。
── なるほど。
原 それに多分、キャラの統一なんて、一般の人達にはそれほど重要な事ではないと思っていて。『しんちゃん』の時からそうなんですけど。そういう事で喜ぶのって、よっぽどのアニメファンか、現場の人間だけなんですよ。僕はそこで「いいじゃん」とか思っちゃう(笑)。


●『河童のクゥと夏休み』原恵一監督インタビュー 第2回に続く

●公式サイト
http://www.kappa-coo.com/

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(07.07.31)

 

 
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