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■『河童のクゥと夏休み』
原恵一監督インタビュー

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『河童のクゥと夏休み』原恵一監督インタビュー
第3回 奇跡を輝かせるために、日常を描く


── キャスティングについてですが、主人公の康一とクゥを演じる子役は監督が選ばれたんですか?
原 そうです。子供達と、他の役者さん達についても、最終的には全部僕が決めました。タレントさんに関してはある程度、候補を挙げてもらったりはしてたけど、「この人のスケジュールが空いてるから使ってよ」みたいな事は一切なかった。
── 全て監督の希望通りに。
原 うん。子供達もオーディションして、僕の方で全部決めました。その分、言い訳ができない状況だったんですけどね。
── みんな、感情的なシーンでもなかなか熱演していて、頑張ってるなあと思いました。
原 子供達の演技がいいと言ってくれるのは、僕としても嬉しいですね。(アフレコが)始まった頃はあんまり巧くいかなくて。まあ、未完成の画を見ながらのアフレコ作業に慣れてない、というのが大きかったんですけど。
── 初めての現場だったらそうでしょうね。
原 それと今回、子供達と大人の役者さんは別々に録ったんです。プロの声優さんって、その場に相手がいなくても、抜き録りとか違和感なくできるじゃないですか。でも、やっぱり子供達は戸惑ったみたいですね。相手がいないのに、まるで目の前にいるかのように喋るというのは。
── 大人の収録の方が後だったんですか?
原 いやまあ、子供達の収録にわりと時間がかかったんですよ。学校があるから週末しかできなくて。その合間に、タレントさん達やプロの声優さん達の芝居を別個で録ってました。
── なるほど。監督から子供達に演技指導される事はあったんですか?
原 いやいや。だんだん彼らもやっていくうちに慣れてきて、自然にできるようになってきた。僕からも少しは注文をしましたけど、細かい演技指導とかはしてないですよ。そんなややこしい話をして、彼らを混乱させたくもなかったし。言うにしてもなるべく簡単な言葉で「もっとゆっくり」とか「もっと優しく」とか、「もっと怒ろうか」とかね。イントネーションを少し直したりとか、そんな事の積み重ねでした。彼らは彼らで考えてやってくれてましたから。声優ではないけれど、子役というれっきとしたプロの役者なんでね。
── 時間が経つほどによくなっていったわけですね。
原 いや、素晴らしかったですよ。やっぱり子供達でよかったな、と思いました。
── ああ、女性声優さんを使うのではなくて。
原 うん。最後の方は、彼らに感動していましたね、僕。

▼『河童のクゥと夏休み』本編より。クゥと記念写真を撮る上原家の人々

── お母さん役の西田尚美さん、お父さん役の田中直樹さんというキャスティングもまた絶妙でした。特に西田さんは当て書きなんじゃないかと思うくらい素晴らしくて。
原 (笑)。初めて現場で西田さんに声をあててもらった時は、凄くホッとしました。ちょうど子供達の方も録り始めていた頃で、少し不安を抱えていた時期でもあったので、なおさらプロの演技というものに飢えてたんですよ。「うわー、素晴らしい」と思いましたね。「もっとやってくれ!」って(笑)。
── 本当、ハマり役ですよね。
原 もちろん絵コンテを描いてる時は、キャスティングなんて全然決まってなかったですけど。ただ西田さんも言ってましたけどね、旦那さんに「似てるねえ」って言われたとか(笑)。
── 田中直樹さんも、本人のイメージよりは少し年上の役ですけど、意外にハマってましたね。
原 まあ、保雄さん(康一の父)は大体40歳くらいだと考えていて、そんなに差はないと思うんだけど。田中さんもやっぱり映画とかTVを観ていて「この人いいなあ」と思い始めたんですよね、ある時期から。
── 「犬と歩けば チロリとタムラ」とか。
原 そうそう。あれは映画としても面白かったんで……最初はね、犬の演技の参考用に観たんですよ。
── あ、そうなんですか(笑)。
原 そしたら映画自体も面白くて、主演していた田中さんも気になり始めて。そこで決めたわけじゃないけど、発端はあの映画ですよね。
── 犬といえば、オッサン(上原家で飼われている犬)を演じられた安原義人さんの演技もよかったです。映画オリジナルのキャラクターの中でも、特に印象的でした。かなり思い入れのこもったキャラクターなんでしょうか?
原 最初は、あそこまで大きな存在になる予定じゃなかったんですよ。ああいう結末を迎える予定もなかったし。でも作っていくうちに、やっぱり「大切な人が犠牲になる」みたいな要素もあった方がいいかな、と思ったんですよね。あと、うちにも犬がいるんです。
── ああ、そうなんですか。
原 日々一緒に暮らしていると、犬という生き物は何か特別な感じがするわけですよ。人間に対して、もの凄く気持ちをまっすぐぶつけてくる動物なので。けど、実際に会話はできないじゃないですか。犬を飼ってる人はみんなそうだと思うけど、心で会話するわけですよ(笑)。普通に話しかけちゃったりもするし。そんな気持ちが、なんとなくあのキャラクターになっていったんじゃないのかな。

▼本編より。クゥと友情を育む上原家の飼い犬、オッサン

── で、もし喋るとしたら声は安原さんだろう、と。
原 そうですね(笑)。なんというか、カッコイイ声にはしたくなかったんです。ちょっと“無頼な感じ”っていうのかな。安原さん本人にも「そんな感じにしてもらいたいんですが」って言ったんですけどね。
── 個人的に、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』で高虎を演じられた山路和弘さんとも、少しイメージが被りました。渋めな感じというか。
原 そう、あの辺の人達がやっぱり好きですね、僕は。いわゆる二枚目声というよりも、「いろいろあったような声」というか(笑)。
── オッサンも過去にいろいろあった犬ですからね。
原 そうそう。
── その他にも、『クレヨンしんちゃん』でおなじみの声優さん達がチョイ役で出てきて、色々とファン心をくすぐってくれるんですが(笑)。
原 あの辺は個人的な遊びですね。声優さん達への恩返しみたいな意味も多少はあるんですよ。声をかけられなかった人には申し訳ないんですけど。
── 原作品のファンにとっては嬉しいと思いますよ。
原 今回、矢島(晶子)さんや藤原(啓治)さんはそれなりに出番があるんですけど、玄田(哲章)さんとか納谷(六朗)さんなんて二言三言ですからね。もちろん巧い人達だから、アフレコなんてあっという間に終わっちゃうわけで。
── そうですよね。
原 僕としては申し訳ないと思って「すいません、こんな出番しかなくて……」とか言うんですけど、玄田さんも納谷さんも「これ、いいよね!」って言ってくれたんですよね。台本も全部ちゃんと読んでくれてて。それは嬉しかったなあ。納谷さんなんか「泣いちゃったよ、俺」とか言ってくれて、ちょっとジンときました。
── それはいい話ですねえ。
原 まあ僕も失礼な話なんですけど、まさか台本を全部読んでるとは思ってなくて(笑)。その時点で2時間50分ぶんの長さがありましたから。でも他の声優さんにその話をしたら「普通はみんな全部読みますよ」って言われました(笑)。
── そして今、こうして作品が完成したわけですが、企画当初のイメージとの隔たりはありますか?
原 そんなに大きくは違ってないと思いますよ。ただまあ、より地味になっていったとは思います。僕が最初に考えていたものから比べると。
── そうなんですか。
原 最初の頃に書いたものを読んだりすると、龍のエピソードにしても、もっと派手なんですよね。龍とクゥが絡んだりする場面も書いてるんですよ。でもだんだん、龍は勝手に出てきて勝手に去っていくみたいな感じの方がいいと思って、そっちを選択したわけです。
── やはりここでもリアルな距離感がありますね。
原 あんまり都合のいい奇跡にはしたくなかった。何かしら奇跡は必要だと思ってたんですけどね、あそこでクゥを思いとどまらせる役割として。でも、クゥが龍の背中に乗ってどこかに行く、みたいな展開にはしたくなかったんです。やっぱりクゥがいるところはこの現実である、という感じにしたかったんだろうな。彼はまたそこへ降りていかなければいけない。
── ファンタジーに寄りすぎない、という姿勢は終始一貫していますね。
原 やっぱり現実感があるから、非日常性や奇跡が活きるわけですよ。そのために僕は日常を丹念に描きたいのかな、と思ってます。日常だけを描きたいわけではない。映画やアニメーションにしかできない、ちょっとした奇跡を輝かせるためには、日常をしっかり描く必要がある。そういう事だと思うんですよね。
── そういう意味でも、クゥと康一達が相撲をとるシーンはいいですね。

▼本編より。相撲が強いクゥに勝負を挑む上原家の男子チーム。しかし……?

原 あそこはちょっと、コンテを描いてて困ったんですけどね(苦笑)。やっぱり、もの凄い体格差じゃないですか。字面では何も疑問に思わなかったんだけど、実際にクゥと保雄さんを組ませてみたら……どうやって勝ったらいいんだろう、と。
── でも文字通り、非日常がリアルをけたぐるという痛快な見せ場になっていました。そういう面白さが引き出せるのも、日常描写のリアリティの積み重ねがあるからですか。
原 うん、本当にそう思いますよ。今回は、キャラクターの自由度に頼るという事もあまりしないつもりだったし、ごまかしはなるべくしたくなかった。
── 河童だから神通力があって強くて当たり前、みたいな。
原 まあ、それもそうですけど、主には人間のキャラクターですよね。キャラクターデザインにしても、『しんちゃん』みたいにありえない動きをしても不思議じゃないようなデザインではなくてね。
── 壁を垂直に登ったりとか(笑)。
原 そう。だから今回は、そういうものには頼らないようにしようと思ってました。
── 作品を作り終えて、今の心境は?
原 虚脱状態ですね(苦笑)。心の中の何かがぽっかり抜け落ちてしまったような、喪失感を感じています。
── 公開が待ち遠しい、みたいな感じはあります?
原 もちろん多くの人に観てもらいたいとは思いますけどね。でも、それに関して僕がどうにかできる事もないので。だから、わりと穏やかな心持ちですよ。出来上がったものに対して後悔もしてないですし。
── ちなみに、次回作のご予定は?
原 動き始めている企画はありますけどね。僕が何かやらないと先に進まない、という状態で止まってます(苦笑)。そのうち「こんなのやってたんだ」と思ってもらえたら……いつになるんだって話ですけど。まあ、僕もフリーになったので、今度みたいに「5年ぶりの新作」とかになると生活的にマズいから(笑)、もうちょっと早く取りかかろうと思っています。
── 楽しみにしています。その前にぜひ『河童のクゥと夏休み』3時間版を……。
原 じゃあ、みんなに運動を呼びかけてください(笑)。


●公式サイト
http://www.kappa-coo.com/

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(07.08.02)

 
 
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