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『おおきく振りかぶって』水島努監督インタビュー
第1回 普通に、きちんと作ろうと思っていました
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ひぐちアサの人気マンガを原作に、野球の面白さにのめり込んでいく高校球児たちの姿を活写したTVシリーズ『おおきく振りかぶって』。原作のテイストを見事にとらえつつ、アニメならではの見応えにも溢れた秀作に仕上げたのは、『xxxHOLiC』『くじびきアンバランス』の水島努監督。魅力的なキャラクター描写、リアリティに富んだ野球シーンの演出は、原作ファンのみならず多くの視聴者の心を掴んだ。また、今作は新会社A-1 Picturesが初めて手がける本格的TVシリーズであり、その安定したクオリティの高さも見どころのひとつだった。今回は『おお振り』アニメ化を成功に導いた水島努監督に、演出・作画・制作面での裏話など、いろいろとお話をうかがってみよう。
●PROFILE
水島努(Mizushima Tsutomu)
1965年12月6日生まれ。長野県出身。1986年に制作進行としてシンエイ動画に入社し、『美味しんぼ』で初演出。その後『クレヨンしんちゃん』TVシリーズ&劇場版などに参加し、初監督作品『ジャングルはいつも ハレのちグゥ』で注目を集める。映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ栄光のヤキニクロード』『嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』を監督した後、フリーに。『xxxHOLiC』劇場版&TVシリーズ、OVA『撲殺天使 ドクロちゃん』『大魔法峠』、TVシリーズ『くじびき(ハートマーク)アンバランス』など、多彩な作品を手がけている。
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●2007年10月31日
取材場所/A-1 Pictures
取材/岡本敦史、小黒祐一郎
構成/岡本敦史
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── まず、水島監督が参加したきっかけからうかがえますか。
水島 数年前に「アニメーション神戸」というイベントで、アニプレックスの人達と知り合ったのが最初ですね。TVアニメ部門でアニプレックス製作の『ハガレン(鋼の錬金術師)』が賞をとって、OVA部門で『ハレグゥ(ジャングルはいつもハレのちグゥ)』が賞をいただいた時に、たまたまお会いしまして。そこでいろいろ話をして、月日が経ち、突然「やらないか」という電話をいただいたという感じです。
── その時、『おおきく振りかぶって』の原作マンガは読まれていたんですか?
水島 はい。「アフタヌーン」が毎月家に届いていたので、それを読んでいました。
── 普通に一読者として楽しみにしていた感じですか。
水島 そうですね。これはいろんなところで喋っているんですけれど、やっぱり野球マンガとしては、今までとは違ったところからきたという感じがしました。主人公(三橋)の性格も今風なところがありますし。絵柄に関して言えば、ちょっと少女マンガ的な雰囲気もありつつ、実は隠れ熱血なところもあったりして。そういうところも面白いなと思いながら読んでいました。「きっといろんなところで、アニメ化の話が動いてるんだろうなー」とか思ってましたね。
── まさか自分に来るとは、という感じでした?
水島 来たかー! みたいな(笑)。大物が来た、という感じが凄くしましたね。
── よっしゃやったるぜ、と。
水島 いや、そういう気負いはないです。気負うと失敗するので。そこは冷静に「さて、どうするか」というふうに考えていました。
── 企画が来た時点で、原作はどこまで進んでたんですか。
水島 アニメでいう25話までは、もうできていましたね。単行本にはなっていなかったけど。1回戦が終わって、次の試合が始まるあたりですかね。
── ご自身にも野球経験はあるんですか。
水島 いや、小学校の時にやってたとか、そのぐらいです。自分達の世代って、大体みんな野球やってませんでした? 今の子ってあまりやらないんですよね。あの頃はみんな、サッカーよりは野球でしたから。あと、マンガの「ドカベン」世代なんですよ。そこはかなりストレートにハマッてました。
── 『おおきく振りかぶって』をアニメ化するにあたって、監督にとっていちばんの目標は何だったんですか?
水島 えーと……原作ファンに嫌われない事。
── (笑)
水島 あと、高校球児に観てもらいたい、というのがありましたね。今、実際に高校で野球をやっている人達にバカにされないものを作りたい、と思いました。基本的には、スポーツアニメってそんなにはやりたくないんですよ(苦笑)、大変だから。でも、野球は別。いちばん緩急が醍醐味として出せるスポーツだと思うんですよね。だから野球アニメの話がきたところで「ぜひやらせてください!」と。それに『おおきく振りかぶって』という作品は、リアルにちゃんと高校野球を描いているので、そういうところもアニメできっちり描きたいと思いました。
── 原作を重視するというのは、元々の意図としてあったんですか。
水島 ありました。それって、自分にとっての演出意図という事ですよね?
── いや、プロデュース側からのオーダーとして。
水島 オーダーにはなかったですけれど、でも人気のある原作を持ってきている。そして当然、ファンの人達がそれを観る事を考えると、原作を壊すべきではないでしょうね。
── なるほど。原作重視でもいける、という勝算があったんですね。
水島 むしろ俺の中では、原作重視でいくしか選択肢はなかったです。オリジナルで架空の大会とか作っても、しょうがないと思うんですよね。かと言って止め画ばっかりで見せると、マンガをただそのままトレスしているだけの紙芝居なので、それはそれでつまらない。だからやっぱり、原作重視である以上「動く」という事も大事だったと思います。
── シリーズ構成が黒田洋介さんというのは、どなたのアイディアだったんですか。
水島 アニプレックスからです。名前はもちろん知っていたんですけれど、「ちょっと黒田さんにオファーしてみます」「マジっすか!?」みたいな感じですね。
── 黒田さんが『おお振り』に参加すると聞いた時は、ちょっと意外な気もしました。
水島 とにかく変なものを入れてほしくなかったんですよ。「俺はこう思う」的な、原作のテイストにないものを入れられるのがいちばん嫌だったんです。そこを忠実にやってもらうには、いろんな作品の経験がある方にお願いするのが、やっぱりいちばん正しい選択だったと思いますね。「ハチクロ」なんかもう、完璧。
── 黒田さんとのお仕事はいかがでしたか。
水島 もうスムーズに、サクサク進みました。去年の内にシナリオは全部終わってました、俺の以外は(苦笑)。
── 23話ですか。
水島 そうです。初稿はちゃんと出したんだけど、第2稿は半年後ぐらいになっちゃった。
── 監督作業と平行していたせいで遅くなったとか?
水島 いや、やれば多分1時間とかで終わっていましたけどね。ただなんとなく「それより前にやる事があるでしょ?」っていう感じで進んでいたもんですから。
── シリーズを通して、原作の要素を驚くほど切っていないですよね。
水島 そうですね。それはやっぱり大事にしてあげないと。
── 目立って削られた部分というと、プロテイン争奪戦のくだりぐらいですよね。
水島 本当はプロテインのところも入れたかったんですけれどね。あそこは巣山の面白い性格が表れていたところだったんですけれど。どうしても分量を考えると、やっぱり削らざるを得ないんですよ。切りたくて切ったわけじゃなくて、泣く泣く削ったという感じですね。細かく言えば、他にもいっぱいあります。三橋の誕生会とかも、ホントは長くやりたかったし。残念ながらそのあたりは駆け足でいっちゃったかなと思います。
── それでも、まだ原作でも描かれていない今後の試合でぶつかりそうなキャラとかも、ちゃんと出していますよね。双子の葵と涼とか。
水島 ああ、その先も想定しながらやっていましたね。だってここで終わっちゃったら、ホントに高校1年の大会の途中じゃないですか。続くか続かないかはともかくとして、やっぱりそこはきちんとやっておきたいと思いました。多少端折りましたけどね。
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▲第3話「練習試合」より。主人公の三橋と阿部 |
── 最初からA-1 Picturesで制作するという話だったんですか?
水島 そうです。
── まだほとんど実績のない新会社でTVシリーズを作るという事については、いかがでしたか。
水島 いや、新しいところで作るのって、楽しみじゃないですか。そういう面でちょっとワクワクしていましたね。
── スタッフ編成に関して、監督から意見を出したりはしたんですか?
水島 全然言ってないです。「アクション作画監督は谷口(淳一郎)さんにやってほしい」という話だけはしましたけど、それ以外はノータッチに近いかもしれない。それよりは「こういう画を描く人がいるんですよ」というのをいろいろ見せていただいて、なるほどそうですか、という感じでしたかね。
── 谷口さんをアクション作監に指名されたのはどうして?
水島 まずアクションが描けるという事。それから野球経験があるという事。あとは、やりやすいという事ですかね。その3点。
── やりやすいというのは、今まで一緒に仕事をしてきて気心が知れているから?
水島 そうです。
── 実際、谷口さんは全編の野球シーンを監修されているんですか。
水島 ええ、全編です。相当大変だったと思いますよ。
── 野球シーンが毎回のように続く時も、全て谷口さんが見ているんですか。
水島 大体そうですね。厳密には谷口さんともう1人、アクション作監補の満仲(勤)さんという方がいて、その2人で全部回していました。
── 細かいところまで、相当リアルに描かれていますよね。
水島 そうですねえ。「俺の知らないところまで!」という感じ。さりげないポーズって、なかなか分からなかったりするんですよ。例えば、ピッチャーが投げるモーションの前に、外野はどんな事をやっているか、とか。自分が草野球でセカンドを守ったりする時は、ただ突っ立っているだけなんですけれど、高校野球とかプロ野球では絶対にそんな事はありえないですから。そういうところのポーズまで、こだわっていただきました。
── スタッフで見学に行かれたりとかは?
水島 高校野球は観に行きましたよ。甲子園ではないですけれど。
── 映像的に野球をどう見せるかという事については、どのように考えていましたか?
水島 「普通に、ちゃんと作ろう」と思っていました。変に止めず、変にハッタリのアングルを使わず、きちんと野球を見せていこうというのがスタートですね。つまり、マンガでいうコマとコマとの間を、きちんと映像で見せてあげるという事。
── 今まで水島監督が作られてきた作品とは、かなり系統が違いますよね。
水島 ……そうですか?
── そんな事はないですか?
水島 ええ。あまり意識的に分けてはいないんですけれどね。ただ、この原作をいただいた時に、そういう見せ方がいちばんいいのかなと思ったんです。この作品に関しては、『巨人の星』みたいにハッタリのきいたアングルを使うのは、あんまり似合わないような気がしたんですよ。求められてない気もしたし。それよりは「ああ、原作のキャラがちゃんと動いている!」というのがやりたかったのかな、と思います。マンガがアニメになった時の感動って、まずはそこじゃないですか。
── その点でいえば、吉田隆彦さん(キャラクターデザイン・総作画監督)の仕事も相当なものですよね。普段のクオリティ維持も凄いですけど、原作の細かいデフォルメ顔まで、ちゃんとそのまま描いてあるという。
水島 そうですね。吉田さんには原作の崩し顔もきちんと押さえるという意識を持っていただいたので、いろいろ表情豊かになったと思います。そういうデフォルメの顔って、アニメーターさんも怖がってあんまりやってくれないんですよね。キャラデの人が指示を与えたりしないと。もっとやっていいのにね。
── 谷口さんと吉田さん以外で、特に活躍の目立ったスタッフの方というと?
水島 いやあ、キリがないですけどね。やっぱり満仲さん、それに総作監補で入ってもらった高田(晃)さん。あと、撮影監督の老平(英)さんや美術監督の渋谷(幸弘)さん、動検さんや音響さん。そして社内の各スタッフ。それに、各原画スタッフの人達ですね。女性が多いんですけど、みんな泊まりでしたから。俺も、基本的に自分の仕事のスタンスとして「絶対に泊まらない」という方向でやっているんですけど、こんなに泊まった作品は初めてです(笑)。
── そうなんですか。それは監督になってから?
水島 いや、演出から監督まで全てにおいて。こんなに泊まり込んだのは、制作進行の時以来かな。週1、2回は必ず泊まりがありましたね。
── 毎回、高いクオリティがきっちり維持されているので、監督ご自身がかなり制作に踏み込んでシリーズを回していっているのかな? と、オンエアを観ながら思っていたんですが。
水島 いや、僕はただただ、わがままにしていただけかも(苦笑)。「とにかく動かしたい」と言うだけ言って。だから枚数も相当かかっていますからね。それに今のアニメ界は「リアルにする」「ちゃんとする」のって、もの凄く大変な状況じゃないですか。普通なら無理だと思うんですけど、最後まで付き合ってやってもらえた。それは凄くよかったです。だって、平均5500枚ですからね。
── おおー、凄い。
水島 つい最近知ったんですけど(笑)。最初は「1話あたり4000枚で」と言われていたので、それよりはちょっと増えたかな? と思っていたんだけれども、実際は5500枚だった。
── 制作的には、週に何度も泊まり込むほど、ギリギリまで頑張るという感じだったんですか。
水島 そうです。そういう意味でも「A-1で助かった」というところがあってですね。その状況って、普通なら間違いなく、どういう方向で作るかの決断を迫られるはずなんですよ。つまり、動かしてキャラを崩すか、動きを止めてキャラを活かすか。
── どっちかを諦めなくてはいけない。
水島 ええ。そのどれかを強制的にやられるぐらいのスケジュールだったんですよね。だけど、やらなかったんです。まあもちろん、ちょっとアマアマな話数もあるんですけれどもね。だけどトータルとして考えると、そういう苦渋の決断をせずに最後まで行けたというのは、やっぱり素晴らしい事だと思います。
── 後半、作監が凄く大勢いる回がありますよね。22話でしたっけ。
水島 あれはいちばん状況的につらい回ですかね(苦笑)。もう、どうやっても無理だった。できただけでもびっくりですよ。
── そうだったんですか?
水島 DVDで多少は直しますけれどね。キツさで言えば、あの時がピークだったのかな。そういう状況になると、みんなが作監で入ってくれたりして、少しでもよくしようという体制にしてもらえた。そういう意味では、ホントにこの会社と組んでよかったと思います。
── A-1 Picturesにとっては『おお振り』が初めての30分シリーズなんですよね。それだけに気合が感じられたというか。
水島 そうですね。まあ、そういう意気込みを社風にしていただけると、今後も非常にやりやすい。
── ああ、今回だけじゃなくて、今後も(笑)。
A-1 Pictures制作スタッフの方 頑張ります。
水島 いやあ、凄く体力がありますよ。
── 不思議ですよね。できたばかりの会社なのに。
水島 なんでですかね。そこは俺も不思議なんですよ。
A-1 スタッフの皆さんそれぞれが、他の会社などで経験を積んでる方ばかりなんです。それぞれ経験豊富な方々にいろいろと助けていただいて。
── なるほど。新人のスタッフが大半だとか、他の業界から来た人が多いとか、そういう感じではなかったんですね。
A-1 そうですね。ある意味、みんな経験者だったので。
水島 新人は3分の1以下でしたかね。
── ずっと野球のシーンをやっていると、普通に参加している原画マンの方が、投球フォームとかを巧く描けるようになったりしました?
水島 そうですね。野球については大分覚えてもらえたと思います。
── でも、それも個々の選手なりの芝居にしないといけないんですよね。
水島 ええ。それと、プロ野球選手っぽく描いてもいけないので、そこら辺も塩梅が難しいんです。
●『おおきく振りかぶって』水島努監督インタビュー 第2回につづく
●関連サイト
TBS『おおきく振りかぶって』公式サイト
http://tbs.co.jp/anime/oofuri/
『おおきく振りかぶって』各種情報サイト
http://www.oofuri.com/
●商品情報
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