フジテレビ山本幸治プロデューサーが語る
“ノイタミナ”の軌跡と、新たな展開(前編)
4月から1時間枠となるフジテレビのアニメ放送枠“ノイタミナ”。2005年に『ハチミツとクローバー』でスタートをきって以来、『モノノ怪』『のだめカンタービレ』『東のエデン』と、数々の話題作・意欲作を世に送り出してきた。4月からの新番組も、オノナツメ原作×望月智充監督の『さらい屋五葉』と、森見登美彦原作×湯浅政明監督の『四畳半神話大系』の2本立てという、攻めの姿勢を全く崩していないラインナップ。以降も実写ドラマ版「もやしもん」や『屍鬼』『海月姫』など、興味をそそるタイトルが目白押しだ。
常にフレッシュな感覚を維持し、唯一無二のレーベルとして走り続けてきた“ノイタミナ”。その軌跡と、これからの展望について、フジテレビの山本幸治プロデューサーにお話をうかがってきた。
●PROFILE
山本幸治(YAMAMOTO KOJI)
1975年生まれ。ノイタミナ枠の設立からプロデューサーとして参加し、『ハチミツとクローバー』『Paradise kiss』『もやしもん』『東のエデン』などをプロデュース。ノイタミナ枠以外でも、『月面兎兵器ミーナ』『ミチコとハッチン』『青い花』といった作品を手がけている。Twitterのアカウントは【koji8782】。
2010年3月12日
取材場所/都内
取材/小黒祐一郎、岡本敦史
構成/岡本敦史
小黒 山本さんが最初にアニメの仕事に関わられたのは、いつ頃なんですか?
山本 正式なスタートは「ノイタミナ」の立ち上げからですね。その前に、大地丙太郎監督の『レジェンズ(甦る竜王伝説)』のアシスタントをやっていたんですけど。
小黒 「ノイタミナ」では、初めからメインのプロデューサーとして参加されていたんですか。
山本 企画によりますが、企画の立ち上げには大体関わっています。今も残っているのは僕だけじゃないですかね。あとの人はもう、みんな入れ替わってしまったので。
小黒 開始当初の「ノイタミナ」って、OLさんも観られるアニメ枠みたいなコンセプトを打ち出していたと思うんですが、今回発表されたラインナップはちょっと雰囲気が違いますよね。これはどうしてなんですか?
山本 個人的な話をすると、僕は少女マンガが好きなんですよね。まあ、マンガは全般的に好きなんですが、いちばん好きな雑誌は「フィール・ヤング」で、マンガ家でいうと岡崎京子。映画でも、そういうラインがあるじゃないですか。単館系でやっているようなもので、ガーリーとまではいかないけれども、「主には女の子が観てるんだろうな」と思いながら男も観る、みたいな。かつての岩井俊二とかもそうだったと思うんですけど。アニメでもそういうラインはアリだよな、と思って作ったのが『ハチクロ』であり、僕が最初にプロデュースした『Paradise kiss』であり……当時はそういった系統の作品が少なかったので、やりたいなあと思ってたんですよ。そこで、いろいろな会社に企画をプレゼンする時の口説き文句として使っていたのが、「アニメの月9をやりたい」という言葉だった。
小黒 なかなかインパクトのあるフレーズですよね。
山本 ただ、この言い方には幅広い解釈がありまして。僕としては、TVアニメ全体のラインナップの中で、月9的なポジションを確立したい、という意味で言っていたんです。中には、本当にアニメで月9ドラマみたいな事がやりたいのか、と思う人もいた。月9イコール恋愛もの、女子ものでしょ、というふうに。
小黒 なるほど。
山本 ちょっと言葉の印象だけが先走ってしまった感もありましたが、立ち上げから今まで変わらず基本姿勢としてあるのは、「他との差別化」という事です。これはいろんなところで言っている事なんですけどね。少女マンガを映像化するというのも、当時はアニメも映画も含めて他にそういう作品があまりなかったので、そこでも「差別化」というコンセプトとは合致していた。
小黒 『ハチクロ』や『Paradise kiss』をアニメ化するという事が?
山本 そうです。ただ、ここ最近はそういう系統の作品が周りにも増えてきたので、今や差別化というところでは意味をなさない。だから今は、どのポイントで他とは違う事をやるか。それが企画を立てる時のいちばんの悩みどころですね。そういう意味では、今度の『四畳半(神話大系)』は差別化できているんじゃないかな、と。
小黒 それは内容的に?
山本 というか、手触り感ですね。「内容自体は古典的なものでいい」とは、いつも思ってるんです。大事なのは、手触り感。作品への入りやすさであったり、入る時に引き込まれるポイントであったり。それは声優さんでも、原作者でも、クリエイターでもいいんですけど、「これをきっかけに観よう」と思うポイントがある事、そこにちょっとした新しさやトレンドを持たせられる事が理想ですね。半歩先とまではいかなくとも、0.25歩ほど先に行ってるような感じは常に出したい、という思いがあります。
小黒 ノイタミナが始動した当初は「OLさん向け」というようなコンセプトが色濃かったと思うんですが、3本目の『怪 〜ayakashi〜』あたりで、わりと早々に違った方向へ行きますよね。でも、いわゆるオタクアニメ的な匂いはしないところは一貫している。「アンチオタクアニメにしよう」という意識はあったんですか。
山本 僕自身は、自分がオタクであるという自負はずっと持っているんですけどね。本当に濃いオタクの方からすると「甘いよ」と言われるかもしれないんですけど、アンチオタクだなんて思った事は一度もないです。TV局の中にいると、ドラマがやりたいという人や、バラエティがやりたいという人はたくさんいても、アニメをやりたいという人はそんなにいないんですよね。それが口惜しいというか……僕は全然、楽しくてやっているんですけど。
どうやってアニメファン以外の観客にも振り向いてもらえるかというのは、TV局でアニメをやる以上、ずっと抱えている問題なんです。ノイタミナという枠の成り立ちからしてそうですし。その手法のひとつとして、ノイタミナでは一般の人も興味を持つような「入り口」を作ったんです。例えば『ハチクロ』ではCMクリエイターの野田凪さんにオープニングを作ってもらいましたが、あれもそういう手法のひとつですね。まあ、それだけで一般性が得られるというわけではないんですけど、いわゆる普通のアニメとはちょっと違う感じというか、アニメに詳しくない人が観ても何か違う事が分かるというか。そういう興味を引くフックみたいなものを、どう作るか工夫していった結果、いつしか巷でオサレアニメと呼ばれるようになった。一時は、オタクフレンドリーなアキバ系アニメに相対するものとして、そういう表現が使われていて、始まって3年ぐらいはずっとそうだったと思うんですよ。
小黒 そうですねえ。
山本 でも、最近よく思うんですけど、いつの間にかノイタミナに対してそういう事が言われなくなったなあ、と。それは凄く嬉しいんですよね。アニメ言語的にいうと、ノイタミナって「ツンとしすぎ」みたいな事を言われてましたから(笑)。そんなつもりは全然なかったんですけど。
小黒 じゃあ、アンチオタクだったわけじゃなくて、一般性を維持したかった?
山本 というか、入り口には一般性を置いておきたかったんです。作品全部ではなくて、中に入ったらオタク的要素があってもいいと思う。ただ、入り口だけは、それこそOLさんとかが「私も見てみようかな」と思えるパッケージ感にしたい。そこはいまだに変わらないですね。
小黒 そういう意味では、やっぱり『モノノ怪』がひとつのターニングポイントになったんじゃないですか? あれは一般の人があまり観なさそうな、滅茶苦茶エッジのきいたビジュアルであるにも関わらず、大当たりしたわけですよね。
山本 うーん……でも、一般の人はそんなにアニメを系統的に分類してないですよ。僕はやっぱり『怪 〜ayakashi〜』の「化猫」のほうが、もの凄くインパクトがあったし、自分の中でもターニングポイントになったと思います。あの作品はオムニバスで、他のエピソードは視聴率1%台だったのに、「化猫」は5%までいったんですよ。なぜそんな事が起きたかというと、やっぱり映像の圧力の強さ、おどろおどろしさが強烈にみんなを惹きつけた。その結果を見た瞬間、僕の中では考えがひとつ変わったんですよね。入り口を作る事も大事だけど、結局は画の圧力というか、「なんだこれ?」と思えるようなインパクトが大事なんだ、と。そういうものが視聴率を取り得る、人の興味を引く、チャンネルを変える手を止めるんだ、という事が実感として分かった。それで『空中ブランコ』もああいうビジュアルになったんですけどね。
小黒 『空中ブランコ』のビジュアルがあんな奇抜なものになったのは、プロデューサーとしてのオファーでもあったんですか。
山本 ま、厳密にどちら発だったかというのは分からないんですけど、相思相愛でああなりましたね。僕としては中村(健治)監督に頼む以上、「化猫」の時のような圧力感を何かで出してほしいと思っていたので、とにかく(チャンネルを変える)手を止める画にはしてほしいとは話していました。
小黒 『墓場鬼太郎』も、そういう文脈で?
山本 『鬼太郎』は元々、ノイタミナの立ち上げの頃から話題に出ていたんです。東映アニメーションの清水(慎治)さんとフジテレビの金田(耕司)が、ずっとやりたがっていたんですよね。で、いよいよやれるかというタイミングでやった、という感じです。
小黒 あれも一昔前なら、オリジナルビデオで3本ぐらい出して終わり、みたいな企画でもおかしくないと思うんですけど、それを全国区で1クールのTVシリーズとしてやったというだけでも画期的でしたよね。
山本 そうですねえ。
小黒 ああいったエッジのきいたものは、やっぱり反応が大きいんですか。
山本 数字の上での視聴率は『のだめ(カンタービレ)巴里編』がトップなんですけど、僕のレベルでも分かるような反応、例えば電車に乗っていて誰かが「昨日のあれ見た?」なんて話しているような……僕が月9ドラマのプロデューサーだったら、そういう巷の反応をいつも肌で感じてると思うんですけど、その意味では『墓場鬼太郎』はいちばん手応えがありましたね。ああ、みんな観てるんだ、凄いな、という気持ちに初めてなりました。ただ、僕はプロデューサーとしては参加してないんですけど。
小黒 ああ、そうか。関わってない作品も中にはあるんですね。
山本 ええ。ノイタミナは、今まで編成枠の番組だったんですよ。どういうシステムかというと、作品ごとにメインのプロデューサーが立つんです。僕が担当しているのは、半分くらいかな。あとは編成の担当だったり、アスミック(・エース)の担当だったり、旗を振る人が変わるんです。今年からは、ちょっと偉そうなんですけど、チーフプロデューサーとして全部の作品に関わっていくかたちになってます。
小黒 なるほど。
山本 だから、企画の立ち上げには毎回関わっていますけど、プロデューサーとしては参加していない作品もあります。
── 『鬼太郎』といえば、主題歌のセレクトも斬新でしたね。毎回、ノイタミナ枠の楽しみのひとつになっていると思うんですが。
山本 そうですね。フジテレビとしてはノイタミナに頭から関わっているのは僕だけになっちゃいましたが、ソニーミュージックの担当者の方は、最初から同じなんですよ。その方はやっぱりノイタミナのコンセプトをちゃんと分かってくれていて、今回の『四畳半』なんかは典型的ですよね。湯浅さんの作品は実際に動いてる画を観たら凄いけど、無条件で観ようという知名度はまだない。だから、主題歌にはASIAN KUNG-FU GENERATIONを持ってきて、同じようにキャラクター原案として中村佑介さんの画を持ってきた。そういう作品の手触り感を作っているのは、実はアスミックとソニーミュージックなんですよね。もちろん、中身を作るのは現場のスタッフなんですけど。
── 主題歌も作品同様「当てにいってる」場合と「攻めにいってる」場合みたいな感じで、大まかに分けられると思うんですが、例えば初期でいうと『怪〜ayakashi〜』OPのライムスターはどんなふうに決まったんですか?
山本 ピンポイントな質問ですね。あの時は、まだどんな作品になるのか見えていない部分もあったんですけど、やっぱり普通にホラーとして売ったら狭いよね、という話になって。ちょっと安易な言い方をすると『サムライチャンプルー』みたいなミスマッチ感を出したい、と。
── 『墓場鬼太郎』の電気グルーヴも、そんな感じで?
山本 そうですね。そのミスマッチ感が楽しいというか。
小黒 でも、あれこそいわゆる「オサレ感覚」ですよね。あの感じはなかなか出ない。
山本 逆に質問したいんですけど、それはアニメファンにとって、アリなんですか?
小黒 うーん、人それぞれだと思います。受け付けない人もいるでしょう。
山本 ああ、やっぱりいますか。そこがちょっと、自分もオタクなんですけど、まだよく分からないんですよね。「カンペキだろう」と思ってやっているので(笑)。
小黒 スカシやがって! とか思っちゃう人もいるんじゃないですかね。
山本 まあ、スカシてると思われてもしょうがない時もあります。『東のエデン』のOasisとか。でも、あの時は『エデン』という作品の大きさを見せたかったので、やっぱり特殊な事がやりたくて。最初から「洋楽でいきたい」とは言っていましたね。昔は確かに「ノイタミナ=オサレ」という声の中に、ちょっとした蔑視的な意味合いも込められていたと思うんですけど、今でもまだあるんですかね?
小黒 多少はあるかもしれないですね。ターゲットの中心にいる20代〜30代の視聴者には、そういう感覚はほぼないと思いますけど。一部のオッサンユーザーは「こんなの俺の『墓場鬼太郎』じゃねえ!」とか思ってるかも(笑)。
山本 そうですね。貸本漫画とかのカルチャーをしっかり理解している人にとっては、不満はあるかもしれません。
小黒 主題歌もレトロじゃなきゃイヤだ! みたいなね。
山本 「もっと雑でいい」とか。
●後編につづく
●関連サイト
ノイタミナ公式サイト
http://noitamina.tv/
(10.04.07)