フジテレビ山本幸治プロデューサーが語る
“ノイタミナ”の軌跡と、新たな展開(後編)
小黒 今期から1時間枠になったのは、どうしてなんですか?
山本 まあ、ちょっとリアルな話をすると、その前にNOISEという枠をやっていたんですよ(08年10月〜09年9月)。『ミチコとハッチン』『リストランテ・パラディーゾ』『青い花』という作品をやったんですが、やっぱり時間帯が深すぎた。もちろん他局ではもっと時間帯の深い作品でも、人気のあるものだってある。だけど、僕らのミッションとしては、より多くの人に観てもらって、ひょっとしたら売れにくい企画でも、この枠でやったから売れたんだというふうにしたかった。しかし、あの時間帯では正直つらかったですね。
小黒 単純に時間の問題?
山本 うん。もうちょっと浅い枠でやりたいし、そもそも(アニメ枠を)ふたつに分けてやる意味はない。1時間枠でやりたいという話は、3年ぐらい前からずーっと言い続けていたんですよ。それが実現したのがこのタイミングだった。NOISEの始まりというのも、元々はノイタミナを1時間枠にしたいという話から、別枠でやるという話に着地してしまったという経緯があって。
小黒 ああ、そうなんですか。NOISEは観ていて「ノイタミナとの企画の差は何なんだろう?」と思っていたんですけど、元々は一緒だったんですね。やりたい事は同じだった、と。
山本 正直、そうですね。違いがあるとするなら、ノイタミナのほうがやや一般的な入り口は広い。NOISEはそれより少し狭いかもしれないけど、深く刺さるものをやろう、というような意識でした。ただまあ、単純に枠が分かれているという事での戦略しか描けませんでしたね。今回のノイタミナ1時間枠化では、またちょっと考え方が変わってくるんですけど。
小黒 というと?
山本 上の段がしっかりと一般性をもって挑戦していれば、下の段はむしろアニメのトレンドに寄ったものをやってもいい。やっぱり、そういうかたちのほうが自分の中でも納得が行くというか、ようやく安心して勝負ができる、という感じなんですよね。
小黒 つまり、前半は一般的に間口の広いもので、後半はコアなものになる?
山本 コアというより、アニメトレンドですかね。上の段は今までどおりアスミック枠なんですけど、下の段はアニプレックス枠になりますから。アニプレックスさんも、よりノイタミナ向けのものを提案してくれるとは思うんですけど、僕らとしては上の段ほど気合を入れてチャレンジしなくてもいいというか、アニメとして安心感のあるものになるかとは思っています。7月から始まる『屍鬼』なんかはそうですね。まあ、それは総論なので、時には上と下の役割がひっくり返ったりする事もあるかもしれないですけど。
小黒 お客さんには、続けて観てもらいたい?
山本 そうですね、それは狙ってます。
小黒 そういう意味では、春から始まるタイトルでは『四畳半』のほうが相当に奇抜な企画だと思うんですが、これはどういった企画意図があるんでしょうか?
山本 ノイタミナ枠の中でも傾向がいくつかあるんです。いわゆるメジャー原作だとか、女子向けだとかいったラインがあって、さっき言ったようなエッジのきいた方向性のものもある。あとは『墓場鬼太郎』みたいに、一瞬ふっと風が吹くような企画もあったりする。例えば『海月姫』なんかは『墓場鬼太郎』とか『もやしもん』に近い、瞬間的に人気が出るような企画なんですね。『四畳半』は、位置づけとしては『空中ブランコ』のような、「なんだこれ?」ってビックリさせるような位置づけにしたいという意識があります。それで湯浅(政明)さんに入ってもらった、というところもある。
小黒 という事は、森見登美彦さんの原作ありきという企画ではなく、森見さんの原作+中村佑介さんのキャラクター+湯浅さんの監督という、セットでの企画という事ですか?
山本 そうですね。軸は圧倒的に湯浅さんです。
小黒 あ、そうなんですか?
山本 僕は『カイバ』も『ケモノヅメ』も『MINDGAME』も見させてもらっていて、もうずっと湯浅さんと何かやりたいという気持ちがあったんですよ。いちばんビックリしたのは『カイバ』の1話。あの不条理感溢れるテイスト、真剣に観たら完全に気持ちが持っていかれるような世界に圧倒されてしまった。だけど、これは普通のお客さんが観たら、海外受賞アニメみたいな距離感を感じてしまうんだろうな、みたいな気もしたんですよ。じゃあ、今回は湯浅さんらしさは出しつつも、入り口だけは分かりやすくしようと思って。その分かりやすさというのは、湯浅さんとのマッチングを考えた場合、タレントキャスティング的な事ではない。そこで出てきたのが森見さんの小説であったり、中村さんの画であったり、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの主題歌であったり。湯浅さんの世界へ落とし込むための、いろんな入り口を作ったんです。言わば『東のエデン』の神山さんにおける、羽海野チカさんの存在みたいな位置づけですね。そういうのって、どうですかね?
小黒 いや、素晴らしいと思いますよ。あとはどのぐらい湯浅さんが自分のフィルムにできるか、ですよね。
山本 湯浅さんは絶対にもっと評価されるべき人ですから。玄人受けはもちろんされてると思うんですけど、何より一般に評価されるべき人だと思います。ただ、完成途中の1話を観ると、入りやすさという意味では、まだまだ足りてなかったかな(苦笑)。僕らのほうでも少し力不足だった部分はあります。それでも、寄りの画でキャラが崩れちゃうような事はないし、作画の面白さもちゃんとありますよ。
小黒 楽しみですね。
山本 あとはどれだけ宣伝等でこの作品への期待値が上がって、たくさんの人に観てもらえるか、というのが勝負だと思ってます。今回はちょっと(自由度を)縛る方向で合意して作ってもらっているので、次にやる時はもっと湯浅さんにとっていいパスを出せるようにやりたいとは思うんですけどね。そのためには、まずこれを当てないと。
小黒 『さらい屋五葉』のほうは、もう少し安心して作ってるんですか。
山本 『さらい屋』はやっぱり大人気原作だし、マングローブだし、狙う方向性は無言でも共有できるような作品なので、そういう意味での安心感はあります。それが成功に繋がるかどうかは、また別問題ですけど。『四畳半』のほうは、関わってる人もみんな「どっちに行くのかな?」と思いながらやっているので。
小黒 (笑)。ちょっと先の話になりますが、『もやしもん』を実写でやるというのは、どういう狙いなんですか?
山本 ノイタミナのラインナップの中で、どうやって一般性を獲得するか? どうやって花火を打ち上げるか? という意味で、ひとつのかたちとして提示したのが『東のエデン』だったんですよね。TVシリーズのあとに映画もやるとか、制作費や制作期間もいつもより多くかけるとか。でも、それはやっぱり完全にアニメの文脈じゃないですか。『墓場鬼太郎』のように、普段アニメを観ない人にもアニメを観てもらうというのがノイタミナ・スピリッツなので、それに値するものが必要だと思ったんです。そこで「アニメの作り方でドラマを作る」という企画を立てた。普通のドラマを作っても、意味がないですから。
小黒 具体的には?
山本 今やCGなんて実写の中でも普通に使われてますけど、今回はドラマの中でちょこっとCGを使ってますとかいう事ではなくて、企画の根幹として初めからCGアニメを使う事を前提としている。言ってみれば、アニメ的な作り方ですよね。
小黒 まあ、アニメ寄りではありますかね。
山本 それと、最近はマンガをドラマ化すると原作ファンから不評を買うものが多いじゃないですか。今回は原作者の石川(雅之)先生とも相談して、原作ファンも納得するかたちで作ります。オリジナル要素もだいぶ入ってるんですけど、それは石川先生自身の書いたオリジナルだったりするんですよ。そういう部分でも、アニメ的な作り方だと思うんですよね。『もやしもん』のスピリッツを生かしたドラマを作るという事に、意味合い的にも映像的にも、凄くこだわっているつもりです。いちどアニメでやったのに、なんで実写でやるの? って何度も訊かれるんですけど、僕の中ではとても整合性があると思うんです。
小黒 対して『屍鬼』は、UHF局でやっていてもなんら違和感のないアニメというか。逆に「ああ、こっちにも手を広げたんだ」と思ったりしたんですが。
山本 そうですね。本来、下の枠の役割はそういう事なんですよ。上の段とセットにする事で、観る層を広げていく。『もやしもん』との組み合わせという面でも、ターゲッティングとしてはベストじゃないかと思ってるんですけどね。
小黒 そういえば、上の段と下の段を繋げるようなものはあるんですか? 例えば『犬夜叉』の最後に「次は『名探偵コナン』!」とか言ったりするみたいな。
山本 それはないですね。ただ、ミニコーナーが入っています。それは次のクールの番宣だったり、前クールの余韻に使おうと思っていて。
小黒 ああ、ノイタミナの情報コーナーみたいな。
山本 そうです。まだ具体的には何をやるか決めていないんですけど。
小黒 ノイタミナとしての枠を印象付けるように。
山本 ええ。連続性を作っていくために。
小黒 なるほど。じゃあここで、さっき少し話に出た『東のエデン』についても訊かせてください。あの作品がもし2クールのTVシリーズだったら、劇場版2部作のような展開というのは、ノイタミナとして許されるものだったんですか?
山本 うーん……そういう意味では、TVと映画の作り方は違ってますね。僕はTVではいろいろ注文しましたけど、映画ではあまり口を出していません。そのスタンスは全然変えました。
小黒 特に劇場版の後編を観た時に、悪い意味ではなく、むしろ痛快な意味で、これはノイタミナの皮を被った『(攻殻機動隊)STAND ALONE COMPLEX』じゃないか! と感じたんですよ。ここまでガチガチな事はノイタミナではできなかったんじゃないか、と。
山本 そうですね、それはあると思います。神山さんとの話し合いの中で、どの程度がお茶の間ラインなのかという部分に関しては、正直かなり激論しました。僕は映画の『攻殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)』はとても好きなんですけど、非常に難解だったじゃないですか。それに対して『S.A.C.』のほうは、むしろ映画よりも面白かったくらいなんです。ドラマがあって、普通に観て面白いというエンタテインメント性に溢れている。神山さんは『攻殻機動隊』という作品をお茶の間に届けるためにどうするか、という計算が立つ人だった。僕としては、『エデン』ではさらにもう一段、柔らかくてほしかったんですよね。だから、ぶつかり合いもありましたけど、それはモノを作る上で当然の事ですから。
小黒 TVシリーズは、それこそOLさんが普通に分かる世界で終わってますよね。
山本 ええ。TVについてはそうしてほしいとお願いして、そこは全うしたつもりです。ただ、映画に関しては、どうぞ好きにやってくださいという意味ではないですけど、監督自身がずっと追いかけていたテーマがあるので、そのテーマをちゃんとやりきってくださいとはお願いしました。そのやり方については、僕からは何も言わないというスタンスで。
小黒 ノイタミナという枠を利用したという意味では、いちばんの剛の者ですよね。『エデン』は最初からTV+映画というかたちだったんですか?
山本 実はかなり初期の段階で、映画にするという話は出ていたんです。僕は前からずっと「ノイタミナ THE MOVIE」をやりたいと思っていましたから。雑誌のインタビューで神山監督が「最初はTV2クールという話だったんだけど、途中からTV11話+劇場版2作という事になった」みたいな言い方をされていましたけど、本当は「途中」といっても、企画のだいぶドアタマのほうなんですよね。多分、原稿にする時にニュアンスが変わってしまったんじゃないかな。
小黒 じゃあ、作画作業が始まってからプロジェクト変更が行われた、とかいった事ではなく……。
山本 全然違います。1話のシナリオについて考えている時には、もう決まっていました。ただ、どんな事をやろうか? という初期のプランニング段階では、まだ決まってなかったと思います。そのレベルですね。
小黒 なるほど。
山本 TV+映画という形態は、今後もやりたいんですよ。次は、TVのあとに映画があるという時系列ではなく、TVと同時並行で映画もある、というかたちにしたいんですけどね。「TVの続きは映画で!」みたいな作りは、もうやめようと思っているので。
小黒 では、そろそろまとめに入ります。今後、ノイタミナでどんな事をやっていきたいと思っていますか?
山本 やっぱり、アニメの位置付けを上げたいというか、広げたいというか……そういう作品をやっていきたいと思いますね。コアなアニメのお客さんというのは、全国に10万〜15万人いるとか言われているじゃないですか。こんなに熱心で大きいお客さんの層は、他にないんですよ。この人たちと、実写映画を観ている何万人かの人たちが被っていないわけがない。という事は、より感度の高いお客さんの中心に、アニメのお客さんたちがいると考えられる。一方、ドラマのお客さんというのは、一般的といえば一般的だけど、そんなに目が肥えてないし、感度も高くない。
小黒 ちょっと危険な言い回しですね(笑)。
山本 そうですかね。でもまあ、そう思ってますよ。例えば、そういう一般層に向けたTV局主導の劇場作品があるじゃないですか。それは瞬間的にヒットはするかもしれないけど、それを観たお客さんが次にまた劇場に来るのか、そのコンテンツを好きになってくれるのかと自問してみたら、危うい企画がいっぱいあると思うんですよね。
その点、アニメはやっぱり正しい進化をしていると思うんですよ。映像的なクオリティにしても、作品とお客さんの関係性にしても。そこに対して、ちゃんと共感を得られるような作品を投げていきたい。いわゆる一般層向けのアニメ枠みたいな事を言われてますけど、「これが一般レベルでしょ」みたいな安易な企画には走らず、コアなファンにも応援してもらえるようなクオリティにしていきたい。「お前ら、よく頑張った!」と言われるようなものに。それはクリエイターにとってもチャレンジだと思うんですよ。何万本と売れるであろう事が目に見えている企画よりも、ノイタミナでやりたいと言ってくれる人もいますから。
小黒 今、全国区に向けて意欲的な作品が作れる、数少ない場ですからね。
山本 次はこういう事に挑戦したいというクリエイター自身の持つハードルと、僕らが提供するハードルやミッションが同じところにないと、どんどん安易になっていくじゃないですか。「これでいいんでしょ」みたいなね。そうじゃなくて、お客さんが観た時に「あ、今回はこういう挑戦をしてるんだな」と思うような企画、そしてクリエイターが「その挑戦に自分も一役買いたいな」と思ってくれるような企画、そんなものを世に送り出し続けたいと思っています。……まあ、理想論ですかね。
小黒 じゃあ、理想論以外のところでは?
山本 やっぱり今は不況なので、ビジネス的にも成功できたら嬉しいですけどね。「じゃあウチも入れてください」みたいな声がいっぱいかかったりして、そのうち2時間枠になったり(笑)。それは冗談として、ビデオソフトがヒットする企画はやりたいですよ。正直、大ヒット作は出せていないので。
小黒 実は、視聴率が良かったからといって、必ずしもDVDが売れているわけではないんですよね。
山本 まあ、DVDを売るためだけにやっているわけじゃない、とは思っているんですが。ただ『サマーウォーズ』みたいに、一般に広がった結果として、ソフトもドーンと売れるというケースは、絶対にやらなければいけないと思っています。
小黒 一般的な間口の広さも押さえつつ、パッケージとしても当てたい、と。
山本 そうですね。景気が良かった時は、いろいろな仕掛け方があったと思うんですけど、こんなに落ち込んでくると……僕らの意志だけでは続けられないじゃないですか。ビデオ会社も、音楽会社も加わっているわけですから。今のところは「ノイタミナなら、そういう挑戦もアリだろう」と言ってもらえていますけど、目先の事が優先になってくると、そんな余裕もなくなってくると思うんですよ。そういう意味でも、やっぱりヒット作は欲しい……常に挑戦が可能な枠であるというブランドを続けていくために。その辺りは少し矛盾してるんですけどね。
小黒 まあ、挑戦と商業的成功を両立させてこそノイタミナだ、という事でもある。
山本 そこでポイントになるのが、やっぱりユーザーなんですよね。ユーザーはそこを本質的に理解してくれる。正直いろんなレベルの番組があると思うんですけど、本質が伝わっている番組というのは少ないと思うんですよ。
小黒 というと?
山本 例えば、よく「下らないバラエティ番組」みたいな言い方をするじゃないですか。でも、バラエティって下らない事が本質なわけですよね。ただ、その下らなさこそが大事だと思って見ている人は少なくて、やっぱり下らない刹那を楽しむ人が大半なんですよ。だから、ひとたびBPO(放送倫理・番組向上機構)とかに叩かれれば、安易に「これはダメだろう」と思ってしまったりする。本質を理解していないから。
小黒 なるほど。
山本 下らない事こそが大事なのに、どんどん保守的になっていって、もはやバラエティは存在意義すら危うくなっていると思うんです。でも、アニメの場合、本質の部分にユーザーがちゃんと共感しているという気がするんですよね。大事なのはキャラクターであったり、世界観であったり、テーマであったり、それはアニメの文脈で言えば当然の事なんだけど、それを理解している送り手と受け手の関係というものが最も色濃く成立しているのは、実はアニメだと思うんですよ。
小黒 関係性が正常に機能しているジャンルである、と。
山本 ええ。正しい見方をしてくれる人たちが相手だし、その人たちの応援がないと成立しないジャンルにもなりつつある。逆に言うと、ユーザーの応援さえあれば、もっと挑戦できるという事でもありますよね。twitterなんて、アニメを始めとする様々なカルチャーにとって、とても有効なネットワークだと思うんです。そういう血の通った応援を、みんなにしてもらえるような企画がやりたいですね。
●おわり
●関連サイト
ノイタミナ公式サイト
http://noitamina.tv/
(10.04.08)