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一昨年放映された『蟲師』で高い評価を得たアートランドが設立されたのは1978年。すでに30年近い歴史を持つプロダクションなのだ。1980年代には『超時空要塞マクロス』『メガゾーン23』『銀河英雄伝説』の制作に参加した事でも知られる同社だが、TVシリーズの制作を丸ごと請け負うようになったのは、実はここ数年のこと。昨秋からは、3本のTVシリーズを同時進行させており、さらなる発展を期待させてくれる。
アートランドには、この長い歴史の間にどのような変遷があったのだろうか。「近年のアートランド」「初期のアートランド」を語るにふさわしいお二方に話をうかがう事ができたので、前後編の2回に分けてお届けする。
●会社プロフィール
社名:株式会社アートランド
代表取締役:石黒昇
設立年月:1978年9月
従業員数:41名
公式サイト:http://www.artland.co.jp/
取材日時/2006年10月14日
取材場所/アートランド(東京・武蔵境)
取材/小黒祐一郎、和田穣
構成/和田穣
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●主な作品(開始年)
『超時空要塞マクロス』(1982年)
『超時空世紀オーガス』(1983年)
『メガゾーン23』(1985年)
『銀河英雄伝説』(1988年)
『星猫フルハウス』(1989年)
『みかん絵日記』(1992年)
『勇午』(2003年)
『ギャグマンガ日和』(2005年)
『蟲師』(2005年)
『僕等がいた』(2006年)
『ギャグマンガ日和2』(2006年)
『はぴねす!』(2006年)
『家庭教師ヒットマン REBORN!』(2006年)
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今回お話をうかがったのは、渡辺秀信プロデューサー。1991年にアートランドへ入社し、『銀河英雄伝説』のOVA第2期から制作に参加している。現在放映中の『僕等がいた』『はぴねす!』『家庭教師ヒットマン REBORN!』の3作全てにプロデューサーとして名を連ねており、制作部の部長職も務める。
渡辺さんは、ハキハキと明朗に話して下さる姿が印象的で、10年以上前の話にまで淀みなく答えていただいた。
■現在の社内体制
アートランドは、2006年4月づけで株式会社マーベラスエンターテイメントの子会社となり、7月には株式会社化した。
これに伴い、社内に制作部、演出部、作画部、仕上部の各部を設け、それぞれに部長職を置く事になる。渡辺さんは「知らない間に部長にされていました(笑)」と語る。なお、演出部の部長は石黒社長が兼務している。
従業員41名は全て社員であり、内訳は制作が12名、仕上げが7名、他の者は演出・作画を担当している。
■会社初期の概観
アートランドの歴史を振り返ると、石黒昇と数人のみが所属していた時代があり、その後に『超時空要塞マクロス』『メガゾーン23』に参加した時代がある。『マクロス』等の時代には、板野一郎、平野俊弘(現・俊貴)、美樹本晴彦、結城信輝といった人気アニメーターが多数在籍していた(この時期については、後編にて詳しくお伝えする予定)。
■『銀河英雄伝説』以降
彼ら人気アニメーターが去った後は、『銀河英雄伝説』を中心とした各種OVAや、TVシリーズの制作協力を行っていく事になる。
『銀英伝』については「第3期以降マジックバス、シャフトと共に、3本に1本をウチで担当していました」と言う。アートランドでは、絵コンテ〜作画〜動画〜仕上げまでを一貫して行っていたそうだ。
同作は石黒社長がシリーズ総監督を務めた事もあり、アートランドにとっても重要な作品となった。
この頃と前後して、アニメ業界の主流はOVAからTVアニメに移っていき、制作本数が急増する。アートランドも大手制作会社のグロス受けを中心に、多数の作品を手がけていく事になる。
■グロス受け時代
13年ほど続いたグロス受け時代の中で、アートランドは最大で月8本を同時期に手がけるという離れ業を演じる。それも、安易に外注に頼るのではなく、ほとんどの工程を社内で消化していたのだから凄まじい。
渡辺さん曰く「これは石黒が立てた方針なのですが、できるだけ社内にたくさんの人材を育てよう、という事を常に意識しています。特に作画監督はどんどん育てて行こうと。そのおかげで、最多の8本を手がけていた時でも、基本的に作監は全て社内で行っていました」との事。この姿勢が、現在まで続くアートランドの地力を養ったといえるだろう。
■初のTVシリーズ『勇午』
グロス受けでの実績を充分に積み、社内では「グロスで7本も8本も作るよりは、TVシリーズまるごと1本を自社で制作した方が効率がよいのでは」という気運が高まっていたという。そして、2003年の『勇午〜交渉人〜』でアートランドは初のTVシリーズの元請制作を行う事になる。
『勇午』の制作スタイルは独特で、「パキスタン編(全6話)」と「ロシア編(全7話)」の2編に大きく分かれ、アートランドは後者のみを担当している。「この2編では監督も制作スタジオも異なり、絵柄も全く違うし、演出手法も違うんです」と渡辺さんは語る。
■『蟲師』ができるまで
話は1999年に遡る。この年、『今、そこにいる僕 NOW AND THEN, HERE AND THERE』に制作協力したアートランドは、大地丙太郎監督作品に初めて参加し、作品つくりとしての姿勢や映像への飽くなき取り組みかたを目の当たりにする。そして2004年の『十兵衛ちゃん2 ―シベリア柳生の逆襲―』の時に、チーフディレクターだった長濱博史が、アートランド担当回の出来のよさに目を留めたのが全ての始まりだった。
彼はちょうど同じ頃『レジェンズ 甦る竜王伝説』でシリーズコンセプトを担当していたが、この作品に企画協力で参加していた片岡義朗(注1)が長濱の才能に惚れ込み、「何か一緒にやれる企画はない?」と持ちかけた。
長濱はすでに「『蟲師』をアートランドでやりたい」というビジョンを持っており、トントン拍子で『蟲師』の制作が決定した。アートランドにとってこれは「降って湧いたようなありがたいお話でした」という。
■『蟲師』の制作状況
アートランドにとって初めてフルで制作するTVシリーズ、しかも2クール作品とあって、制作状況は「大変とかいう言葉では片づけられないほど大変でした(笑)」と渡辺さんは語る。制作環境についても「ごく普通の制作期間、ごく普通の予算、ごく普通の人数」だったというから、格別に恵まれていたわけではないようだ。
それでいて、質の高い仕事を最後まで維持できた事については、「一言で言うと、ミラクル。ミラクルが26回も続いた」と言うのだから驚きだ。
勿論、社内のほとんどの人材を『蟲師』に投入し、全社一丸となって総力を挙げて制作にあたったのはいうまでもない。制作は主に6班体制で行われ、作画監督は今泉賢一(注2)、田中将賀(注3)、杉光登(注4)の社内組3名と、総作画監督の馬越嘉彦が招集した西位輝実、馬場充子、加々美高浩の3名が担当した(後に中村章子も参加)。
また、全26話のうち2話分をグロスで社外(南町奉行所)に出したのみで、他は全てアートランド内部と、海外の提携スタジオのみで乗り切った事については評価されて然るべきだろう。
当然、長濱監督や馬越嘉彦の強力な「横のつながり」で多数の優秀なクリエイターが参加したのも書き加えなければならない。
■『蟲師』成功の要因
渡辺さんによれば「タイミングと縁」なのだという。それまで長い間のグロス受けで、あらゆるジャンルをこなしてきた基礎体力に加え、社内に作画監督を務められる人材が多く育っていた事、長濱監督の初監督作品という事で多くの優れたクリエイターが協力してくれた事、等の要因が挙げられる。「過去においても、恐らく未来においても、あれだけのスタッフが集まる事はもうないんじゃないか、とさえ思いました」と言う。
また、 長濱監督は原画だけでなく動画・仕上げも大切にする人で、常にこれらの重要性を口にしていたという。それによって、ただでさえ質の高い仕事で知られるアートランドの動画・仕上げスタッフが、さらにモチベーションを高めた事は想像にかたくない。
それはまた、撮影にしかり編集にしかり、「横のつながり」に加え「縦のつながり」が加わる事により作品に、確かな「太い幹」ができたのも付け加えなければならない。
■『蟲師』の反響
アニメファンのみならず幅広い支持を集めた『蟲師』だったが、その評価について渡辺さんは「社内にいると、どんなふうに思われているのかって今いち分からないんですよ」と言う。
『蟲師』は、2006年3月の東京国際アニメフェアにて、第5回東京アニメアワード・TV部門優秀作品賞を受賞。また、美術監督の脇威志が個人部門で美術賞を受賞している。さらに、文化庁メディア芸術祭10周年記念企画「日本のメディア芸術100選」のアニメーション部門で総合6位、2000年代の作品としては見事1位に選ばれている。
これらの高い評価についても実感はあまりなかったそうだが、同業者に会うと「『蟲師』って、どうやって作ったの?」と聞かれる事が多く、「制作中は作っているだけでいっぱいいっぱいでしたが、終ってから次々に反響が舞い込むようになって、評価のほどが分かりましたねえ」と言う。
「今にして思えば、歴史的な作品を作っていたのかな」と感じる事もあるそうだ。
■2006年秋放映開始の3作品
『蟲師』効果もあり、アートランドは2006年秋期にはTVシリーズ3本の制作を並行して行う事となる。それが『僕等がいた』『はぴねす!』『家庭教師ヒットマン REBORN!』という全く作風の異なる3作品だ。
渡辺さんによれば「これだけの本数ですから、外注さんの存在なしには回りません。ただキャラデ、総作監等のメインスタッフは社内から出してます」という。
まず『僕等がいた』については、アートランドではすっかりおなじみとなった大地監督の作品。キャラクターデザイン・総作画監督の白井伸明、総作画監督補佐の荒尾英幸は社内から選ばれた。また『蟲師』で最多の7話分の演出を担当した、そ〜とめこういちろうがチーフディレクターとして腕を振るっている。
『はぴねす!』は美少女ゲーム原作のアニメだが、これについても、キャラクターデザイン・総作画監督は社内から小関雅が担当している。
そして『REBORN!』は原作の知名度も高く、アートランドが今、全精力を傾けて制作している作品だ。
■『REBORN!』について
『僕等がいた』『はぴねす!』はマーベラスが製作に加わっているが、『REBORN!』には基本的に絡んでおらず、アートランドが自ら出資して製作委員会の一員となっている。
監督の今泉賢一については、『蟲師』のコンテ・演出を始め多くの経験を積んできた人材だが、今回が初監督であるため、石黒社長自らが監修としてサポートするという。
また、キャラクターデザインに抜擢した田中将賀は初キャラデとは思えない能力を発揮しており、事実原作サイドからは絶大な信頼を得ている。
「まだウチにはそれほど実績がないのに、(週刊少年)ジャンプ連載の、それも飛ぶ鳥を落とす勢いのある原作をアニメ化できるという事は、大きなチャンスだと捉えています。土曜の朝10時半という時間帯も、なかなかやれる枠ではないですから」と渡辺さんは意気込みを語ってくれた。
また『REBORN!』は原作自体かなり作風の変化が激しいので、アニメ版も思い切って演出手法を変えていく予定があるようだ。現在は序盤のため、比較的オーソドックスな子供向け作品のスタイルだが、今後キャラが増えて行くに従い色々と趣向を凝らしていくとの事なので、ファンは期待していいだろう。
■今後の展望について
これからの制作予定については「今後も年に何本かTVシリーズを制作する事になると思います」という楽しみな言葉をいただいた。これからはアートランドの名を冠した作品が、1年中TVを賑わせてくれるかもしれない。
一方で、グロス受け時代とは異なる展望の必要性を感じているようだ。「元請けは、ただ作品を作るだけではダメなんだろうと思います」という。それぞれの原作の特徴をとらえたスタッフ人事や、演出の方向性、適切なマーケティング、プロモーションなど様々な分野での能力が試されるのである。そのために「そう遠くないうちに営業部、企画部、版権部を社内に作らなければいけないんでしょうねえ」という。
最後に今後のアートランドについて、「まだまだウチの場合、目の前の仕事をこなすので精いっぱい。僕自身も会社も、勉強しなければいけない事は山ほどあると思っています」と謙虚に語る渡辺さんであった。
(注1)プロデューサー、マーベラスエンターテイメント取締役。現在はアートランド取締役も務める。
(注2)『家庭教師ヒットマン REBORN!』監督
(注3)同、キャラクターデザイン
(注4)現在はフリー
●プロダクション探訪 第2回 アートランド(後編)に続く
(07.01.09)
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