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渡辺歩・小西賢一が語る『のび太の恐竜2006』
(3)「作監修正を動画として描いていたんです」


―― 小西さんが、一番思ったとおりになったシーンはどこになるんですか。
小西 後になって、意外とこだわってたんだなあと思ったのが、黒マスクが最初にのび太の部屋に登場するあたりだったんです。原画をやってくれた方も上手な方なんだけど、ちょっと手を入れてしまいました。
―― こだわったというのは、具体的には?
小西 臨場感みたいなものを出すために、『ドラえもん』の世界に分け入ってくるような悪い大人の存在感をできるだけ現実的なものとして見せたい。できるだけ重みとかを強調して、『ドラえもん』の世界に違和感がある位にしたかった。そこまではできなかったかもしれませんけどね。
―― 黒マスクは、部屋からの帰り方もよかったですね。「ああ、こうやってタイムマシンに戻るんだ」と感心しました。
小西 あそこは、原画さんが描いたものに、ちょっと手を入れたくらいなんですけどね。
―― 僕もそうだし、他の観客もそうだと思うんですが、のび太がピー助の卵を見つけたところから、部屋戻るあたりまでが印象的です。
小西 うーん、なるほど。
―― 最初に卵を持ち上げる時の、重たい感じとか。
渡辺 あそこは卵の重さを、ちょっと出したかったんです。
―― 最初だけもの凄く重たそうなんですよね。
渡辺 その後、軽くなっちゃう(笑)。彼が卵だと確信した瞬間から、頑張れるという。
―― つまり、のび太が卵だと思い込むと軽くなるんだ。
渡辺 そうなんですよ。最初はよたっていて、重い感じでやっているんだけど。卵に違いないと思っていると、その気持ちのために、そこそこの重さになるんです。
―― 巷の作画ファンの間では、この映画で大平晋也さんが原画をやっているのではないかという噂がたっているようですけど、やってないですよね。
小西 やってないですね。黒いティラノのところを、そう思ったのかなあ。
渡辺 橋本さんのところ?
―― 2度目のティラノの方じゃないですか。桃太郎印のきびだんごをあげるところ。
渡辺 中山(久司)さんのところですか。
小西 ああ、あそこか。
―― あのシーンは、きびだんごを食べさせるところが中山さんですか。
渡辺 いや、あの一連の全部がそうですよ。
―― ティラノが出てきたところからですか。あのシーンの前半はリアルな感じで、桃太郎印の時は金田作画みたいだったじゃないですか。あそこで原画マンが変わったのかと思ったんですが。
小西 いや、同じなんですよ。
―― 芝居の内容が変わったので、中山さんが描き方を変えたんですか。
小西 そうですね。
―― なるほど。橋本さんは焚き火のところだけですか。
渡辺 そうです、そうです。
小西 ティラノが去って、のび太達が手前にくるまでですね。
―― あの焚き火はどうやって描いていたんですか?
渡辺 焚き火は凄いでしょ。
小西 僕もよく分からないんだけど。黒鉛筆で作画したタッチを取り込んで変換している……てことですよね。
渡辺 あれは、昔の東映のロボットアニメと同じようなタッチでした。それをそのまま取り込んでいるんですよ。
―― 中割りは?
渡辺 あれは中割りは、なかったかな。
小西 橋本さんが、全部描いてます。煙は中割りもありましたが。
―― 炎自体は橋本さんの原画をそのまま使っているんですね。後のほうでも、似たようなカットがありましたよね。
小西 それは、橋本さんのカットと処理を合わせたんです。
―― シンエイ動画作品では観た事がない炎の処理でしたよね。
渡辺 「いただき!」と思いました。シンエイ社内の人には「あの炎は塗りでいいんじゃないの」と言われましたけどね。「いや、やっぱり画である事を大事にしたいんですよ」と説明させていただきました。
―― 他に活躍が印象的だった方はどなたになりますか。
小西 活躍が印象的だった人はいっぱいいますよ。まずは、ピー助が生まれるシーンを描いた加来哲郎さんとかね。ずっと渡辺さんとやってきている人です。シンエイ社内の方では大塚正実さん。
―― 大塚さんはどこら辺を。
小西 いっぱいやってるんですよね。最初に担当したのが、オルニトミムスっていうダチョウみたいなやつに乗って、みんなが移動していくところ。あそこをまるまるやってもらっています。それから、最後の闘技場みたいなところでの恐竜対決もやってる。それから、冒頭のシーンで原画直しを手伝ってもらいました。
渡辺 そうそう。
―― 冒頭って、タイトルが出るまでのところ?
小西 タイトルの後のスネ夫の部屋です。タイトル前の部分は山下高明さん。
―― リアルなティラノが出てくるところですね。セル描きの木がよかったですよね。
小西 よかったですねえ。
渡辺 あのロングショットで木が倒れるところは、手前の木をCGにしようかという話もあったんですが、全部描く事にしたんですよ。
―― そういえば、いかにもCGを使いました、という描写はあまりなかったですよね。
渡辺 ないんですよ。
―― カメラ移動のところくらいだよね。積極的にデジタル使うと聞いていたから、恐竜にテクスチャーでも貼るのかと思った。
渡辺 今回のやり方だったら、手で描くのがいちばんリッチだろうと思ったんですよ。描く事自体は大変なんですけどね、
小西 そういうCGとかテクスチャーのありがたみって、上手に使わないともう感じないじゃないですか。やってもゲームっぽく見えちゃったりしてね。本物って感じがしないというか……。逆に手で描いてあるほうが、よっぽど凄く見える。
渡辺 そうそう。(質感などは)想像して観てもらえるというかね。そうした方が、伝えられる事があると思うんです。
―― 渡辺監督的には、印象に残ったスタッフはどなたになりますか。
渡辺 それはもう沢山いらっしゃいますよ。名前を挙げ切れないくらいです。
小西 ほら、タイム空間の追っかけと、ケツアルノコカトリスのところを描いてくれた……。
渡辺 そうそう。鳥に追いかけられるところは佐々木政勝さんがね。
小西 佐々木さんは、手だれ中の手だれなんです。シンエイでは『パーマン』や『(ザ・)ドラえもんズ』などで活躍されています。
―― なるほど。
小西 もうね、みんなよかったですよ。
渡辺 みんなよかったです。若手では牧原亮太郎君かな。これは2度目に黒マスクが出てきたところですよ。こてこての芝居をして。
小西 彼は弱冠26歳かな。佐々木美和さんと若者組でよく頑張ってくれました。
―― 前の『のび太のワンニャン時空伝』で、猫耳しずかちゃんを描いた金子(志津枝)さんは、今回もしずかちゃん描いているんですか。
渡辺 今回は、ラストですね。ラストのお別れのところ。
―― お別れのところは、小西さんの原画じゃないんですか。
小西 違います。あそこは金子さんの原画です。
渡辺 あとは、やっぱり浜洲(英喜)さんですかね。
小西 そうそう、今回も素晴らしかったなあ。本当にあげていけばキリがない。
渡辺 浜洲さんは、のび太が帰ってきてから遊ぶところとかね。ボール遊びやランドセルを放るところ。どれもよかったですよ。
小西 松本(憲生)さんもやってるしねえ。
―― 松本さんはどこをやっているんですか。
渡辺 時間の問題もあって、たくさんは描いてもらえなかったんですよ。無理に無理を重ねてお願いしたものですから。最後の水の中から逃げるところですね。
―― 最後の闘技場から逃げるところって、欠番カットが出ていませんか?
渡辺 出てますよ。
―― 尺の関係ですよね。頭からコンテ描いて頭から作画したであろう事は、手に取るように分かりましたよ。
小西 (笑)。
―― 終わりのほうが、あんなテンポアップするなら、前半ゆっくりしすぎかもしれないと思いました。
渡辺 なるほど(笑)。最初のプランどおりに作ったら、3時間ぐらいになってしまったはずなんです。途中で割愛したところもあるし、当然、前半からもだいぶ欠番を出したんですよ。
―― そうなんですか。
小西 どうしても最後は時間との勝負になりますからね。
渡辺 そうですね。後半は押せ押せのムードで作っていましたから。まあ、描き切って、塗り切って、撮り切ったというのが、奇跡に近いような状態ではありましたね。僕個人としては、つらいところがないわけではないですけどね。もう少し丁寧に見せたかったところもあるし、アジトのところも本当はもっと違った組み立てがあったかもしれないとは思うんですよ。でもね、ここまで作ってきた皆の気合いで、最後はもっていった(笑)。
―― やっぱりアニメは、最後には精神論ですね。
渡辺 僕は自分が、長編の長さを持て余すんじゃないかと思っていたんですが、逆でしたね。むしろ、まとめるのが難しかった。2時間弱という時間は長いようで短かった。結局尺との戦いになってしまった。やっぱり決められた尺の中で成立させるのがプロなんだ。だから、僕はまだまだアマチュアですね(笑)。
―― いえいえ。
渡辺 ほんとに。
―― 小西さん的には、そんな監督の仕事ぶりは、いかがでしたか。
渡辺 (笑)。僕なんかよれよれですよ。
小西 僕はコンテが上がってくるたびに、ブルーになりましたけどね(笑)。大変すぎて。
―― コンテで芝居がたっぷり入っていた?
小西 そんなにたくさん入ってはいないですけどね。やっぱり動かさないと成立しないような内容が延々と(笑)。しかも、おまけ要素が多いじゃないですか。やっぱり子供を楽しませるというのがいちばんにあったんでしょうね。
―― おまけ要素って、たとえばタイムマシンの……。
渡辺 針の仕掛けとかね。
小西 これは大変だろうと思うものが、当たり前のように上がってきたもんね。それを凄いとも思ったけど、もうちょっと時間と人を考えてね、と(笑)。
渡辺 (笑)。
小西 でも、実際に上がったものは、ほんとに楽しいし、僕自身は満足している部分が大きいですね。
―― 微妙な描線がいっぱいありましたけど、あれはどうやって描いているんですか。
小西 あれはシステム的に言ってしまえば、作監修正を動画として描いていたんです。
―― 作監修正の画を、そのまま動画として使った?
小西 そうです。『となりの山田くん』もそうだったんですけどね。ただ、今回は部分修でもそうしちゃった。残りの部分は、動画さんに合わせて描いてもらって。どうしても動画がトレスする事によって変わっちゃう部分があって、今回のようなシンプルなキャラクターだとそれが大きいんです。それと、ああいう風に線に強弱をつけたかったというのもあって、そういうシステムにしたんですけど。
―― 例えば、作監で全修したとしたら、それをそのままスキャンするわけですか。
小西 そうです。普通だったら、動画の方が原画をトレスするんですけど、修正をそのまま動画として使った。中割りは、原画の線に合わせてやってもらう。
―― なるほど。動画の人はそれに対応できたんですか。
小西 そのための動画注意事項を作ったんですよ。
―― エキスパートの動画マンに頼んだわけじゃないんですね。
渡辺 誰に出しても同じようになるようにしないと、映画として成立しないですからね。
小西 海外に出しているものもありますから、どう上がるかは賭けでしたね。実際うまくいってないカットもたーくさんあります……。
渡辺 動画の人の戸惑いは大きかったと思いますよ。
小西 1000カットあったら、1000カット全部成功しなくてもいいんですよ。ある程度のパーセンテージが成功していたら、だいたい狙いどおりのものに見えるんです。
渡辺 そうそう。
小西 それを引きのカットでやっても意味ないし。逆にロングのカットは綺麗に描くように、注意事項に入れておきました。
―― なるほど。僕は2度、劇場で観たんですよ。最初に観た時は、全編がハンドメイド感の作画と、整えてない画でできているような印象があったんです。だけど、2度目に観たら「あれっ?」て(笑)。「そうでもないぞ、整っているところもあるぞ」と思った(笑)。
小西 そうですよね。
―― キーになっているところのインパクトが強かったので、全体がそういう仕上がりになっているように見えたんでしょうね。
小西 止まる画とか寄りの画とか、そういうところでは、できるだけ僕が手を入れるようにしたんです。
渡辺 前半のそういったイメージをそのまま持ち続けてくれれば、後半もそういう感じで観てもらえたと思うんですよ。
小西 最後の闘技場のシーンは暗いから、あそこでそれをやっても効果が出ないじゃないですか。だから、できるだけ前半の明るいシーンとかで、それを印象づけておいて、あとはできるだけやればいいやと思っていました。それから、自分が修正を入れたカットでなくても、原画の線をそのまま生かしてくださいと、動画にオーダーしたところもあるんですよ。
―― なるほど。それは線に味のある原画の時にですか。
小西 そうですね。「この線はいい感じだから」とか。僕の線に固執するわけでなく、いい感じに描いてあれば、その線を生かすようにオーダーするわけです。それをしっかり無視してくる動画の人もいるんですけど(苦笑)。
―― 物量とスピードの事を考えると、今回は、監督や作監が動画を直したりする余裕はなかったんですね。
渡辺 ないですね。それはほんと皆無に近かったですよ。作画的な直しっていうのは、最終局面になっちゃうと2次的、3次的なものになっちゃうんですね。色や撮影の部分を成立させるって事が重要になってきちゃいますから。まあ、それを言ったら、時間をかけて小西さんに手を入れ直してもらいたいカットが数百カットくらいありますけどね。
小西 僕が今までやってきた作品と比べると、一発撮りに近い感じでした。今までだと一度撮影してみて(タイミングなどを)調整したんですけど、今回はその時間はありませんでしたからね。
渡辺 「えいや!」と撮った感じですね。
小西 未完成品を観られてるような気もして、つらいと言えばつらいんですけどね(苦笑)。
―― いえいえ。
小西 まあ、でも限られた時間の中で、まあやれるだけの事はやったと。
渡辺 うん。
―― いや、そもそも達成すべき目標が高いですからね(笑)。
渡辺 ちょっとね、高すぎましたかね。
小西 線の事なんて、普通だったら余計な事なんだよね。
―― その分、他に労力を回したほうがいいとか?
小西 途中でそう思った時もありましたけど、「やり始めたからには、やるぞ」という感じで。
渡辺 「これは2年かけなきゃいけないですよ」と多方面から言われました。
―― 観客である僕らからすると、2年かけたはずだよ、と思いますが。
小西 作画には1年もかかってないですよ。
渡辺 かかってないですね。6ヶ月ぐらいですね。
小西 僕も驚き。この期間で、ほんとにできちゃうんだって。それだけ大変でしたけどね。キャリアのある人でも、今まででいちばん大変だったと言ってる人が何人かいましたから。
渡辺 こんな仕事は二度とやらないという人もいるでしょうね。
小西 でも、ちょっと特別な作品になったかな。
渡辺 そういう情念や怨念みたいなものは、フィルムに焼きついているような気がしますね。

●渡辺歩・小西賢一が語る『のび太の恐竜2006』(4)に続く


(06.04.19)

 
 
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