web animation magazine WEBアニメスタイル

■恩地日出夫監督
劇場版『地球へ…』を語る

■第1回
■第2回
■第3回

 
恩地日出夫監督 劇場版『地球へ…』を語る
第2回 俺はカットを割るのが嫌いだから


―― 具体的に、どんなかたちで制作が進められていったんでしょうか。
恩地 僕が決めた事を、笠井君がスタッフと一緒に具体化していったんだと思います。普通の劇映画とアニメとは、命令系統が違ったりするじゃない。だけど、僕は劇場映画を撮ってるつもりでやってたからね。監督が白と言ったら、スタッフが黒だと思っても白になる作り方をしちゃったから。それをスタッフに伝えて具体化していった笠井君が、一番大変だったんじゃないかねえ(苦笑)。
―― 『地球へ…』は動かし方や、カットの構成が独特ですよね。日本のアニメーションとして、異色の仕上がりになっているんですよ。例えば、歩きの見せ方とか。
恩地 それが一番大変だったね。俺は、日常というものをちゃんと撮るのが映画だと思ってるんだ。トップシーンで、ジョミーが夢を見て、目覚まして、ベッドから降りて、パンツをはいて、歯磨いて、飯食うなんてのは、普通に映画で撮ると一番簡単なシーンなんだよね。役者に演らせればいいんだから。だけど、アニメでそれ描くのは大変なんだよ。逆に宇宙ステーションから戦闘機が飛びだして、操縦している人間の顔のアップを写して、宇宙ステーション入れ込んで向こうに飛んでいくなんて、映画で撮ったらどれだけ金がかかるんだっていうシーンだよね。だけど、アニメは、そんなのは簡単に描いちゃうんだよね。
―― むしろ、そういった映像は得意ですよね。
恩地 そうなの。そういうのを撮るのは、お金もかからないんだよ。だけどさあ、歯磨いたりね、パンツはいたりは大変で。
―― しかも、長回しでやってますよね。
恩地 そうそう。俺はカットを割るのが嫌いだから。
一同 (笑)。
―― 恩地さんがお持ちになった「キネ旬」にも絵コンテが載ってますけど、絵コンテを描いたのは笠井さん達なんですよね。カットをどう割るかについては、どのように指示したんですか。
恩地 僕が文字で書いたりして指示をした。「ここからここまでは割るな」とか、細かく指定して。それを笠井君が自分で描いたり、誰かに描かせたりして、絵コンテにしていったわけだよね。
―― 上がってきた絵コンテに関して、リテイクを出すような事はあったんですか。
恩地 勿論、注文は出しました。
―― 絵コンテで問題になったのは、アイレベルですか。
恩地 要するにアングル。
―― さっきの人物の背後に天井が見えてしまう問題ですね。その問題は、コンテ作業を進める段階で生じたんですか?
恩地 いや、それは最初から言っていた。撮影所のセットって、天井がないんだよね。天井があったら、上からライトが当てられないわけだから。だから、カメラが上を向く事はめったにないんだよ。だって、下から顔を撮るなんて、自然なアングルではないものね。時には天井をフレームに入れてもいいけど、基本はやっぱりストレートだろう。それは最初に注文した。「背景にYを入れないで遠近感出すのが勝負だろう」と言ったんだよ。
 困ったのは芝居の指示だった。映画撮ってる時は、芝居が下手だったら「もう1回」と言って、気に入った芝居なら「OK」と言やあいいんだけど、アニメの場合は、ラッシュが上がってこないと、OKかNGか分かんないんだよね(苦笑)。俺は画を見せられても分からないから、フィルムにならないと、という感じだったよね。
 NGの場合はリテイクになって、お金もかかるし、時間もかかる。どこまで俺が「NO」って言い切れるかが勝負だったんだけど、やっぱり封切日も予算も最初から決まっている。俺は予算はあんまり気にした事はなかったけど、「影武者」にぶつけると言われているわけだから、封切を遅らせるわけにはいかない(笑)。
一同 (笑)。
―― 当時の他のアニメに比べて、比較にならないくらい、作画の手間がかかってると思うんですよ。恩地さんの指示に対して「これは無理ですよ」みたいな反応は、現場からは出なかったんですか。
恩地 無理も無理じゃないも、上がってきたラッシュに対して「これじゃ駄目」と言えば、もう一遍やるしかないわけだろ。
一同 (笑)。
恩地 (笑)。最初から「できません」と言われる事はなかったね。それはみんな、偉かったと思うよ。俺は、アニメの事を何も知らないでやっていたから、相当無理な注文をしてたと思うんだよね。知ってたら、あんなふうに注文できなかっただろうと思う。だから、丸1年かかったかなあ。
―― 脚本から完成までに1年ですか。
恩地 脚本の作業を始めて、大泉学園に行くようになってから1年。だって、俺、これをやっている間に、TVで3本ぐらい撮ってるもの(笑)。だって、画を描いて、撮って、それを笠井君が見て、「まだお見せできません」とか言うんだからね。彼が「見てください」と言うまでに、凄く時間がかかったわけ。
―― 個々のカットに関して、笠井さんが念入りにチェックしていたわけですね。
恩地 うん。彼がチェックをして「ここなら見せてもいい」と判断したものを、俺に見せていた。
―― 笠井さんの仕事量は、相当なものだったんですね。
恩地 相当大変だったのかもしれない。彼も「キネ旬」で「撮影所でいえば、助監督みたいなものでしょう」と言っているけれど、助監督だとしたら、相当の助監督だね。普通はあそこまでの責任を、助監督は負えない。
―― 技法的な面で思ったようにできなかった部分はありますか。
恩地 いまだに「失敗した!」と思っている事がある。最後にキース・アニアンとジョミーが戦ったところで、傷がつくじゃないか。普通の映画では「汚し」と言って、メイクで汚したりするんだよ。それをやるために、セル画を1枚重ねたわけだ。例えば、キース・アニアンの頬っぺたに、汚れてる部分を描いたセル画を1枚重ねたわけだ。それが、動いちゃうんだよね! 「何で『汚し』が動くんだよ」と言ったら、「でも、これを直してると、封切に間に合いません」とか言われて、動いてるまんま(苦笑)。多分、今回のDVDでも動いていると思う。
―― つまり、顔の動きと別に「汚し」だけが動いてしまうわけですね。
恩地 そうなんだ。別に描いて重ねてるから。あれは失敗したね。でも、そういう試みって大事なんだよね。例えば「七人の侍」で、米櫃から出た米のアップを撮る時に、セットの床の木がツルツルだった。それで黒澤明が「こんなわけはない。もっと木目が浮いてるはずだ」と言った。どうやって木目を浮かすのかを、大道具が考えた。真新しい木をガスバーナーで焼いてワイヤーブラシでこすると、木目だけが残って、長年経ってる民家の床になる。それは「七人の侍」以来、焼き板と呼ばれて、東宝の大道具の専売特許になっちゃったわけだ。やり方を知っていれば、どうって事ないけれど、それを考えつくまでが大変なんだよね。
 今はアニメでもそういった事が、簡単にできるようになっているのかもしれないけれど、27年前に「汚し」は簡単にはできなかった。そもそも格闘した後に、傷ついたり、服が汚れたりするという発想がなかった。で、色々やってみたけど、動いてしまったという事なんだと思うんだけどね。でも、物を作っていくんだから、そういうトライは必要だと思うんだよね。失敗がなきゃ、前に進まないからね。
―― 映像の質感についてはいかがですか。
恩地 映画って、暗いところと明るいところが大事なんだよね。明るいところと暗いところのグラデーションで、映画の画の深みが出るわけで。白黒だった頃は、明るさのグラデーションだけで、色を出さなきゃいけなかった。そういうとこで俺は育っちゃってるから。
 だけど、アニメのキャラクターには、そのグラデーションがない。最初は「勘弁してよー」みたいな感じになってたんだけどね。でも、それは背景で出せる事が分かった。背景に明暗を出しておく。例えば宇宙空間の中に、明るいとこと暗いとこ描いておいて、その中で宇宙船を動かせばいいわけだからね。そういう事を要求しちゃったから、背景も大変だったかも知れないけどね。でも、土田君はいい仕事をしていたよ。今でも、顔を憶えてるくらいだから。彼はまだ元気なのかなあ。
―― 一昨年に取材でお会いしました。お元気でしたよ。今はアニメの現場から離れて、自分の絵をお描きになっているそうです。
恩地 ああ、そう。あの人、本当に絵描くのが好きなんだね。

●恩地日出夫監督 劇場版『地球へ…』を語る 第3回に続く

[DVD情報]
「竹宮惠子DVD−BOX」
DSTD02698/片面1層(一部 片面2層)カラー256分(本編)、4:3 (一部 16:9 LB)、封入特典、映像特典
収録作品:『地球へ…』、『夏への扉』、『アンドロメダ・ストーリーズ 』
価格:12,600円(税込)
発売日:2007年6月21日
販売元:東映アニメーション株式会社
[Amazon]

「地球へ…」DVD
DSTD02696/片面2層カラー112分(本編)、16:9 LB、映像特典、ピクチャーレーベル
価格:4,725円(税込)
発売日:2007年6月21日
販売元:東映アニメーション株式会社
[Amazon]



(07.04.19)

 
 
  ←BACK ↑PAGE TOP
 
   

編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
Copyright(C) 2000 STUDIO YOU. All rights reserved.