アニメスタイルイベント特別企画
『カイバ』湯浅政明監督・公開インタビュー(1)

 先日、おなじみ新宿のLOFT/PLUS ONEで開催された第49回アニメスタイルイベント『カイバ』特集。ゲストは、原作・シリーズ構成などを兼任した湯浅政明監督、総作画監督・キャラクターデザインの伊東伸高、そして各話メインスタッフとして活躍した横山彰利、三原三千夫の4人。企画の成り立ちから制作現場でのエピソード、観客とのQ&Aまで、様々なトークがにぎやかに展開した。
 イベント前半の第1部では、湯浅監督と本誌編集長・小黒祐一郎による公開インタビューが行われた。いつものアニメスタイルイベントでは、その場限りの「ここだけの話」がメインになる事が多いが、今回はWEBアニメスタイルのためのインタビュー取材をイベント中にやってしまおう、という初の試み。その模様を全4回に分けてお届けしよう。当日、会場へ来られなかった湯浅作品ファンの方はもちろん、観客としてその場に居合わせた方も、会場の空気を思い出しながら楽しんでいただきたい。

開催日■2008年9月23日(火)
会場■LOFT/PLUS ONE
出演■湯浅政明、小黒祐一郎
(構成/岡本敦史)

小黒 では、なるべくダラダラッとお話を始めたいと思います。インタビューなので、お客さんの反応をいちいち気にせず、勝手に話を進めてしまうかもしれませんが。
湯浅 すいませんね。皆さんも飲み食いしながら、なんとなく聞いてもらえればいいかな、と。
小黒 そうそう。オヤジ2人が飲み屋で喋ってるなあ、みたいな感じで、広い心で受け止めてくださるとありがたいです(笑)。監督は今、『カイバ』が終わって一段落という感じなんですか?
湯浅 そうですね、段落してます。次の準備も、ちょこちょこやってるような感じですね。まだ確定はしてないんですけど、これに決まるといいなーって。
小黒 今、これほど恵まれているアニメ作家もいないと思いますよ。自分のオリジナル作品をTVシリーズで、しかもロボットものでも萌えものでもなく、こんなに連続して作っている人なんて。
湯浅 まあ、多分そうなんでしょうね。凄く恵まれていると思うんですけど、あまり意識しないようにしてます(笑)。ありがたいなーとは思いつつ、やっていると「もっといい環境でやりたいなあ」とか思っちゃうんですよね。まあ、『カイバ』はなかなかいい反応がもらえたので、よかったなあと思ってるんですけど。
小黒 あ、観ている人から。
湯浅 そうですね。最初はもう少しマニアックなものをやった方がいいのかと思ってたんですけどね。『ねこぢる草』みたいな感じのものを。
小黒 あのぐらい難しいものを、TVシリーズで?
湯浅 ええ。WOWOWで深夜にアニメを観る人って、かなり限られてるじゃないですか。そんなエネルギーのある人に観てもらうには、ちょっとマニアックじゃないといけないのかなって。だけど前回の『ケモノヅメ』も、僕的にはわりと普通に分かりやすく作ったつもりなんだけど、「マニアックだ」って言われたんですよね。だから画的には、もう少し分かりやすくしなきゃいけないのかな、とも思って(笑)。それで今ぐらいの、いい感じに作れた。
小黒 なるほど。元々、この企画はどの時点から始まったんですか?
湯浅 『ケモノヅメ』が終わって、次の作品をやらなきゃいけないという時に、企画を3つぐらい出したんです。マッドハウス側から「これがいちばん面白いから、これで」と言われたのは『カイバ』とは別の企画だったんですけど、ちょっと順番にやりたいんです、みたいな事を言って。とりあえず今の能力でやれそうなものをという事で『カイバ』になった。これはホントに単純に、記憶を入れ替えられる世界というのを、童話っぽいシンプルな画で展開できたら面白いだろうなあ、というだけでスタートしたんです。

カイバ場面写1

▲第1話より。シンプルな絵柄でダイナミックなアクションが展開する

小黒 「記憶」というテーマは、最初からあったんですか。
湯浅 最初からですね。尊厳死とかの問題で、人間がどこで死んだかを判断するのは、やっぱりその人自身を形作っている記憶が失われてしまった時なんだろうな、というのがあって。記憶がなければもうそれは別人で、その人は死んだという事になる。医学的にも脳のメカニズムがいろいろと解明されてきて、人間というものを凄く客観的に見られるようになった。「人間は遺伝子が乗るビークルである」みたいな事を言ってる本も昔からある。だんだんと、人間それ自体には中身がないような、魂のない、単に反応するだけの機械のようなイメージが生まれてきた。それが凄く嫌だったんです。そういう事を、わりと面白おかしく、藤子・F・不二雄的な分かりやすい展開でやりながら、「記憶以上に人間を形作るものがある」みたいな雰囲気のオチをつけられないかなー、という事で始まったんです。
小黒 ああ、なるほど。むしろ、記憶=人間だとか、遺伝子が人間の本質だとか、そういう捉え方が嫌だった?
湯浅 まあ、ホントはそれがいちばん大事なんですけどね。だけど、それ以上に何かほしい、っていう。単なるデータとして残る以上のものが、何かあってほしい。その理由づけをしたいと思って始めたんです。
小黒 劇中で、カイバとかが他人の記憶の中に「具体的に」入っていくじゃないですか。あれはどういう設定なんですか?
湯浅 まあ、脳の中にいろんな過去の記憶をしまっている場所があって、それを閲覧できるようになっているという事ですね。だから、凄くテキパキと記憶が吐き出せる人の脳というのは、理路整然と本が並んでいるような状態になってるんだろうと思うんですよ。僕なんかは、なかなかいろんな事を思い出せなかったりするんで、多分、本が乱雑に積んである状態なんだろうなーと思ってて。それで探すのに凄く手間取って、なかなか記憶が出てこない……という風なイメージを、そのまま画にしちゃおうと。凄く狭い部屋の中に本が乱雑に積んであって、本棚も近すぎるから本が出てこないとか、メモはいっぱいあるけど整理してないから分からないとか。

カイバ場面写2

▲第3話より。様々な記憶が収められた脳内の部屋

小黒 『ケモノヅメ』の12話でも、一馬が利江の心の中へ入っていくと、記憶の本棚があるというシーンがありましたよね。
湯浅 そうそう。そこでもやっぱり、そういうものを入れたかったんです。
小黒 あの時は尺の問題で、なんだかよく分からなくなっちゃいましたけど。
湯浅 (苦笑)。まあ、それをもっと具体的にやりたいと。だから脳の中の描写も、リアルにやると分かりづらいんで、部屋があって、本棚があって、その本になんか書いてあると分かりやすいだろうな、という。あんまりイメージに振らずに、具体的なもので表現できたらと思ったんですけどね。
小黒 その中へ他人が入っていけるというのは、この世界では当たり前の事なんですか?
湯浅 ああ、そうですね。ホーレイトーという機械を使えば、閲覧できる。だから、たとえばクラスの前の席に座ってる男にピッと放射すると、本棚を探れば誰が好きなのかも分かっちゃうし、本の中身を消せば勉強した事も忘れちゃうし。放射された人間は止まっちゃうので、停止した機械の回路の中に入っていくという感じですね。
小黒 『カイバ』で戸惑うのは、今起きているこの事件が、この世界ではどのぐらい不思議な出来事なのか分かりづらいところですね(笑)。
湯浅 まあ、地球から出発して旅するカイバの視点、みたいなニュアンスで観てもらえるといいかな、と思ってるんですけどね。基本的に、みんな地球人とそんなに変わらなくて、記憶が卵でできている事以外はほぼ同じという設定なので。

カイバ場面写3

▲第10話より。ヒロインのネイロと、主人公のカイバ

小黒 レトロフューチャーっぽい感じは、最初から狙ってたんですか?
湯浅 いや、それは考えてなかったんですけど、やっぱり“今ない絵柄”に惹かれるんですよね。『ケモノヅメ』の時は『タイガーマスク』とか『(忍風)カムイ外伝』とか、凄く荒々しい画というイメージがあったんだけど、今度はもっとアニメブーム以前の、僕が小さい頃にいっぱいあったような、すっごい丸っこい画がいいなと思って。歳をとってくるにつれて、逆に古いものに惹かれるところがあるんですよね。日本動画っていう東映動画の前身の作品とか、ディズニーの白黒時代のミッキーマウスとか。『カイバ』は、そういう丸くてふかふかしたデザインで、童話っぽくシンプルにやりたいというのがあったんです。
小黒 なるほど。
湯浅 それで、キャラクターデザインを何人かに頼んだんですけど、その都度うまくいかなくて(苦笑)。自分でも、こんな感じかなーというキャラのモチーフは考えてたんですけどね。丸っこくて、フカフカしてて、初期の手塚治虫だったり、杉浦茂っぽい感じだったり、そこら辺でやりたいんですよねーって話はするんだけど。上がってくるたびに、なんか僕が考えているラインに入ってこないんですよね。それでもう最終的に、伊東(伸高)君に頼んだら、かなり手塚治虫に集中して上がってきた(笑)。でも、全然オーダーしたとおりのラインに入ってたので、それで行こう! みたいな感じになったんです。
小黒 さすが伊東さん。

カイバ場面写4

▲第2話より。旅の途中で出会う密航仲間(どれがカイバでしょう?)

湯浅 だからまあ、そんな感じの方向でシンプルに展開できればいいな、と思って。それに『ケモノ』の時は、写真を使った背景を毎回作ってたんですよ。その写真を撮ってくるのがもの凄く大変で。ただでさえ大変な現場が、もうてんやわんやになった(笑)。今回は何も取材しなくて済む、頭の中で作れるものだけで作ろう、みたいな気持ちがあったんです。もう「山を描いて窓を描いちゃえば、それは建物だ」とか、凄く簡単に作っていこうという感じでしたね。
小黒 ストーリーは、近未来SFとかではなく、全くの異世界でやろうと。
湯浅 そうです。ホント、嫌なんですよ。異世界って言いながら地球っぽいアニメって。
小黒 ああ、はいはい。「これって単にヨーロッパじゃん」みたいな。
湯浅 そうそう。普通にバーがあって、バーボンみたいなのが置いてあったりとか。未来風の携帯電話っぽいメカを使ってたりとか。そういうのが嫌だったので、地球とは全然違う世界を作れればなあ、と思ってたんです。フランスのルネ・ラルーの『ファンタスティック・プラネット』とか、わりと唯一に近いぐらい、全然違う世界を構築してると思うんですけどね。観た事ある人、どれくらいいます?(客席の何人かが手を挙げる)……あ、結構いますね。
小黒 さすが、ウチのお客さんは濃いね(笑)。
湯浅 (笑)。だから、とにかくあれぐらい違う世界でやれればいいと思ってた。だけど、いざ始めてみると大変なんですよね。全く違うものにしちゃうと、それがなんなのか説明が必要になってくるから、普通に話が作れなくなってくる。なので、まあギリギリのところは分かりやすくしました。テーブルがあって、椅子があって、コップがあって、みたいなところは変わらない。けど、コップの形はできるだけ違うようにしたい、とかそんな感じ。

カイバ場面写5

▲第8話より。フシギな形のコップ

小黒 じゃあ、最初はコップやテーブルもないような世界だったかもしれないんですね。
湯浅 そうですね。そうやって、できるだけ異世界の設定を出していった。ただ、『カイバ』も、前の『ケモノヅメ』もそうなんですけど、美術設定ってものがないんですよ。各話の担当者さんに、ある程度は任せているので。全然違う世界にしたいんだけど、やっぱり各々の持ち味があるので、わりと地球っぽいものが入ってきたりする。そこはできるだけ排除したり、過去を感じさせるものに限っては、ちょっと地球っぽいレトロな感じがあってもいいかと思って残したり。4話の婆さんの思い出の品とか、6話の老夫婦の船とか。そういう例が出てくると、もう「昔の物はちょっと地球っぽくてもいい」っていう設定にしちゃえばいいかな、って(笑)。そこら辺を見ると、地球が発展した後の世界みたいなニュアンスもありますけどね。
小黒 5話の冒頭なんかは、相当な異世界感が出てますよね。
湯浅 あれは全然、こっちから出したものは何もないと思います。アビパの町並みは、あの話数を担当したウニョン(CHOI EUNYOUNG)が全部考えていると思うんですけどね。

●『カイバ』湯浅政明監督・公開インタビュー(2)へつづく

●関連サイト

『カイバ』公式サイト
http://www.wowow.co.jp/anime/kaiba/

マッドハウス公式サイト
(湯浅監督コラム「カイバ←湯浅政明←ケモノヅメ」連載中)
http://www.madhouse.co.jp/

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(08.10.15)