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■アニメ様の七転八倒 小黒祐一郎
第6回 作家・新房昭之の本領発揮
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「これは、もっと多くの人に観てもらいたい作品だ」「もっと評価されるべき作品だと思う」といった書き方がある。最近、なるべくそれをやめようと思っている。あんまりにも押しつけがましい言い方だからだ。手垢がついてしまって、あまり気持ちが伝わらないような気もする。だけど、この原稿では、それを書く。新房昭之監督についてだ。
昨年末、アニメージュの「この人に話を聞きたい」で、久し振りに新房監督に取材をした。取材でお会いしたのは、10年前の月刊ニュータイプの付録以来である。その後、彼や他のスタッフとお酒を飲む機会があったけれど、それからでも7年か8年経っている。10年前に取材した時にも思ったのだが、新房さん自身はのんびりした方で、作られる作品とは随分と印象が違う。それと、彼はちょっとシャイなところがあって、雑誌などに写真が載るのが嫌なのだそうだ。だから、「この人」の写真も、このコラムと一緒にアップされる取材記事でも、あまり顔がわからないような、荒らした写真を掲載している。
新房さんは、バリバリの映像派である。それも、かなり強烈なビジュアルを作る。極端にコントラストをつけて、BL影を多用。ちなみにBL影とは、黒色の影の事だ。色遣いも奇抜で派手。構図も凝る。一言で言えば、エキセントリック。彼が作る作品は映像だけでなく、内容も濃密である。明らかに作家。映像作家だ。『ANIMATRIX』のようなオムニバス作品がまた作られる事があったら、是非とも参加してほしいと思うくらいに作家だ。だけど、彼はアートの世界にはいかない。『The SoulTaker』が特に顕著なのだが、映像美を追求した作品でも、商業アニメの枠の中に留まっている。むしろ、アニメらしい派手な色遣いや、メリハリのつけ方を高める事によって、独特の映像を作っているのだ。僕が新房さんの作品が好きな理由は、そこにあるのかもしれない。
僕が新房さんの名前を覚えたのは、『幽★遊★白書』だった。彼にとっては演出デビュー直後のシリーズだ。『幽白』では、作画監督の若林厚史と組む事が多く、何本もの力作を残している。中でもインパクトがあったのが、58話「究極奥義! ほえろ黒龍波」。暗黒武術会の決勝で、飛影が炎殺黒龍波を使って暴れまくる。演出と作画のパワーが炸裂したエピソードで、やたらと温度の高いフィルムだ。本放映時に、友人のアニメーターと「あれは誰の仕事だ!?」と噂し合ったのを覚えている。
アクションやエフェクトが中心の話だから、このエピソードに関しては、アニメーターの力が大きいのだけれど、新房さんはその力を引き出すディレクションをしている。演出と作画が一緒になって暴走している、という表現の方が正確かもしれない。ちなみに新房&若林コンビは、これ以外にも飛影が主役になるエピソードを手がける事が多かった。それらは作画がハッチャケすぎていて、女性ファンには不評だった。さらにつけ加えると、飛影が黒龍波を使う話は、僕の記憶では全部、新房さんが演出をしているはずだ。誰だか知らないが、そんなふうに仕事を割り振った人も偉い。
『幽★遊★白書』におけるもうひとつの代表作が、74話「テリトリーを打ちやぶれ!!」。これは病院を舞台に、超能力を持ったドクター神谷というキャラクターと幽助が戦う話。ドクターは狂気に取り憑かれた男であり、彼のために病院内で次々と人が死んでいくという凄惨な内容だ。新房さんは、病院内を暗く描き、キャラクターにはたっぷりとBL影を落とし、そして、窓の外は透過光で強く光らせるという思い切った画面構成をとった。74話はドラマと映像がマッチし、テンションの高い、異様な印象のエピソードとなった。
ビデオメーカーのプロデューサーが、たまたま、このドクターの話を観て、その演出に惚れ込み、新房さんを新作の監督に抜擢した。それがTVシリーズの『メタルファイター▼ MIKU』。ちなみに▼は、本当はハートマークである。これが彼の監督デビュー作となった。ただ、『MIKU』は美少女格闘技もので、彼の近作で言えば『月詠 MOON PHASE』『魔法少女 リリカルなのは』に近い、ライトな作品だった。
『幽★遊★白書』で新房さんに興味を持った僕は、『MIKU』が終わった後に、彼に話を訊きに行った。ニュータイプ1995年4月号の付録小冊子のための取材で、これからの活躍が期待されるクリエイターに話を訊くというコンセプトの記事だった。その付録を読み返してみたら、彼は「この仕事ってつらいと思ってやるとつらいだけだから、一緒に参加してくれた人が、作品ができた時に嬉しいと思ってくれるほうがいい」「二者択一する事があったら、面白くなる方、楽しくなる方を選ぶ」と語っている。それに対して、僕は地の文で『幽★遊★白書』の凝った映像も『MIKU』の愉快なセンスも、少しでも面白いもの作ろうとする、彼の姿勢から生まれたものだと書いている。なるほどなあ。
また、その記事には、彼は古本屋巡りが趣味で、好きな本はマンガなら平田弘史と楳図かずお、小説なら昔の探偵小説、たとえば小栗虫太郎の世界に惹かれている、とある。「ほかにもやってみたい事がありますけれど、小栗虫太郎のもつ、趣味的な世界も、アニメでやってみたいですね」と彼は言い、僕は、それが実現したら『幽★遊★白書』で見せたものよりも、もっとシュールな映像が展開するだろうと予想をして、記事をまとめている。それを書いた時、『幽★遊★白書』の新房演出回が、さらにパワーアップしたような作品を観たいと思っていた。今でもそうだが、当時、そんな刺激的な映像を作ってくる人は、貴重だったのだ。
『MIKU』の後、新房さんは、主にOVAで監督作品を発表し続けた。『それゆけ! 宇宙戦艦 ヤマモト・ヨーコ』『新 破裏拳 ポリマー』『でたとこ プリンセス』『てなもんや ボイジャーズ』等々。『新 破裏拳 ポリマー』は、ケレンミたっぷりのアクションもので楽しめた。『てなもんや ボイジャーズ』は異色のSFコメディ。濃密と言えば、濃密な作品だった。そして、2001年。ついに彼の代表作が登場した。TVシリーズ『The SoulTaker』である。
WOWOWのみで放映されたという事もあり、『SoulTaker』もメジャーな作品ではない。サブキャラクターの小麦が、スピンオフして作られた『ナースウィッチ 小麦ちゃん マジカルて』の方が、何倍も有名で、今なら『小麦ちゃんの』ルーツになった作品、と説明した方が通りがいいだろう。新房ファンとしては、ちょっと悲しい話だ。
『SoulTaker』は映像に関しても、内容に関しても、純度100%の新房作品としてスタートした。ジャンルとしてはSFアクションものだが、いかにも彼が好きそうな奇妙な物語だ。現実感が希薄な、足下の危うい世界。主人公は自分の素性も、家族の事もよく知りはしない。フリッカーと呼ばれる妹の分身が何人も現れるのだが、それは人格、容貌、年齢も一定しない。そんな設定も面白かった。映像は、今まで彼が手がけてきたものよりも、ずっと異色のものだった。奇抜な色と奇抜な構図。基本的に、ノーマルな色のカットはない作品なのだ。こんなTVアニメは、後にも先にも、他にはないだろう。サブタイトルは彼自身がつけたもので、昔の探偵小説等から採られてる。「悪魔の紋章 篇」「うつし世は夢 篇」「髑髏と少女 篇」「人外魔境 篇」「成層圏魔城 篇」「孤島の鬼 篇」「少女地獄変」等々。どうです? 面白そうでしょう。
主人公の敵のひとつが、ホスピタルと呼ばれるミュータント軍団。1話に出てきたドクトル凶也なんて、『幽★遊★白書』のドクター神谷の再来に見えた。まさしく『幽白』74話のグレードアップ完全版。ずっと彼の作品を追っかけてきた身としては、そのあたりも嬉しかった。ただ、『SoulTaker』はシリーズ後半に失速。映像的な作り込みも弱くなり、物語も設定に振り回されるようなかたちになった。それがスケジュールの問題だったのか、別の理由があったのかは知らないが、新房さんにとっても、作り切れなかった作品であるようだ。最初の数話が絶品だっただけに、残念だった。
『SoulTaker』の後、2年半ほど、新房監督は活動がやや停滞する。業界でも、あまり噂を聞かなくなった。実際には『とらいあんぐるハート ―Sweet Songs Forever―』というゲーム原作のOVAを作っていたのだが、申しわけない事に、僕はその作品がリリースされた事も気がつかなかった。いずれにせよ、作品数は減っていた。最近、新房さんはどうしたんだろう? と思っていたところで、昨年、『月詠』『リリカルなのは』『コゼットの肖像』と3本の監督作品を立て続けに発表。2004年は昨年は新房監督の大活躍の年だった。
『月詠』『リリカルなのは』はヒット作と言っていいだろう。特に『月詠』は、主題歌「ネコミミモード」が大変な話題となった。歌自体のインパクトも凄かったが、オープニング映像も強烈だった。「ネコミミモードってタイトルをよく耳にするんだけど、それって何なの?」なんて言っている業界の人が、僕の周りに何人もいた。
ライトな『月詠』や『なのは』も、勿論、新房さんの個性やサービス精神が感じられる作品だ。『月詠』は毎回、オープニングやアイキャッチが変わっているが、そんな無茶な事をやろうとするのも、彼らしい。ビジュアル面でも、いつもの映像美が時々顔を出している。だけど、その3作の中で彼の本領が発揮されたのは、やはり『コゼット』だ。これはゴスロリをモチーフにしたホラー。幻の少女を愛してしまった少年の苦悩を描く、幻想的な物語だ。雰囲気も今まで彼が作ってきたものと違い、上品で落ち着いたものとなっている。OVAで全3巻。粗筋やディテールについての話は、作品紹介の記事やインタビューに譲るが、間違いなく、彼の渾身の作品である。
『SoulTaker』が、『幽★遊★白書』以来やってきたビジュアルの完成点なら、『コゼット』は新房監督の新境地だ。実写映画的な画面作り等、一作品の中で色々な事をやっている。作品全体としては、現実的な世界と異世界が混沌となっていくのを楽しむ作品だ。何よりも、全3話を彼のテイストで作り切っているのが、嬉しい。また、上品な作品であっても、アニメっぽい派手さを失わないあたりも彼らしい。主人公のいる世界の不確かさ、といった部分は『SoulTaker』と共通するものだ。「この人に話を聞きたい」の記事中で、僕が「『コゼットの肖像』は『ソウルテイカー』完全版ではないのか」と問うと、新房さんは「結果的に、そうなったと思ってる」と答えてくれた。『コゼット』という作品は『SoulTaker』の妹であり、内容的にも表と裏の関係にあるのだそうだ。
「この人に話を聞きたい」の取材時に、『コゼット』があまり人の目に触れていないのが残念だ、という話になった。確かに、有名な原作があるわけでもないし、ビデオやDVDのレンタルもされていない。僕の周りでも、観ている人は少ない。「ちょっと『コゼット』を推してもらえないかな」と新房さんに言われて、僕はうなずいた。
その後、ビデオメーカーのプロデューサーから話をいただいて、アニメスタイルが映画館でオールナイトをやり、そこで『コゼット』を上映する事になった。この原稿や、一緒にアップされる取材記事も、『コゼット』をプッシュするためのものだ。
最初に予告したフレーズで終わろう。『コゼットの肖像』は、是非とも読者諸君に観てもらいたい作品だ。勿論、『SoulTaker』や『新 破裏拳 ポリマー』等も観てほしい。映像作家・新房昭之の作品として。
(2005/02/28) |
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