小黒 ああ。『元祖』の「天才バカボンの劇画なのだ」ですね(注9)。
森本 そうそう(笑)。ああいう面白さのために、リアルな作画を使いたいなって思うんだ。一方がふざけていればいるほど、もう一方がリアルであればあるほど、相乗効果でおかしい、っていうね。そのためには勿論、井上(俊之)君みたいな、極めたような作画は必要なんだけど、でも、もっと効果的に使いたいなって。
小黒 つまり、リアルのためのリアルはやめよう、って事ですね。
森本 それは、コストパフォーマンスが悪すぎる、と(笑)。
小黒 じゃあ、『AKIRA』以降でリアルな方向に行ったのは、『MEMORIES』だけなんですか(注10)。
森本 いや、あれはリアルじゃない……と思うけどね。リアルなところを出そうとしたんだけど、ちょっと違うな、って。確かにそういう匂いは出そうとしているんだけど、結局、内なる心の痛みみたいなところまで届かなかったな、という思いがあるんだよ。
小黒 先ほどから仰ってる、「そこにいる感」みたいなものですか。
森本 そうですね。主人公達の中に入っていければ面白かったんだろうな、と後で色々思うわけ。あ、勿論、やっている時は自分の中でサイコーだったんだけどね(笑)。
小黒 技術的な事で言うと、相当完成度高いですよね。
森本 ああ、そうですね。自分でも結構好きなんですよね、フィルムとしては。ただ、あの時……。あれは舞台がフランスで、ロココ調の建築物が出てくるよね。それを資料を使いながら描くんだけど、なんだか描いているだけであって、「それそのもの」にはならないんだよ。多分、自分がロココに住んでないからだと思うんだけど(笑)。
小黒 ああ、自分の中で実感できない、という事ですか。
森本 うん、できないんですよ。描き込めば描き込むほど、逆にね。「俺って日本人だよね」っていう意識が強まる(笑)。俺は何してるんだろうか、って思えてきちゃう。これが、自分達が見た事のあるアイテムであれば、臨場感がもうちょっと出せるかと思うんだけど……。見た事も触れた事もないものを描いていていいのだろうか、という思いが出てきてね。それで、やっぱり日本の方がいいな、って。分からないまま描くほど虚しいものはないんでね。
小黒 近年の一連の短編の中だと、ご自身として一番思うがままに作れたものはどれなんでしょう。『EXTRA』になるんですか。
森本 あ、『EXTRA』は確かにそうですね。あれは制作的にひとつも制限がなかったし。演出というよりも、気持ちだけでつなげて作る事ができないかなあ、って思って作ったものなんだ。この曲はこんな感じの画面が欲しい――手前から奥に何かが欲しいとか、横切る何かが欲しいとか、そういう作り方でね。
小黒 『EXTRA』の時点で、作品の傾向がガラリと変わりますよね。
森本 だからそれは、自分がフランス人じゃなかった、という事だよね。
小黒 ああ、それは森本さんにとって、そんなに大きい事なんですか。
森本 もうメチャメチャ大きいです。
小黒 じゃあ、『MEMORIES』で、フランス人みたいに描けたら、その後も『MEMORIES』のラインに行ったかもしれない。
森本 勿論。結局、フランス人じゃなかったんだなって。……ワインは飲んでますけど(笑)。
小黒 CGだろうと3Dだろうと手描きだろうと、基本的には「遊び心の森本作品」っていう印象があります。
森本 遊ぶの好きなんだよね。新しいものを見つけるのが好きだったりするんで。そういう意味では、コンピュータとかも、新しいツールだったわけでね。だから、基本的にはずっとそうなんじゃないのかなあ。
小黒 それはもう、『スペースコブラ』の頃から。
森本 ずっと、自分の中で面白いものは何だろうって探している。いたずらっ子だから(苦笑)。『MEMORIES』は、ある意味、凄く直球だったけど、それ以降は、こちら側に何かを用意して、こちらとあちらを対比させる方向をとる作品が多いんじゃないかな。
小黒 『サバイバル』は割と直球じゃないんですか?
森本 これはね、GLAYの、多くの女性ファンを掴もうと思った作品ですね(笑)。
小黒 ああ、「森本さん、カッコイイ!」っていうラインですね(笑)。
森本 そうそう。その1点でやれた作品ですね(笑)。
小黒 まあ、とは言っても、ここ最近の「路地裏感覚」とでもいうべきものは出てますけど。
森本 そうだね。
小黒 路地裏とトイレですよね。
森本 トイレは基本ですね。毎日お世話になってるんで(笑)。まあ、そういう意味では、ほんと『MEMORIES』はターニングポイントかもしれないですね。その先の方向には、あんまり来たくないなっていう思いはあります。井上君は今でも、そちらの方を驀進中ですけどね。
小黒 井上さんは、リアルなアニメの道を突き進んでいますね。もう少し、3Dと2Dについてもうかがっておきたいんですけど。
森本 いつかはね、3Dの向こう側にある世界にいければいいだろうな、って思っているんだけどね。まあ、絵描きは当然、画が好きなんだよね。タッチとかさ。だから、3Dが嫌いな人は嫌いだよね。自分としても、3Dにもうちょっとタッチが入らないかなって、やっているんだけど。
小黒 タッチと言うと、鉛筆のタッチの事ですか?
森本 ちょっと違うんだけど……3Dって、ひとつ作ってしまえば360度ぐるっと綺麗に回転できるよね。でも、作画は違って、そう綺麗にはならない。正面の画のバランスと、横からの画のバランスが多少違うんだよね。それが、多分、画の面白さであり、マジックなんだよ。そういうのがもっと3Dの中に入らないかなと思っている。そういうものが動いてもいいんじゃないか、って。
小黒 ああ、動きによってひずんだり?
森本 1コマで動くと単にズレるだけだから、気色悪いんだろうけど、そうじゃないようにできないか、と。例えば、1枚1枚、そこの部分だけ描いてしまうなんてやり方もあるかもしれない。多分、その先があるんだと思うんですよ。
3Dの面白さって、空間がとりあえず作れちゃうって事なんだよね。だから、ゆっくりカメラが動くような場合は得意なんだよ。そういう時のカメラって、メチャ、フェチだなあって思うし、好きなんだよ。そういうのは作画だと枚数かかるじゃないですか。
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(注9)『元祖』の「天才バカボンの劇画なのだ」 『元祖天才バカボン』15話Aパート「天才バカボンの劇画なのだ」。演出・出崎統、作画・大橋学。バカボン世界のキャラクターが劇画調になってしまうという、異色作。
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(注10)『MEMORIES』
大友克洋が企画、製作総指揮総監督、原作他を兼ねたオムニバス劇場作品。森本は「EPISODE 1 MAGNETIC ROSE 彼女の想いで」の監督を務めた。詳しくは「作品紹介(8)」を参照。
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