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西尾鉄也が語る
『スカイ・クロラ』

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アニメの作画を語ろう
西尾鉄也が語る『スカイ・クロラ』あれこれ
第2回 キャラデザインの2大コンセプト


―― 試写で観て思ったのは、今回は押井さんがアニメーターを信用してるな、という事と……。
西尾 でしょうね。
―― きっと西尾さんの事が好きなんだろうなって(笑)。
西尾 あはははは(大爆笑)。
―― 『劇パト(機動警察パトレイバー 劇場版)』以降の作品では、あんなふうにキャラの芝居でもたせるカットなんて、作ってないじゃないですか。
西尾 はいはい。止めてましたよね。
―― たとえ画が駄目でも、映画として成り立つコンテを描いていたのに、今回は随分違う。
西尾 押井さんも色々と作品を経て、変わっていったんだと思います。一番大きいのは『人狼』と『イノセンス』じゃないですかね。確かに今回は、微妙な表情芝居とか、体重移動とか。
―― ゆっくり歩くだけとか(笑)。


▲『スカイ・クロラ』は、絵コンテ段階から、日常的な芝居をたっぷり見せる内容となっている

西尾 そういった事ができるという確信が持てたんでしょうね。『GHOST IN THE SHELL(攻殻機動隊)』の頃に比べると。
―― 『GHOST IN THE SHELL』は、『パト2(機動警察パトレイバー2 the Movie)』よりは動いてるけど、見せ場で止まってるんですよね(笑)。
西尾 そう。動かしていいというオーダーは、こっちにとっては、願ったり叶ったりだったんですよ。ただ、そのオーダーの内容が禅問答みたいだったんです。「止まってるように動かせ」っていう。
―― 禅問答ですね(笑)。これ見よがしに動いてるようには動かすな、って事ですかね。
西尾 そうなんでしょうね。そういう難しい言い方するから、最初は俺も理解できなかったんですけどね。途中で、普段やってる事と同じだと気づいたんですよ。歩き出す前に1回ちょっと体重を片足に預けてから踏み出すとか、そういったその人間が意識してない芝居。こっちに行こうと思ってから移動するんじゃなくて、自然に歩み出すとか。片方の手を上げたら、反対の肩がちょっと下がるとか。そういった事をやってくれと言っているだけだと分かって、「普段からやってるよ、そんな事」と思いました。
―― 今回は、I.Gらしいアブラギッシュな感じのアニメじゃないじゃないですか。
西尾 ははは(笑)。今までのI.Gのやつって、アブラギッシュですか?
―― 『GHOST IN THE SHELL』とか、コッテリしているじゃないですか。勿論、それが魅力なんだけど。『スカイ・クロラ』は若い人が観やすい清涼感が(笑)。
西尾 ふはは(笑)。いいですね、清涼感のある絵柄って。淡白な感じは、俺が本来持っているものかもしれませんね。デザインしている時から、シンプルなラインでいきたいと思っていました。最近では色々な作品が出てきて「描き込む事がリアリティなのだろうか?」と疑問視する風潮があるじゃないですか。シンプルな線でも、モーションや芝居がしっかりしていれば、リアリティが獲得できるという作画の流れが出てきているのは分かっていたんです。じゃあ、今回は思いきって、そうしてみようかと思ったんです。
―― 押井さんは、例えば『もののけ姫』でキャラクターが真っ平らで影もついてないのに、背景が尋常でなく描き込まれている事について、どうしてああいうものが成立するんだ、と言っていたじゃないですか(編注:雑誌「アニメスタイル」2号「押井守のアニメスタイル」)。『スカイ・クロラ』はコテコテした3Dが多いのに、キャラクターはあっさりしている。それについて、押井さんはどうだったんですかね。
西尾 どうなんでしょうね。俺にキャラデを決めたって時点で、腹括ったんじゃないですかね。
―― あっはは(笑)。
西尾 今、一所懸命、理論武装してるんじゃないですか。インタビューする機会あったら、突っ込んでみてくださいよ(笑)(編注:この後、「スカイ・クロラ 絵コンテ」の巻末インタビューで訊きました)。で、その清涼感のあるキャラクターという話でいけば、色も結構大きいと思うんですよね。ノーマルなシーンって、影が結構ついてるんですけど、影の色がそんなに濃くないんで、パッと見ると影なしに近い印象になっているんです。影なし作画にするっていうのは多分、押井・西久保組ではありえないので。
―― ありえないですね。
西尾 光と影の魔術師なんで(笑)。それでも『スカイ』の作業中に「影を足してくれ」という要望が何度か出ましたけど。
―― その要望はどこから出るんですか。
西尾 西久保さんです。西久保さんは、影が大好きなんで。「2号影足してくれ」と言われて「俺、2号影は巧く描けないんだけどなあ」とか(笑)。
―― 今回、顔にあんまり肉がないですから、2号影はつけづらいですよね。
西尾 うん。例えば、ほうれい線とか、ああいうのを影だけで表現するってのが、新しくはないだろうけど、チャレンジではあったんですよ。特にあの笹倉(永久)っていうおばちゃん整備士。実線で描いちゃうと、おばあちゃんになっちゃうじゃないですか、アニメキャラって。
―― 『おもひでぽろぽろ』現象ですね。
西尾 そうです(笑)。あの年齢のおばさんを描くっていうのは、アニメは凄く苦手じゃないですか。それをどうするか考えてる時期が随分あって、皺を影だけで表現してみたんです。割と上手くいったんじゃないかなと思ってるんですけどね。
―― そうですね。
西尾 本当におじいちゃんとか、おっさんだったら、実線で描いちゃうんですけどね。とにかく笹倉に関しては、押井さんの注文がうるさくて。「元美人だ!」「ゴリラおばさんじゃないんだ」と。「整備士で体格もいいんだけど、メスゴリラじゃないんだよ」と。原画マンの方も誤解されてる方が多くて、ゴツいキャラで描いてくる人も多かったので、笹倉は念入りに修正する事になりました。


▲整備主任の笹倉永久。ちなみに名前は「とわ」と読む


▲笹倉永久の表情集。少ない描線で、年齢を表現している

―― キャラクターデザインに関して、全体のコンセプトはなんだったんですか。
西尾 必要最小限の、実線しか描かない。実写の写真をPhotoshopに取り込んで、思いっきりハイキーに調整したときに残る、黒い部分しか描かない。皺に関してもそうです。それから、アニメの制作工程上でどうしても必要な塗り分けがあるじゃないですか。肌と服、髪と肌、目と肌、服の襟とか。それ以外は描かない。鼻の筋も極力描かない。それから、白目は全部実線で繋ぐ。それが2大コンセプトですかね(笑)。
―― なぜそうしたんですか?
西尾 面倒臭かったからです(笑)。
―― 『人狼』的なデザインの発展系じゃないんですか。
西尾 発展系じゃないですね。まあ、やってみたかった。こんなチャンス、滅多にないからやってみたかった、というのが一番ですね。「アニメスタイル」のインタビューでありましたよね。沖浦さんが「リアルに考えると、目の周囲も全部実線で結べるはずだ」と言っていたじゃないですか。あれを読んだ時に「じゃあ実線で全部描きゃいいじゃん」と思って、それでやってみたんですよ(笑)。どうでしたか。
―― それは気にならなかったなあ。気にならなかったという事は、成功なんじゃないですか。さっきのPhotoshopで加工したとして、黒く残ったところだけ描くというのは、どうしてなんですか?
西尾 うーん、それは大昔に思いついていたんですよ。あるスタジオで企画書につける画を、そういった形で描いた事があったんですよ。その企画は全然形にならなかったんですけど、そもそもの思いつきはなんだったんだろうなあ。とにかく線を減らしたかったんだと思います。減らすにしても、漠然と減らすのではなくて、自分の中で、そういう理屈が欲しかったんでしょうね。まあ、実際にPhotoshopくらいはいじれるようになってきて。
―― 本当にやってみたんですか。Photoshopで写真を加工してデザインのサンプルに?
西尾 いやいや、やっちゃいないんですけど、頭で「そんな感じで」と想像する事ができるようになったので。やっぱり、線を減らしてみたかっただけで、そういう理屈は後づけですよ。
―― 目を実線で描くのも、やってみたかったから?
西尾 そうですね。どうせやるならCMとかPVではなく、注目される押井作品でやりたかった。そういう大舞台で、実験をやってみるのもいいんじゃないかという事でしょうね。それについては、押井さん達は何も言わなかったし、そもそも興味ないんでしょうね(笑)。映像だと、目立たないんですけど、髪の毛のハイライトを塗り分けしないで、線だけですっすっと描く。それを思いついて「これだ!」と思ったんですけど、周りを見たら、結構みんなやってたんですよ。『電脳コイル』もそうだったし、「意外と流行のスタイルじゃん」とか思って。ショック!(笑)


▲主人公の函南優一。身長160cmで6.5頭身と、やや小柄


▲優一の表情集。正面向きでは鼻筋を描いていない点に注目

―― 皆が気になるところだと思うんですが、デザインする上で、キャラクターの年齢については、どのように考えました?
西尾 キルドレに関しては難しかったですよ、本当に。ロボットや戦闘機に少年少女が乗って世界を守るっていうのは、アニメだと普通の世界じゃないですか。どの作品だってやってるじゃないですか。でも、この作品は、子供が戦っている事の異常性を出さなくてはいけなかった。もうちょっと年齢が下だったらやりやすかったのかもしれないですね。小学生とか。キルドレの外見は、高校生ぐらいなんですよ。
 まあ、デザインに関しては、正直に16、17歳に見えるように、嘘をつかずに描くしかなかったですよね。頭に置いていたのは、他の大人のキャラに比べてスマートなキャラにしよう。手足もすらっとしてる感じ。体型だけじゃなくて、顔もあっさりしたしょうゆ顔。キルドレって人造人間じゃないですか。とにかく、何か作られた感じにしようと思って、やってましたけどね。それが伝わるといいんですけど。
―― 主人公は少年に見えるけど、他のパイロットの中には、見ようによっては若い感じの大人に見えるキャラもいましたよね。
西尾 その辺が難しいですよね。16、17歳だったら、大人びた人もいるじゃないですか。そういった部分を演出的に補強するために、押井さんがテーブルやドアを大きくするというスタイルにしたんですけどね。どうなんでしょうね。それについては観た人に判断を委ねたいと思いますよ。
―― 年齢がいくつに見えるかというのは、作品のテーマに関わる問題ですよね。主人公たちは、自分達を子供だと言っているけれど、酒を飲んでセックスもしている。それなのに子供なの? という。
西尾 押井さんて、いつもそういう画にしづらいところを大テーマに持ってくるんで、厳しいですよね(苦笑)。前回の『イノセンス』だって「人と人形の違いは」がテーマでしたけれど、どっちも作画で描いたら、同じに見えるんじゃないかって。
―― 人形を3Dにした方が、見分けやすいですよね。まあ、その違いの描き分けが腕の見せ所だったわけですが。
西尾 『スカイ・クロラ』では、キルドレの身長設定を結構低めにしてあるんですよ。みんな160センチ前後にしてます。その分、大人のキャラをわりと大きめに。笹倉といえど、わりと大きめにしています。あと、キルドレ以外のキャラは、わりと濃い目の顔に。それこそ皺をいっぱい描いたりしているんですけどね。
―― 人種的にはどうなってるんですか。メインはみんな、モンゴロイドですよね?
西尾 そうです。その分、その他のモブキャラは、欧米人を意識して描いてはいますよ。ただね、押井さんと遊佐(久美子)さんとの間での取り決めなんでしょうけど、水素の目が薄いグレーになったんですよ。その時には「あ、日本人とか西洋人とかもう関係ないんじゃないかな」という思いもあったんです。水素の目に関しては、クールな感じになったから、よかったと思ってますけどね。人種の描き分けという点に関しては、ロケハンに行ったのが手助けになったと思ってますね。
―― 海外にロケハンに行かれたんですよね、何日くらい行かれたんですか?
西尾 12日間です。得るものは多かったですよ。押井さんのお守りも大変でしたけど(笑)(編注:公式サイト内で彼が執筆していた連載漫画「空を這いずる者たち」第3回以降を参照)。押井さんが常に、新作を始めるたびにロケハンに行くのはこういう事だったんだな、というのが分かりましたよ。本とか資料とかだけだと、いい景色ばかりで、道端みたいなところって写ってないじゃないですか。「こういう自販機は日本と変わらないんだなあ」とか、道の脇の溝を見て「こういうのは日本じゃ滅多に見れねえなあ」とか。マンホールの蓋はどんな形なのか、そもそもマンホールはあるのか? とかいう話で。まあ、それが実際に『スカイ』に出てきたかっていうと、そんなに出てはいないんですけど。
 昭和30年代の日本を舞台にしてる『人狼』をやっていた時、写真資料とか写真集にあるやつは、見てすらすらと描けばいいんですけど、なんてことない壁とか、道の俯瞰とか、道端の雑草みたいなやつを、確信持っては描けなかったんですよね。
―― 雑草なんて、今と変わってないのは分かってるけど、確信が持てないんですね。
西尾 雑草自体が変わってないのは分かってるけど、雑草に付随する何かが分からない。30年代はまだ土だったとか、アスファルトではなくコンクリートだったとか、色々あるじゃないですか。今回ロケハンに行って、アイルランドとポーランドを見てきて「ああ、日本とそんなに変わんないんだ」と納得して帰ってきましたから、そういうところで躓く事はほとんどなかったですよ。押井組でのロケハンの効果は、作画で言うと、そういう効果が出るものなんでしょうね。美術さんや演出さんは、またそれぞれ別にあるんでしょうが。

●第3回 原画マンの振り分けと「押井間」 に続く


●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/

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[書籍情報]
「ANIMESTYLE ARCHIVE スカイ・クロラ The Sky Crawlers 絵コンテ」
著者 押井守
編者 アニメスタイル編集部
発行:株式会社スタイル
発売:株式会社飛鳥新社
判型:A5判
頁数:408頁
価格:2940円(税込)
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