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西尾鉄也が語る『スカイ・クロラ』あれこれ
第3回 原画マンの振り分けと「押井間」
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―― 作画の作業はどんなかたちで始まったんですか。頭から順番に作打ちで進んでいったんですか。
西尾 押井組のいいところは、作打ちを始める時点で、コンテが全部上がってるところなんです。作品の全体像が見えているので、片っ端からやってくれそうな人に連絡とりました。制作側も精力的に集めてくれたんで、撒き先がないというのはほとんどなかったですね。
―― 原画の振り分けはどなたがやったんですか。
西尾 基本、俺とプロデューサー、ラインプロデューサーです。俺が「この人このぐらいどうかな?」と言うと、プロデューサーの方から「この人は、他に仕事を抱えているので、数的に危険ですね」みたいに言われたり。俺は基本的に「あの人の芸風だったら、ここに合うに違いない」というところから切り込んでいって、プロデューサー達はスケジュールであるとか、手の速さとかを条件に考えて(笑)、両方をすり合わせて、撒き先を決めていった感じですね。ボウリングのシーンを本田雄さんに振るのは最初から決めていました。
―― それはなぜですか。
西尾 いや、きっと面白いカットが上がってくるんじゃないかと(笑)。
―― 面白かったですねえ〜。
▲本田雄の巧さが存分に発揮されたボウリングシーン。クライマックスの水素の部屋も、彼が作画を担当
西尾 本人も面白がってくれて。ボウリングも、国分寺のボウリング場にロケハンに行ったんですよ。実際にプレイもして。ビデオカメラ回したりして。だから、優一とか水素のフォームって、スタッフの誰かのものなんですよ(笑)。そっくりなんです。
―― あんな格好で?
西尾 優一のポーズは、プロデューサーの石井(朋彦)君じゃないかな(笑)。狙いどおりバッチリいいシーンが上がってきました。
原画に関しては、人手は足りてたんですけど、撒き方が難しかったですね。ひとつには兼用カットが多かったから。それから、アクションに定評がある人がやってくれるって事になったけど、今回アクションシーンらしいアクションシーンがないじゃないですか。「申し訳ないですけどここを……」という依頼になったところもありました。
―― 井上(俊之)さんは後からの参加だから、待ちだったんですか? それとも、来た段階で空いているところを振った?
西尾 待ちでしたよ。ここは井上さんに振ろうって。
―― どのシーンなんです?
西尾 レストランのシーンで、延々長台詞。人形を背にして、水素が長台詞して、トイレで顔洗って口紅つけて戻ってくる。
▲レストランの水素。原画担当は井上俊之。この後の洗面所に登場する女性も、井上テイスト
―― ああ、口紅もそうなんだ。
西尾 あと、車で会社のコテージに乗りつけて、玄関に入って電話をかけてるあたりかな。素晴らしかったですよ。レイアウトスタート時は、若干水素がイサコになってましたけど(笑)。
―― ハハハ(笑)。
西尾 水素がイサコ、優一がハラケンになってましたけど(笑)、やってるうちにどんどん自分で方向修正して、原画の頃にはバッチリになりましたよ。井上さんでもこういう事があるんだなあ、それだけ『(電脳)コイル』に没頭してやってたんだなあ、と。あとは新井浩一さんもほとんど修正しないで済みました。
―― 井上さんの原画もあまり修正してない?
西尾 いや、もう全然(笑)。1人作監で時間がないですから。
―― ちゃんとしている原画を、わざわざなぞるような修正はしないという事ですね。
西尾 そういう事ですよ(笑)。総カット数が800ちょい、200カットはフル3D。作画は600ちょいですよ。
―― 少ないですね。
西尾 でしょ? TVシリーズ2本分とちょいですよ。1年あれば余裕かな、とか思うじゃないですか。違ったなあ(笑)。
―― 作画枚数は、普通の映画並みなんですか?
西尾 そんな誇るような枚数じゃないですよ。動画チェックのおねえさんからは随分責められましたけどね。「動きが微妙すぎる!」って。1ミリ幅に中10枚みたいな(笑)。「複数作監をやったら負けだ」という考え方も間違ってますよね。
―― やってる間は「複数作監をやったら負けだ」と思ってる時期もあったんですね。
西尾 ありました。一瞬思いました。
―― 試写会の前に、石井君が「今回、西尾は1人作監にこだわって、最初から1人でやるって言って、やり切ったんですよ」という情報を流してましたよ。
西尾 形の上ではそうなりましたよ(笑)。
―― 揺らいだ事もあった?
西尾 揺らいだ事もありますよ。だって、いろんな劇場アニメをDVDで観たりすると、1人作監である事で、優位を保てないですもん。「あれだけ大勢いりゃあ、これだけのクオリティも出るよ」なんて思えない。「やっぱり大勢でやると、クオリティの統一がとれていいよなあ」って(笑)。
―― そうか、1人でやるから統一がとれるわけじゃないんだ。
西尾 複数作監立てて、上に総作監立てれば、絵柄の統一だってできますからね。『スカイ・クロラ』に関しては、スケジュールの都合で、これを直してる場合じゃないから悔しいけど流す、というカットもなくはないですからね。
―― いやいや。作画的にリテイクしたいところは、ほとんどないんじゃないですか。
西尾 そんな事はないですよ。忸怩たる思いを抱えながらやってました。でも、制作には感謝ですよ。腹括って「もう、1人でやりなさい」と言ってくれたんで(笑)。
―― 新井さんはどこの原画を?
西尾 新井さんは、水素が墜落して担ぎこまれる談話室のあたりですね。笹倉が水素を担ぎ上げるところが、身体を感じさせるものになっていて、新井さんのデッサン力が実に上手く機能してくれたと思いましたよ。あと言っておきたいのは、鋭さんですね。井上鋭さんは本当によくやってくれました。今回の原画頭ですよ(笑)。量もやってくれましたしね。描くだけでなく、人の紹介もやってくれました。「あの人が『コイル』終わったから、そろそろやってくれるんじゃないか?」とか。
―― という事は、相当『コイル』から来てますよね。
西尾 ハハハハハ(爆笑)。「『コイル』待ち」ですよ、「『コイル』待ち」(笑)。
―― かつての「『STEAMBOY』待ち」を思い出しますね。
西尾 (笑)。毎回そんなんだよなあ。鋭さんは、フーコの館に行った優一が、バイクで帰ってくるところから、水素がベッドに顔をスリスリするあたりまでのシーンとか、水素と優一が会社のコテージでスパゲッティ食ってるシーン、それから、どうしても見逃せないのが、土岐野と三ツ矢の長回し(クライマックス直前、部屋で寝ころんでいる優一に土岐野が声をかけ、入れ替わりに三ツ矢がやってきて話す)。2分半のカットですよ。噂の2分半をやってくれましたよ。足向けて眠れません(笑)。
―― キャラクターもバッチリ?
西尾 若干、鋭さんも水素がパプリカになってましたけど(笑)。
―― 『Paprika』ですか、ちょっと時差がありますね(笑)。
西尾 でも、原画をやってるうちに全然問題なくなった。みんな、やっぱり前の作品を引っ張ってくるものなんですね。
―― 『スカイ・クロラ』の作画期間はどのくらいだったんですか。
西尾 実質1年と3ヶ月でした。
―― 最後まで同じ調子だったんですか? それとも後半の追い込みでガンガン進んでいった?
西尾 振り返ってみたら同じでしたね。1週間に30カット出すというノルマがあったんですけど、最初から最後まで週20前後で(笑)。基本的にはタイミング直しに終始してた感じですね。
―― 手を入れていたのは、主には芝居ですか。
西尾 芝居ですね。やっぱり、押井リズムというか「押井間」(笑)。あれが他のアニメと比べると長いですよね。
―― 長い?
西尾 「シートの半分くらい、何もしない状態があってもいいんだ」というね。俺もおっかなびっくりやるんですけど、ラッシュ見ると「あ、まだ全然短いや」って感じがするんですよ。
―― 喋り出すまでの間合いとか?
西尾 そうです、そうです。押井さんの方からもオーダーがあったんですよ。今回は、会話をキャッチボールにしないでくれって。「なんとかだろ?」「うん、そうだね」という会話にしないでくれ、1回1回、一呼吸置いてから返事するようにしてくれと言われてたんですよ。
―― それは演出の範疇じゃないんですか。
西尾 演出の範疇だと思うんですけどね。要するに、みんなが話を聞いているんだか、いないんだか分からない。夢見心地で生きてるという事の表れなのかもしれないですね。
―― なるほど。
西尾 特に、優一はそういう傾向を強めてくれと言われていました。半分だけ覚醒してる男って感じ。
―― 分かります。そういう感じになってますね。それを演出だけでなく、作画も意識しなくてはいけないんですね。
西尾 そうなんです。「なんとかなんだろ?」、だいぶ空けて「……そうだね」(笑)。それでガッとシートを伸ばしたり。動作ひとつにしても、ゆっくりめのほうがハマるんですよね。だから、原画さんが上げてくれたタイミングが中3枚だとしたら、中5枚くらいにするんですけど、ラッシュを見てから「もう1枚足そうか」とか。そんな事をやってるんで、押井作品には珍しく、今回は2時間超えですよ。
―― コンテの総尺は何分だったんですか。
西尾 何分だったかな? それでも、2時間ジャストにはなる予定でしたね。当初はタイトル前に、アバンタイトルをつける予定があったので、コンテよりも長くなる予定だったはずです。アバンで「キルドレとは……」みたいな説明をする予定があったみたいですよ。やめましたけど(笑)。
―― 『パトレイバー』のアバンみたいな感じですね(笑)。
西尾 そうそう。『(機動戦士)ガンダム』の最初のやつみたいな(笑)。入れた方がよかったのかどうかは分かりませんけどね。観てくれた人は、ちゃんと分かるのかな。
―― 映画の中だと、相当後にならないと分からないですよね。
西尾 そうなんですよね。押井さんは断固として反対してたんで、なくても成立するという確信はあったと思いますよ。
●第4回 キャラデに立候補した裏理由 に続く
●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/
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