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西尾鉄也が語る
『スカイ・クロラ』

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アニメの作画を語ろう
西尾鉄也が語る『スカイ・クロラ』あれこれ
第4回 キャラデに立候補した裏理由


―― 話は前後しますが、最初にコンテを読んだ時はどう思いました?
西尾 面白いと思ったんです。単純にストーリーが面白いなと思いました。古い話なんで、記憶がおぼろげになっちゃってますけど。作画面で言うと、日常芝居がメインじゃないですか。日常芝居を描くのは好きなんで、凝ってやれば面白いものができそうだなと思いました。カップを取るだけ、ビンを取るだけとか、立ったり座ったりとか、そういったものを描くのは、今まで苦痛じゃなかったんですけど、今回の実作業に入ると苦痛になりましたね。それしかないもんだから(笑)。走るカットだって、数カットしかないんじゃなかったかな?
―― ヤクザ相手に大暴れとか、ないですからね。
西尾 ないですねえ(笑)。拳銃がかなり出てくる割には、画面内で撃つシーンってないんですよね。オンで撃つシーンがないんですよ。描きたかったんですよね。


▲『スカイ・クロラ』に銃は何度も登場するが、それを撃つ芝居はない。上の画像は撃った直後

―― 押井さんのコンテってどうなんですか? 押井さんの画って、描く前に頭の中で変換しなきゃいけないでしょ。
西尾 あー、はいはいはい。そうですね、今時のアニメーター監督が描くコンテとは違いますもんね。
―― 今(敏)さんとか沖浦(啓之)さんのコンテだったら、極端な事を言えば、コンテの絵に中割りがつけられそうじゃないですか。
西尾 今さんのほうは、実際にコンテを拡大して、レイアウトにしてますからね。だから、押井さんの作品は、やりなれてない人はつらいんじゃないですかね。西久保さんは「あんな絵だけど、必要な情報は全部入ってる」って言ってますしね。望遠で撮ってるのか、広角で撮ってるのか、カメラ位置が高いのか低いのか、それが分かるコンテにはなってる。そこを手がかりにやれば、別に何も悩む必要はないと西久保さんは言うんですけど。実際描くのはこっちですもんね。
―― 相変わらず、コンテだとガニ股で歩いてますよね。
西尾 うん(苦笑)。だから、作監権限で「コンテでこうなってるけど変えるよ」みたいなのは、結構やりましたけどね。押井さんのレイアウトチェックも、結構いいかげんなところがあるんですよ。明らかにカメラがテーブルの下に設置してあるのに、テーブルの上面を見せたいとか言いますからね。無理だって(笑)。「カメラ上げるか、テーブルを見えなくするかどっちがいい?」「じゃあ、テーブル見せて」って。
―― 今回も押井さんはレイアウトまでは見てる?
西尾 それは変わってないですね。その後はやる事がなくなるもんだから、もう空手に夢中で。早く帰ってくれって感じです(編注:前述の「空を這いずる者たち」第9回を参照)。
―― え、会社で空手をやるんですか?
西尾 いやいや。空手の時間まで暇つぶししてるんです(笑)。一応、チェックするものとかがあるから会社には来るんですけど、そんなの、ものの5分もあれば終わっちゃうんで。4時くらいに入って、5分でチェックして、空手に出かけるのが6時だから、残りの1時間45分は何やってるんだっていう話ですよ(笑)。本読んでたり、空手の型のおさらいしてたりしますよ。
―― 空手をやる押井さんなんて、別人みたいですよね。
西尾 スタジオで「ドオン」とか「ヤー」ってやるんですよ。帰れよ、早く(笑)。
―― 整備士の笹倉が、発進前に手信号みたいな事をやるじゃないですか。コンテだと、ラフな絵が描いてありましたけど。ああいったものは演技指導があるんですか?
西尾 一応ありましたね。そういうミリタリー的なものは、俺も全然疎いんで、どうヘルメット被るかとか、どう乗り込むかとか、押井さんに訊いてやっています。押井さんの指示も、意外と間違ってたりするんですけどね。そこを突っ込むと「俺だってプロじゃねえんだからさ」って。
―― 『イノセンス』の時に色んな文句を引用していたけど、あれも押井さんが記憶で引用していて、必ずしも正確ではないらしいですね。
西尾 ハハハハ(笑)。『イノセンス』といえば、コンビニのシーン。コンテだと、バトーが撃つ弾の数が明らかに多いんですよ。マガジンに入ってる弾の数より多くて、1回マガジンチェンジしなきゃいけなくなったんです。「嘘ついて弾数を多くする?」と押井さんに訊いたら「俺はジョン・ウーじゃないんだから、ちゃんとやりたい」と言うんで、そこで一工程増やしましたよ。
―― 誰が気がついたんですか?
西尾 俺(笑)。
―― それでカットが増えたんですか?
西尾 あの時、バトーは片手を怪我して使えなくなってるから、片手でマガジンチェンジするんです。マガジンチェンジはカットとカットの間でやって、肩を使って叩き込むアクションだけ入れる。これでマガジンチェンジしたと理解できるはずだという事にしました(笑)。まあ、苦肉の策ですよね。あのシーンは、全部3Dで組んであって、カメラワークもついていましたから、カットを増やす事ができなかったんですよ。
―― 『スカイ・クロラ』の話に戻すと、作画に関しては、大きなアクシデントはなく、ゴールインされたんでしょうか。
西尾 そうですね。原画の引き上げなんて、どこの作品にもあるものだし、「あの人の原画、上がるんだろうか?」という心配を毎日したりはしていましたが、まあ順調に終わったんじゃないですかね。
―― うつのみや(理)さんの名前がクレジットにありましたが、そんなに沢山はやっていないですよね。
西尾 そうですね。うつのみやさんにやってもらったところは、3D絡みで先にレイアウトを出さなくてはいけなくて、こちらでレイアウトを作っちゃったんですよ。それが申し訳なかったですね。助けてもらったのは、山下高明さんかな。一緒に仕事するのは初めてだったんですけどね。さすがって感じで。
―― さすがだったのは、どういったところが?
西尾 最初のドライブインのシーンなんですけど、原画枚数も非常に多かったですし、細かい芝居がいっぱい入ってました。凄くよかったですよ。あの猥雑なドライブインのレイアウトをさらっと──見た目にはさらっと上げてくれたし。山下さんは、先にラフを出して、押井さんにチェックしてもらっていました。石橋を叩いて渡る感じの人なんだなあと。
―― レイアウトを描く前に、ラフなレイアウトを出すんですか。
西尾 そうなんです。ラフで1回見てもらって、OKをもらってからは、スルスルと流れていきましたね。もっと沢山やってほしかったくらいです。
―― なるほど。
西尾 初めてやる若い人も結構いました。業界だと名を轟かしてますけど、西田達三君とか。
―― ああ、轟かしてますよね。
西尾 初めてだったんですけどね。なんて暴れん坊な原画を描く人なんだという(笑)。
―― 暴れん坊系でしたか。
西尾 暴れん坊系でしたね。びっくりしました。あとは、俺がI.Gで面倒みてる新人の篠田(知宏)君。彼は技量としてはまだまだなんですが、三ツ矢登場シーンをメインに細かいカットを拾ってやってもらって。最後まで粘ってやってくれたんですよ。彼にとってはいい経験になったんじゃないかと。
―― 西尾さん自身は、原画は描いてないんですか?
西尾 1カットだけ。ニュースキャスターのお姉さん。
―― え、なんで?(笑)
西尾 いや、そこが余ってたんですよ(笑)。
―― 思い入れがあったとか?
西尾 思い入れだったのかな? ニュースキャスターのお姉さんは、コンテにあったんですよ。押井さんが「スケジュールないし、キャスターは声だけでいいんじゃないの?」「せっかくコンテにあるんだから描きましょうよ」って。「誰に振るの?」「じゃあ、俺が描きますよ」って(笑)。作監が全部終わってから最後に1カット、半日で描きました。でも、本編を観たら色々とエフェクトが載ってて、ほとんど見えなかった(苦笑)。押井作品はそういうのが多いですよ。
―― さっき3Dレイアウトの話が出ましたが、実作業としてはどうだったんですか。
西尾 コクピットの中は、先に3Dで組んで、上からキャラクターを描いていくかたちだったんです。まあ『イノセンス』の経験があったからでしょうね。そこが凄く早く終わったんですよ。パイロットは、線の多い酸素マスクみたいなのをしてるんですけど、上半身しか映ってないですし、モーションは振り向いたりレバーを操作するだけでしたから。始める前は、結構骨かなとは思ったんですけど、スルスル流れていったのが意外でしたね。全編3Dガイドありきで、やればいいのに(笑)。
―― 犬も目立ってましたね。
西尾 犬ですか(笑)。もう直せないような時期に、押井さんからリテイク食らったんですよ。「もうちょっとなんとかならないか」みたいな。
―― やっぱり犬の原画に関しては、押井さんから特別の指示が?
西尾 ありましたねえ。普段だったら「あとよろしく」としか描いてないやつが、犬だとラフ原みたいなの描いてますよ(笑)。「まず匂いを嗅いで……」。
―― うわあ〜(笑)。
西尾 「お尻を下げて、尻尾は振らない。振る時はこう、とにかく可愛らしく、天使のような表情で」。
―― ええ〜っ(笑)。
西尾 うるせーっ(笑)。ラフ原みたいなのを描くけど、押井さんのあの画なんで、そのままなぞるわけにもいかないので、原画マンさんは苦労されたと思いますよ。それで、さらにもうひと盛りなんとかしてくれっていうね。もう、アメリカでの音響作業が始まってて、タイミングとかいじれないような状況の中で、足運びとかを修正させる。まあ、自主的に直したところもあるんですけどね。犬は、最後まで粘ってましたよ。でも、入る前から言ってたんですよ。俺もそんなに動物の作画が得意だと思ってないですし、『イノセンス』で井上さんが描いたバセットハウンドが素晴らしいものだったし。
―― 素晴らしかったですね。
西尾 押井さんには「あれをいい思い出にして、墓場まで持っていきなさい。あれに上乗せするようなバセット作画はできないよ」とは言ってたんですけどね。それと、今回は犬自体も単純にしたんです。押井さんのほうからも「マンガチックに描いてくれ、表情をつけろ」と言われていたんですよ。参考に、押井さんがバセットハウンド専門マンガみたいなのを持ってきたんですよ。
―― 海外の?
西尾 いえ、日本の。レディコミだと思うんですけどね。ビックリしたら目がまん丸になるような、そんなマンガだったんですよ。押井さんがそのラインでいきたいというので、キャラ表を描く段階から参考にしました。犬はやっぱり難しいですよ(笑)。



▲もはや押井監督作品にはなくてはならないバセットハウンド。『スカイ・クロラ』では笹倉によって飼われている

―― 終わってもう数ヶ月経つわけですよね。どうですか、今振り返ってみて。
西尾 ゼロ号の時、ようやく音つきで入っているのを観た時に、やっぱり面白いなと思ったんですよ。押井さんの作品だから、観客に考えさせるところもあるんだけど、面白いと思えたんですよ。全カットを見たというのが大きいんでしょうね。『イノセンス』の時はパートごとの担当だったから、自分のところは目をつぶって他のパート見てればいいや、と思っていたんですけど。今回は通しでやったので責任感みたいなものが、あったんだろうと思います。本当にいい作品になったと思いますから、是非大勢の人に観てもらいたいと思います。『イノセンス』とは違って……いや、そんな事を言っちゃいけないか(笑)。
―― いや、『イノセンス』はハイターゲットでしたから。
西尾 上級者向きでしょ(笑)。そう言えば、思い出しました。キャラデザをやりたかったのは。『イノセンス』の時に版権描かせてもらえなかったからですよ。
―― 1回もないんですか。
西尾 ないです。俺、一応3人作監のうちの1人なのになあ、って。ポスターが2枚用意されて、最初の白っぽいやつが沖浦さんで、バトーが立ってるやつが黄瀬氏で、もう1枚くらいあるんだろうと思っていたらなかった(笑)。
―― そう言えば『イノセンス』は、版権少なかったですよね。
西尾 それは宣伝展開の方針なんで、別に押井さんやプロデューサーに文句を言ってるわけじゃないんだけど。雑誌用の描き下ろしも沖浦さんだったし、DVD-BOXで何かを描かせてくれるかと思ったんだけど、なかったですね。Blu-rayになって、ようやく描かせてもらえたんですよ(笑)。その時に思ったのが「やっぱりメインを張らなきゃダメだ!」。
―― いきなり、地味な話になりましたね。
西尾 (笑)。それが裏理由という事で。
―― では、こちらも最初の話に戻りますね。今回は原作も若い人向きのもので、登場人物が若いから、企画的にも若い人向きの押井作品という狙いがあったと思うんですが、それに関しては意識はされてますか。
西尾 意識したと言えばしたけれど、作画に関しては、やる事は変わんないですからね。
―― デザインする上ではどうですか。高校生が好きになりそうなキャラにしようとか。
西尾 そのつもりでデザインしましたよ。「押井作品といえばこういうキャラだよね」という印象を一回ぶち壊してやろうとは、ひそかに思ってましたね。
―― なるほど。
西尾 『GHOST IN THE SHELL』あたりから、押井作品のキャラクターの方向性がなんとなくフィックスされただけであって、それまでの押井作品を観てみれば『御先祖様(万々歳)』もありますし、『迷宮物件』もあった。色々あったっていいじゃない、と思うんですよ。
―― 近年の押井さんの作品は、黄瀬さんのラインで固定されていたという事ですね。
西尾 沖浦・黄瀬ラインですね。
―― 沖浦さんがやる時も、黄瀬さんのラインに乗ってるんじゃないですか。
西尾 うん、そうだと思いますよ。多分、俺だけがそこまでリアル描写を好んでいないんでしょうね。元々、俺は、何描かせてもつるんとしちゃうアニメーターだから(笑)。戸愚呂弟を描いたって、つるんとする人間ですから。
 『スカイ・クロラ』については、お客さんにどう観せたいかという事よりも、自分自身が「これをアウトプットしとかないと次に進めない」というのがあったんですよね。まあ、ずっとこの画で行こうとも思ってもいませんし、とにかくこのデザインを、一回出しておきたいという野望があったんです。

●西尾鉄也が語る『スカイ・クロラ』あれこれ 終わり


●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/

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