【アニメスタイル特報部】『カラフル』原恵一監督インタビュー
第2回 経験上、コンテは遅れてでも手を抜けない

── 『カラフル』のコンテは、相当な時間をかけた前作の『河童〜』に比べて、わりとサクサク描けた感じなんでしょうか。
原 いやあ、サクサクではなかったですね。それは主に僕が怠けてた部分も大きいんだけど……やっぱり、今回もコンテは時間がかかりました。期間としては、1年以上やってたのかなあ。
── 特に大変な山場があったりしたんですか。
原 いや、ずっと。ずっと大変でした。……だけど、それはもうしょうがない事だと思ってるんでね。とにかく、絵コンテはいい加減にしたくないんですよ。長年この仕事をしてきて、絵コンテで放置した問題というのは、あとでどうやっても回復不能だという事が分かってますから。「とりあえずコンテではこうしておいて、あとで作画する時になんとかしよう」とか思っても、絶対に無理なんです。だから、コンテである程度は作り込んでおかないと、ダメな部分は絶対にダメな部分として残るし、逆にコンテの段階である程度ちゃんと作り込んでおけば、そうそうおかしな事にもならない。
── 例えば、作画的にちょっと弱くても。
原 うん。経験上、そういう事が分かってるんでね。周りは「なんでこんなにコンテの上りが遅いんだ!」と思ってたかもしれないけど(苦笑)。「じゃあ、もっとサクサク描きます」とは言わず、のらりくらりとかわしながら、いつの間にか時間を費やしてしまった。もちろん、作画の人たちのスケジュールを圧迫しているという自覚はありますよ。それに、コンテがいつまでも上がらないと、アニメーターさんとしても「まあ、監督がまだコンテやってるし」みたいな気分になっちゃうんですよね。
── ああ、ちょっと気が緩んでしまうというか。
原 制作のスタッフも、アニメーターさんをそんなに突っつけないしね。「だって監督まだコンテ描いてるじゃん!」って言われたらね(笑)。でも、コンテさえ終われば、制作も「作画アップは○月○日までになります!」みたいな事がハッキリ言えるわけですよ。コンテが上がった途端に作画さんへのプレッシャーが強くなる、という。
── そこで一気にエンジンがかかる、と。
原 だけど、今回みたいな作品の場合、そうそう力技でできるような内容ではない。それなりにじっくり時間をかけて、毎日少しずつやっていかないと終わらないような内容の芝居とかが多いですから。僕のコンテが遅れたせいで、後半かなり作画の現場に負担がかかってしまった。それは間違いなくあると思うんですよね。だから、作画の人たちにも、本当はもっとじっくり時間をかけて描きたかったという気持ちはあると思います。
── でも、普通に映画を観ている分には、作画的なアラは気にならないですよね。コンテや演出の力で、まずはお話に没頭してしまうせいもあると思うんですが。
原 まあ、そうなってくれてるといいですけどね。僕は内心、ヒヤヒヤしてました(苦笑)。このコンテの内容を、この制作期間で本当にやってもらえるのか? って。

── シンエイ動画を離れての初仕事は、いかがでしたか。
原 まあ、スタジオ自体はサンライズではなかったし、作画スタッフもわりとつきあいのある人が多かったので、あんまり環境が変わったという感じはなかったですね。
── 作画監督の佐藤雅弘さんは、原さんのご指名なんですか。
原 そうです。今回、こういうキャラクターで作品を作るのって、僕にとっては初めてだったんですよ。自分が今まで関わった作品の中では、いちばんリアル寄りというか。
── あ、そう言われてみればそうですね。
原 だから、今回は誰に作監をやってもらうのか、ちょっと考えないといけないなと思ってて。その中で佐藤さんの名前が浮かんだんです。結構リアリティのある画を描く人でもあり、一方では『(クレヨン)しんちゃん』の原画もやってもらったりしていたので。なんというか、「リアルで繊細な画が描ける人」というかね。
── 「リアルかつ繊細」というのが、『カラフル』におけるアニメーション的な狙いだったわけですね。
原 うん。そうやって見渡してみた時、自分が実際に画を見た事があるアニメーターさんの中では、佐藤さんがいちばん合ってるかもな、と思った。最初は何気なく名前を出した程度だったんですけどね。「作監どうしようか?」って、制作スタッフと相談している時に。でもまあ、ちょっと難しいだろうな、とも思っていて。そしたら本人がやりたいと言ってくれて、受けてもらえたんです。
── 「難しい」と思われたのは、どうしてなんですか?
原 佐藤さんって、どちらかというと動きのスペシャリストというか、アクションシーンなんかを任せられる人なんですよ。『しんちゃん』とかで原画をやってもらっていた時は、とにかくかっこいいアクションとかを描かせたら凄く巧い人、みたいな印象があった。だから今回みたいに、ひたすら日常芝居を描く事に終始するような作品をやってもらえるんだろうか、という危惧があったんだけど……あとで聞いたら、佐藤さん自身も「こういう作品がやりたかった」という気持ちがあったらしくて。
── 日常芝居をじっくり追うような。
原 そうそう。そういう人が時々いるから、僕なんかは作品が作れているようなものでね。みんながみんな、アクションにしか興味がないとかいう話だと、僕が作るようなものをやってくれる人はいなくなっちゃうわけで(苦笑)。『河童〜』で初めてお願いしたようなアニメーターさんの中にも、意外と若いのに、こういう日常芝居がやりたいんだという人も何人かいてくれたんです。だから凄く助かりました。
── 現場での佐藤さんの仕事ぶりはいかがでしたか。
原 かなり頑張ってくれましたよ。作監ってこんなに画を直すものなんだ、というのを初めて知りました(笑)。僕がいたシンエイ動画というところでは、作監がレイアウトをいちからほぼ描き直すみたいな事って、あんまりやらないんですよ。よく話には聞いてたんですけどね、作監のところで画が止まっちゃって他のスタッフが手空きになる、みたいな話って。僕はそういう経験がなかったから、どういう事なんだろう? とか思ってた。「ああ、こういう作業をしてたらそうなるんだな」というのが、今回よく分かりました。
── 今までにない経験だったわけですね。
原 うん。自分が見たレイアウトが(作監修正で)全然違う画になってて、「ええっ、なんでこんなに変わったんだ!?」ってびっくりするわけですよ。もちろん、いい方に変わってるんですけどね。
── 原画の方で、活躍が目立った方というと?
原 『河童〜』の時に参加してくれて、今回も現場に入ってもらったメンバーだと、霜山(朋久)君と浦上(貴之)君というふたりがいます。まだ30歳くらいなんだけど、日常芝居だとか食事のシーンだとかを中心に、かなり粘って描いてくれました。彼らの粘りには凄く助けられましたね。作監の佐藤さんにも原画を描いてもらってます。あと、僕は今回初めてだったんだけど、松本さんという人がいて……。
── 松本憲生さんですね。
原 その人の原画を見た時は、ちょっとびっくりしました。凄くて。佐藤さんが声をかけてくれて、参加してもらえたんですけどね。アニメーターの世界では有名な人らしいんだけど。
── あ、ご存知なかったんですか。
原 うん。他のスタッフに「原さん、知らないんですか?」って言われました(笑)。
── 松本さんはどのあたりの場面を描かれてるんですか。
原 顔中ケガをした真が学校に来るあたりから、真と早乙女君が「ごめんそうろう」っていう靴屋に行くあたりですね。ふたりがはしゃぎながら自転車で走ってて、車が前から来て左右に分かれたりとか。あとは「ごめんそうろう」店内の場面いっぱい、ひとりでやってくれてます。もう、上がりが来たら「恐れ入りました!」って感じで、即OK(笑)。こちらの言う事はあんまりなかったですね。
── ちなみに『河童〜』で活躍された末吉裕一郎さんは、今回どのあたりを担当されたんですか?
原 今回も何ヶ所かやってるんですよ。真の初登校のあたりとか。あの辺、結構きついモブがあるんで、末吉さんも大変だったと思うんだけど。そこから、真が教室に入って、クラスメイトが反応するあたりまで、ずっと末吉さんです。それから、先生と真が職員室で進路の話をするところもそうだし、エピローグも描いてもらってます。
── ああ、二子玉川の橋のシーンですね。
原 そうそう。自転車に乗った真と早乙女君が、橋を上がっていく場面です。

●第3回へ続く


●関連サイト

『カラフル』公式サイト
http://colorful-movie.jp/

(10.10.01)